151.帝国嫁選び騒動・転
連続投稿3日目になります。
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「うーむ、こいつは参ったな。他にも娘はいるにはいるが……」
三人の娘から拒絶され、ザーカリウスは困ったようにぼやく。
皇帝であるザーカリウスには多くの娘がいる。下級貴族や平民上がりの妃が生んだ娘も合わせれば、四十人にも届くだろう。
だが……その中でレイドールと年齢が近く、かつ未婚であること。さらに母親の身分が高く、いずれはザイン王国の国王になるであろうレイドールに釣り合う『格』を有しているのは、この場にいる四人しかいない。
仮に身分の低い娘などを嫁がせれば、ザーカリウスがレイドールを軽んじているような印象を与えてしまう。
もしも有象無象の属国や植民地の領主が相手ならばそれでも構わないが、レイドールは聖剣保持者である。いずれは自分に匹敵する英雄となることをザーカリウスは予見しており、ないがしろにするようなことは望んでいなかった。
「……父上。どうして私を飛ばして三人を相手に話を進めているのですか?」
考え込んでしまった父親に、ずっと蚊帳の外に置かれていたマリアステラが話しかける。
穏やかな微笑みを浮かべるマリアステラであったが、その声音には静かな凄味が込められており、背後にはナワバリを荒らされた女獅子のような怒りのオーラを背負っていた。
「未婚の皇女は私も同じですわ。ならば、まずは一番年上の私に話を向けるべきではないでしょうか? どうして、私が話に上がらないのでしょう?」
「む? いや、だって……余はお前を嫁がせるつもりなどないぞ?」
「はい!?」
当然のように吐かれた言葉に、マリアステラは眉尻を吊り上げる。
「だったらどうして私を呼んだのですか!? ようやく、私も結婚する時が来たのかと期待させるだけさせておいて!」
マリアステラ・リィン・アルスライン――御年は二十五歳。
帝国における結婚適齢期が二十前後であることを考えると、そろそろ『嫁き遅れ』と陰口を叩かれかねない年齢である。
すでに同年代の姉妹はことごとく臣下や貴族、他国の有力者と婚姻しており、マリアステラは誰よりも『結婚』の二文字に敏感になっていたのだ。
「おいおい……お前をここに呼んだのは、あくまでも皇女筆頭として意見を聞くためだ。『聖女』であるお前は国の最高戦力。結婚させて他国に渡せるわけがないだろうが」
「っ……!」
マリアステラは形の良い唇を引きつらせた。
皇女の筆頭にして、年長者であるマリアステラがいまだに未婚を貫いているのは、彼女が『聖女』という特殊な称号を有しているからである。
聖女というのは、北方の宗教国家であるゴールドクロス神皇国に伝承されている『神術』を修めた女性に贈られる称号だった。
『神術』は三百年前の『大災厄』によって断絶した古代魔術の一つであり、特に魔物に対して有効打となる魔法である。
魔物を遠ざける結界を生み出したり、魔物の毒や呪いを浄化したり……その力は非常に稀少であり、三本の聖剣に次ぐ帝国の切り札であった。
大陸制覇を目指しているアルスライン帝国が、北方の神皇国とだけは争うことなく同盟を結んでいるのも、神皇国だけが神術を伝承していることが理由として挙げられる。
マリアステラの母親は神皇国から嫁いできており、それ故に彼女もまた神術を修得することができたのだが……この神術には、非常に扱いづらい部分がある。
それは『清い身体』の人間にしか使うことができないということ。つまり、処女や童貞にしか神術は使うことができないのである。
姦淫を断ち、貞淑を貫くことを『誓約』として発動させるマリアステラの神術は非常に強力であり、『魔女』との戦いを見据えた帝国に欠かすことができないものだった。
そのため、マリアステラは二十五になった今も結婚を許されず、本人の意思はどうあれ、独身を貫いているのである。
「そ……それじゃあ、また私は結婚を逃して……」
マリアステラは愕然とした絶望の表情を浮かべて、一歩二歩と後ずさる。そのまま倒れるようにしてソファの上に腰を下ろして、ガックリと顔を俯けた。
まるで燃え尽きたようなその姿は、まるで長く激しい戦いを終えた格闘家のようである。
「……どうせ私は嫁き遅れ。あと五年で三十歳。十五年経ったら四十歳。二十五年経ったら……ウフフ、ウフフフフフフッ!」
「……ま、マリアステラ姉様はともかくとしてー、ザインの王子様に嫁ぐのならセイリアがいいんじゃないかしら―」
顔を俯けたままブツブツと妖しい独り言をつぶやいているマリアステラから視線を逸らして、ベアトリスが気まずそうにそんな提案をする。
何でもいいから、早く話を終わらせてくれ――ベアトリスの顔にはそんな内心がありありと書かれていた。
「セイリアは半年もザイン王国にいるのでしょー? そろそろ、あっちの水が身体に合う頃合じゃないかしら?」
「おいおい……セイリアは聖剣保持者だぞ? あいつこそザインに譲れるわけがないだろうが」
「あら? そうだったかしら。忘れてたわー」
「……自分の妹だ。もうちょっと気にかけてやるといい」
ザーカリウスは呆れて言う。
ベアトリスはセイリアと同腹の姉妹であり、本来であれば誰よりも親しくなければならない間柄である。
しかし――ベアトリスが興味を抱くのは、美形の男子と金銀財宝、宝石ばかり。妹に対して愛情らしい感情を抱いてはいなかった。
天真爛漫で心優しい性格のセイリアとは非常に対照的であり、顔がよく似ているだけに性格の差が如実に目立っている。
三人の皇女。おまけで聖女のマリアステラと、聖剣保持者のセイリア。
アルスライン皇族でレイドールと釣り合う女性は全滅だった。政略結婚に使えそうな女性は他にいない。
(こうなったら、もう少し下の身分から見繕ってみるか? それとも、あまり気分は良くはないが……皇帝として命じて、無理やりにでも嫁いでもらおうか)
ザーカリウスは難しい表情で考え込む。
戦となれば力ずくで大抵のことは押し通すことができるが、家族関係はそう簡単にはいかなかった。
最強の力を持つ皇帝もまた、家庭においてはタダの父親でしかないのかもしれない。
「……是非もないな。この件についてはもう一度検討するとしようか」
「あいや、待たれよ!」
「ムッ……!」
話を打ち切ろうとするザーカリウスであったが……突如として、そこに待ったがかけられた。
皇帝と四人の皇女がいるサロン。そこに、新たな闖入者が出現する。
「帝国には妾がいるぞ! 真打ちの登場である!」
奇妙に芝居がかった口調で傲然と言い放ち、闖入者は窓を外から開け放って部屋に飛び込んできた。
窓辺に立っていたキャロライアが「ひゃあああああっ!」と悲鳴を上げながら尻もちをつく。
現れたのは、奇妙な容貌をした少女だった。
エメラルドのような緑色で半透明のおかっぱ髪。真珠のように白く、スベスベの卵肌。両の眼は蒼穹のように青く、どこまでも澄み切っている。
細い身体に身に着けているのは下着のような上下の白いビキニに、極彩色のガウンをマントのように羽織っている。年頃の令嬢としてはあるまじき露出過多な服装だった。
その容姿、格好も非常に目を引くのだが――それ以上に異色なのは、少女の両耳は長く、先端は鋭くとがっていたのである。
窓から飛び込んできたその少女は、『エルフ』と呼ばれる亜人種族とよく似た身体的特徴を有していたのだった。




