14.とある騎士の不安
開拓都市レイドより、北の方角にまっすぐ進んだ場所にある地方都市サルデリア。
ザイン王国南方における物流の中心であるその町には、王都から送り込まれた一個大隊が駐留していた。
領主の屋敷を間借りした大隊の責任者らは、即席の司令室となっている客間で開拓都市から戻ってきた騎士の報告を聞いていた。
「……そうですか、そんなことが」
騎士の報告が終わると、大隊の指揮官である男が深々と溜息をついた。
頭痛を堪えるように額を押さえる上官の姿に、戻ってきた騎士は慌てて頭を下げる。
「も、申し訳ありません! メルティナ様をお守りすることができず! この責はいかようにも……!」
「いえ、それはいいのです。彼女が戻ってこないのは想定の範囲内のことですので」
指揮官は一般騎士に向けるものとは思えないような丁寧な口調で言葉をかける。
護衛の任務を果たすことができなかったこと、レイドールをこの場に連れてくることができなかったこと。どちらの失敗に対する叱責はなく、指揮官の声音は不自然に感じるほどに優しげであった。
「え、は……?」
「もう下がってもいいですよ。ご苦労様でした。ゆっくり休んで疲れをとりなさい」
「は、はあ?」
指揮官は顎でしゃくって二人の騎士に退出を促した。
騎士達は上官の言葉に首を傾げる。しかし、処罰がなかったことに文句などあるはずもなく、命令に従っておとなしく指令室から出ていった。
二人の騎士が部屋から出ていき足音が遠ざかって小さくなっていくのを確認して、指揮官は沈痛な面もちで腕を組んだ。
「まさか殿下が帝国との戦いを了承されるとは……これは予想外ですね」
「レイドール王弟殿下がご自分の意思で戻ってきてくださるのでしたら、何も問題はないのでは? ダレン様」
悩ましげな様子を見せている指揮官に、副官の女性騎士が気遣わしげに声をかけた。
椅子に腰かけて考え込んでいる指揮官の名前はダレン・ガルスト。
かつてレイドールを王都から追放した人間の一人である将軍バゼル・ガルストの息子であり、王国軍所属の千騎長である。
まだ25歳と年若いダレンが千騎長という地位についているのは決して父親のコネばかりではない。それだけダレンの武勇と指揮能力が並外れており、王国軍において欠かすことができない戦力だからである。
現在、この町にはダレンと彼の配下の部隊一千の兵士が駐留していた。
帝国との戦時中にもかかわらず一個大隊がこの町に集っている目的は、レイドールが王都に戻ることを拒否した場合に捕縛して無理やり連行するためである。
「そうですね……本来であれば喜ぶべきなのでしょうが……」
ダレンは地位に似合わぬ丁寧な口調でつぶやき、眉間にシワを寄せて考え込む。
副官の女性騎士であるサーラ・ライフェットはどうしてダレンがそんなに悩んでいるのかわからず、困ったように眉尻を下げている。
そんな副官の心配そうな表情を一顧だにすることはなく、ダレンはよりいっそう深い思考の海へと身を沈めた。
(まさか、殿下が戦争への参加を了承してくれるとは……しかし、狼藉を働いたメルティナ嬢を拘束して騎士だけを返したのはどんな意図が……?)
国王グラナードは王命により、王弟レイドールに王都に戻るように使者を出した。
しかし、実際のところはレイドールが王都に帰ることを了承するとはまったく思っていなかった。
王であるグラナードも、宰相のロックウッドも、追放された王子が自分達のことを恨んでいないと思うほどお花畑ではない。
メルティナを使者に選んだのも、幼馴染である彼女であれば説得できると考えたからではなく、むしろレイドールの怒りを煽るためだったのだ。
まずメルティナを使者として送り込み、レイドールを説得することができればそれでいい。もしも説得が失敗した場合は、十数人の宮廷魔術師が織り成した『拘束の呪い』を発動させてレイドールを捕縛する。
そして――呪いによる拘束が失敗した場合は、ダレンが軍を率いて開拓都市を包囲して、『宰相の娘を殺害した』という罪状によってレイドールのことを拘束する。
つまり、メルティナによる説得も拘束も失敗することが前提のもの。彼女がレイドールの怒りを買って殺害されることを想定した計略だったのだ。
(いかに国王陛下の御命令とはいえ、罪を犯していない王族を拘束するには大義名分がない。それ故にメルティナ嬢が生け贄に選ばれたのだが……)
恐るべきことに、この策略を立案したのはメルティナの父親であるロックウッドである。
呪いによる拘束が成功すればメルティナは独断で王族に呪いをかけた罪で処罰され、失敗すればレイドールによって殺害されて王弟を捕らえる旗印として使われる。
自分の娘すらも国のために犠牲にしようとするロックウッドの冷徹さには、ダレンは身体が凍えるような錯覚を覚えたものである。
しかし、終わってみればレイドールは王都に戻ることを了承してくれて、メルティナは殺されることなく捕縛されている。
事前に予想していた展開とは違う結果となってしまった。
「そうですね……メルティナ嬢も殺されることなく済んだようですし、今はこの結果を良しとしましょう。王族であるレイドール殿下に矛を向けずに済んだのですから」
ダレンは岩のような容貌の父親に似ず、秀麗に整った顔を横に振った。
予想外のアクシデントはあったものの、最終的な結果だけ見れば悪いものではない。
捕らえられたメルティナは気の毒だが、計画通りに殺されるよりは遥かにましである。宰相の交渉次第では、生きて取り戻すこともできるはずだ。
レイドールの思惑は気になるが、ダレンの使命はあくまでも聖剣保持者の王弟を王都まで連れていくことである。その内心を探るのは、国王や宰相に任せておけばいい。
それに……ダレンはレイドールを捕らえるように命じられてはいたものの、決して辺境に追放された哀れな王子に敵意や悪意を持っているわけではなかった。
それどころか、国の都合で理不尽を押しつけられているレイドールには同情の念すら抱いている。
王のため、国のためであれば剣を交えるのも止む無しと思っていたが、戦わずに済んだのであればやはり喜ぶべきことだった。
「……それではレイドール王弟殿下を迎えに行く準備をしましょうか。殿下の気が変わらないうちに」
「わかりました。すぐに出立の準備をします!」
サーラは表情を明るくさせた上官にほっと息をつき、意気揚々とした足取りで指令室から出ていった。
その背中を見送って、ダレンは心中に芽生えた得体の知れない不安を抑え込むように胸を手で押さえた。
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