150.帝国嫁選び騒動・承
連続投稿2日目になります。
読み飛ばしのないようにご注意ください。
「レイドール・ザイン……」
マリアステラが溜息を漏らすような声音で、その名前を反復する。
それは数ヵ月ほど前から、たびたび聞くようになった名前だった。
曰く――ザイン王国国王グラナードの弟として生まれたが、何らかの理由により辺境に追放された悲劇の王子。
先の戦争では聖剣ダーインスレイヴを手に取って帝国西方侵攻軍をうち破り、ザイン王国に勝利をもたらした英雄。
そして……マリアステラにとって腹違いの妹である、セイリア・フォン・アルスラインを捕虜として拘束している敵対者。
「ああ、セイリアのことなら気にするな」
表情を曇らせたマリアステラに、ザーカリウスが安心させるように手を左右に振る。
「ザイン王国とはすでに和睦が成立している。完全な属国とはいかないが、一応はこちらが盟主として上に立つ形で同盟を結んだ。セイリアも解放されていて、すでに迎えは出しているからな。今頃は帝国に向かっていることだろう」
「そうですか……それは良かった」
マリアステラが安堵に胸をなでおろす。
第一皇女として他の皇女のまとめ役をしているマリアステラにとって、セイリアは可愛い妹である。セイリアが戦争に負けて捕虜になってからは、その身を案じて気に病んでいたのだ。
「ふーん……セイリア、無事だったの。良かったんじゃない?」
安堵するマリアステラとは対照的に、どこかつまらなそうな第三者の声が割り込んでくる。
声の主は、柔らかなソファに座ってテーブルに頬杖をついている女。金色の髪を縦ロールに巻いており、どことなくセイリアと似た顔立ちをしている。
細身の身体に凝った意匠が施されたピンクのドレスを纏っており、宝石があしらわれた装飾品をいたる所に着けていた。
いかにも皇女らしく豪奢な格好をした女性の名前は、ベアトリス・フォン・アルスライン。セイリアにとって、母を同じくする二つ年上の姉だった。
ベアトリスはクジャクの羽で作った扇で顔を優雅に仰いでおり、唇を尖らせた表情にはセイリアの無事を喜ぶ様子はない。
「あの子のことはどうでもいいわー。それよりも、レイドールという人はどんな男なのかしら? 顔が良くて大金持ちで、私だけを愛して贅沢させてくれるのなら、私が嫁いであげてもいいけれど」
「うーむ、見てくれは悪くないが……アレは女好きの相が出ているな。英雄色を好むの言葉の通り、一人の女で満足する器ではないだろうな」
「あっそ、だったらパスね」
ベアトリスは扇で顔を隠して、話は終わったとばかりに明後日の方向に顔を向けてしまう。
皇帝に対して不敬な態度をとる妹にマリアステラが目を細めるが、ザーカリウスは気にした様子もなく「そりゃあ、残念だ」と別の皇女に話を向ける。
「エイシアン、お前はどうだ?」
「…………」
尋ねられたのは、十代後半の若い女性。燃えるような赤い髪を背中に伸ばし、ベアトリスとは対照的に、装飾の少ないシンプルなデザインのドレスを着ている。
凛々しい顔立ちはまるで線の細い男が女装をしているようにも見える――彼女の名前は、エイシアン・ヴァン・アルスライン。
ザーカリウスの正妃の娘であり、母親の身分だけならばマリアステラよりも上位に立っているはずの皇女である。
「…………」
窓辺に立っているエイシアンは長い沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「……やめておきますわ。私はあまり身体が強くありませんから。慣れない土地に嫁げば、すぐに体調を崩してしまい、夫となるお方に迷惑をかけてしまいますもの」
「うーん……そうかあ? ザイン王国はここよりも温かいし、身体にもいいと思うんだがなあ」
「いいえ……聖剣保持者であるお方に嫁ぐなど、私のような軟弱者にはもったいのうございます。英雄となるお方を支えるには、私のようなか弱い娘では力不足でございますわ。どうぞ他の方をお選びくださいませ」
もっともらしい理屈を口にしているが……エイシアンの表情には、冷たい嫌悪の色がうっすらと貼りついている。
エイシアンがザーカリウスを見る目は、父親に向けるものではとてもない。まるで蛇蝎に向けるような憎々しい瞳だった。
それというのも――エイシアンは父親であるはずのザーカリウスのことも、聖剣という伝説の武器のことも、心の底から憎んでいるのだ。
エイシアンには母を同じくする兄がいた。
兄の名前はギルバート・ヴァン・アルスライン。アルスライン帝国の第一皇子であったが、皇籍から外されそうになったためにザーカリウスを亡き者にしようとして、失敗した末に誅殺された悲劇の皇子である。
エイシアンは兄を深く慕っており、兄を殺害した父親に対して並々ならぬ憎しみを胸に抱いていた。
そして――『神官が憎ければ法衣まで憎い』。聖剣デュランダルの所有者であるザーカリウスへの憎しみは、他の聖剣保持者に対しても及んでいた。
レイドールという男と会ったことは一度もないが、父親と同じ聖剣保持者に嫁ぐなど、エイシアンには死んでも許しがたいことであった。
「そうか、エイシアンも嫌か」
娘から向けられる視線には明らかに憎悪と殺意が込められていたが、ザーカリウスは素知らぬ顔で顎を撫でる。
「ならば……キャロライア。お前はどうだ?」
「わっ、私ですか!? 無理です無理です! 絶対に無理ですから!」
あわあわと両手を振って父親の誘いを拒んだのは、茶色の髪を頭の後ろで結った十代半ばほどの少女だった。
キャロライア・ステア・アルスライン。属国から嫁いできた側室の娘である彼女は、この場にいる四人の中では最も格下の皇女である。
他の皇女に恐縮して地味なドレスを着て、できるだけ目立たないように部屋の隅で小さくなっていたのだが……いよいよ、話題に挙げられ、注目を浴びてしまった。
いかにも気の弱そうな相貌には色濃い怯えが浮かんでおり、眼球がこぼれ落ちんばかりに見開かれた瞳には、いっぱいの涙が溜まっている。
「私なんかが他国の王子様に嫁ぐなんて……それも聖剣保持者の……無理です、嫌です、緊張して心臓が止まっちゃいますううううううっ!」
「あー……そうか。すまん。だったらいいぞ」
プルプルと捕食者に睨まれた小動物のようになった娘を見て、流石にザーカリウスもそれ以上は求めることはしなかった。
三人の娘に立て続けに断られて、困ったように肩を落とす。
「おいおい、レイドールは王弟ではあるが、いずれはザイン王国の王となる器を持っているんだぜ? つまり、その伴侶となる女は未来の王妃だ。そんなに邪険にせずともいいだろうに」
ザーカリウスはベアトリス、エイシアン、キャロライアを順繰りに見やるが……三人の娘はさりげなく視線を逸らしてしまう。
そもそも、アルスライン帝国は大陸一の大国である。その皇族ともなれば、末席であっても、他国の王族よりもずっと豊かな生活を送っている。
わざわざ格下の国に嫁いでまで、王妃になるメリットなどないのだ。
もちろん――ザーカリウスが皇帝として命じたのであれば、彼女達はその命令を拒むことなど許されない。
しかし、好戦的で冷酷な皇帝が、戦いが絡まない部分では妙に人間臭く、甘い性格であることを娘達は熟知している。
ザーカリウスであれば、嫌がる娘を無理やり嫁にやるようなことはしない――そのことを皇女達は理解したうえで、レイドールとの婚姻を拒んだのだった。
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