134.邂逅と決戦
お知らせ
タイトルを見てお気づきかもしれませんが、本作『レイドール聖剣戦記』の書籍化が決定いたしました。
発売日やレーベルについては、出版社のゴーサインが出てから改めてご連絡いたします。
この作品がここまでやってこれたのも、応援してくれた読者の皆様のおかげです。
どうぞこれからも本作をよろしくお願いいたします。
一方、王宮では国王グラナード・ザインにも、レイドール軍到着の知らせが届いていた。
「おおっ! ようやくやって来たか、随分と待たせてくれる!」
玉座に腰かけたグラナードが喝采の声を上げて、膝を叩いた。
魔女の使徒となったグラナードの姿は、かつて英邁な国王として知られていた頃と比べて、大きく様変わりしている。
髪は真っ白に染まっており、頬は痩せこけ、一気に年老いたような相貌はまるで病人である。
しかし、両の眼だけは爛々と輝いており、燃え盛る業火のような狂気に染まっている。
「……ええ、そのようです」
王に気がつかれないようにそっと溜息をついて、宰相ロックウッド・マーセルが頷いた。
跪いて顔を伏せた宰相の表情は何故か曇っており、瞳には思いつめたような昏い光が宿っている。
「すでに城壁では戦いが起こっているようです。警備隊と、援軍として送った近衛騎士が迎え撃っております」
「そうかそうか! それで……そこにレイドールはいるのだろうな?」
「……敵軍を率いている王弟殿下の姿を、兵士が確認しております」
「ククッ……そうかそうか、逃げずにやって来たか。初めてあの愚かな弟を褒めてやりたい気分だな。ようやく、我が玉座を脅かす謀反人を誅殺するときが来たのだな!」
グラナードは両手で顔を覆い、唇を三日月形にする。
喜びに唇を吊り上げている狂王の目はこれでもかと血走っており、まるで薬物中毒者のように激しく興奮している。
血を分けた実の弟をこれから殺すことになる――それが嬉しくて仕方がないとばかりに、激しい狂喜に肩を上下させていた。
「…………」
くつくつと笑い続けているグラナードをそっと見上げて、ロックウッドは表情を歪める。
ロックウッドは先王の時代からザイン王国に仕えている忠臣である。先王が病に倒れてからは、国王代理となったグラナードの後見人として支え続けていた。
我が子同然に面倒を見ていたグラナードの変貌ぶりを目の当たりにして、ロックウッドは痛ましげに唇を噛んだ。
ひょっとしたら、他に選択肢があったのかもしれない。
もしも、五年前にレイドールを追放していなければ。グラナードを説得していれば。
もっとしっかりとグラナードを補佐して、政務だけではなく精神的な支えにもなっていれば。
仲違いした兄弟が仲直りできるように、何か妙案を思いついていれば。
あるいは、こんな結果にはならなかっただろう。
グラナードは堕ちるところまで堕ちることはなく、魔女の使徒になどならなかったかもしれない。
「…………」
そんな悔恨に身を焦がして、ロックウッド・マーセルはただ頭をうつむけて跪き続けていた。
「ロックウッドよ、予定通りだ。これより、人質となっている女共を処刑する。城壁の上でレイドールに見えるように首を落としてやろう。文句はあるまい?」
「……無論でございます、陛下。異論などあろうはずがありません。すぐに人質を連れてまいりますので、少々お待ちくださいませ」
ロックウッドは玉座の間から出て、外に待機していた騎士にネイミリアとセイリアを連れてくるように命じた。
現在、近衛騎士の大部分が城壁に援軍に向かっているため、王宮の警護をしている騎士はごく少数となっている。文官や使用人、貴族らもロックウッドが一時的に暇を出しているため、王宮内部は静まり返って閑散としていた。
しばらく待っていると、数人の騎士に連れられて人質が連れられてくる。
ネイミリアとセイリア――王宮の一室に軟禁されていた女性二人が、両手に枷を嵌められた状態で歩いてきた。
二人を引っ張ってきた騎士がチラリとロックウッドを一瞥する。
「……どうぞ、よろしくお願いいたします」
「…………」
頭を下げるロックウッドに頷きを返して、五人の騎士が人質を連れて玉座の間へと足を踏み入れた。ロックウッドはその背中を追うことなく、廊下に立ち続ける。
「ふんっ、来たか」
哀れにも枷をかけられた美女二人の姿に、玉座で待っていたグラナードが嘲るように笑った。
「なかなかお似合いだな。レイドールの女どもよ」
「…………」
開口一番に侮蔑の言葉をぶつけられ、セイリアが不快そうに眉を寄せる。一方のネイミリアは表情を変えることなく視線を背けた。
「どうした? これから処刑される恐怖で言葉も出ないか? 跪いて命乞いでもしてみるがいい。あるいは、私の気も変わるかもしれないぞ?」
初めから助けるつもりはないのだろう。小馬鹿にしたような口調で言うグラナードに、セイリアはすうっと目を細める。
「……ねえ、王様。一つだけ聞きたいことがあるんだけど、訊いてもいいかな?」
「む……?」
セイリアの口から出たのはグラナードが望むような命乞いなどではなく、疑問の言葉であった。グラナードは毅然と睨みつけてくる皇女の眼差しに、不愉快そうに顔をしかめる。
「私のパパはさ、暴君なんだ。口を開けば戦争のことばかりで、帝国のために必要であれば、血のつながった子供だって斬り捨てる。実際、私のおじいちゃんはパパに殺されちゃったみたい」
「……何の話だ。レイドールの女」
「でもね、パパは悪い人かもしれないけど、ちゃんと皇帝として『大義』っていうのを持っているのよ。パパが帝国を大きくしようとしているのは、強い国を創って魔女に立ち向かうため。この大陸を魔女の厄災から守るため。そのために、暴君の道を選んだの」
「…………」
「ねえ、王様。貴方にはパパみたいな『大義』はあるの? 実の弟であるレイドールお兄さんを殺してまで叶えたい理想があるの?」
「……戯言を。鬱陶しい女め」
セイリアの疑問を受けて、グラナードは鼻白んだような表情になる。
これから人質を処刑してレイドールを苦しめ、自分の女すらも守れない弟を嘲笑ってやろうと思っていたのに、興を削がれた気分であった。
「大義? 理想? 真の王たる者にそんなものは必要ない! 私こそがザイン王家の血を継ぐ長子であり、正統なる国王! 真なる王が玉座にあることこそが正しい国の在り方なのだ! 私がやっていることは間違いを正すことだけだ! レイドールごときを王として認めようとしている、この国を正しているのだ!」
グラナードは玉座から立ち上がり、両手を広げて傲然と言い放つ。
「私が王になれないのであれば、こんな国は必要ない! 正しいことをするのが王なのではない、王が為すことこそが正義であり、この世の摂理なのだ!」
「そっか……わかったよ。貴方はやっぱりそういう人なんだね」
傲慢すぎる宣言を受けて、セイリアが顔を伏せる。
憐れむような悲しそうな表情になって、形の良い唇から言葉の刃を放つ。
「独りぼっちの裸の王様……私が貴方をそう呼んだのは、やっぱり間違いじゃなかったみたい。本当に可哀そうな人。貴方みたいな愚かな人に負けたことを、私は決して忘れない。この屈辱はきっと、もっと私を強くしてくれるから!」
「これから死ぬ女が何をふざけたことを! 訂正しろ! 私が何だと……!?」
侮辱を受けて、グラナードは怒りのままにセイリアを殴りつけようと近づいた。
しかし、そこで脚を止めることになる。予想外の衝撃を顔に受けたからだ。
「んぺッ……」
「はっ……?」
セイリアが顔を上げて唇を尖らせた。赤い唇の先から小さな滴が放たれて、グラナードの顔に吹きつけられる。
グラナードは呆けたように立ちすくむ。自分が何をされたのかわからなかった。
しばし思考停止に陥ってしまったグラナードであったが、やがて自分がセイリアに唾を吐きかけれたことに気がついて憤怒に顔を真っ赤にする。
「き、貴様っ……! 正統なる王に、神に選ばれた真なる国王であるこの私に何をした!?」
「王様、貴方は間違いなくお兄さんにやられちゃうよ。あの人には絶対に勝てない!」
「なっ……貴様あああアアアアアアッ!」
グラナードが頭上に右手を掲げた。そこに陽光を凝縮させたかのような光が凝り、魔剣ブリューナクが出現する。
「死ね! この痴れ者がああああああアアアアアッ!」
「っ……!」
城壁の上で処刑して、レイドールにその死を見せつける――そんな当初の計画すらも怒りによって見失い、グラナードは輝く魔剣をセイリアめがけて振り下ろした。
魔女の剣が無防備な少女の頭めがけて迫り、細い身体を上から下まで真っ二つに両断しようとする。
両手に枷を嵌められ、聖剣を奪われた乙女に抵抗する手段はない。
光の刃は狙いを外すことなく、麗しの皇女の命を肉体ごと両断するだろう。そのはずだった。
「なっ……!」
しかし――そこでグラナードに予想外の事態が生じた。
グラナードが振り下ろした魔剣ブリューナク、光り輝く魔女の佩剣が横から出てきた剣によって受け止められたのである。
ブリューナクを受け止めたのは闇を塗り固めたような漆黒の剣だった。その刃からは禍々しい瘴気が放たれており、ブリューナクが纏っている光とせめぎ合って対消滅を生じさせている。
「まさか、この剣は……!?」
剣の主は、セイリア達をここまで連行してきた騎士だった。
近衛騎士の鎧を着て、フルフェイスの兜で顔を隠したその男は、ブリューナクを受け止めた状態のまま揶揄うように肩をすくめる。
「丸腰の女を斬るなんて、さすがにみっともないぜ。恥を知れよ、国王陛下?」
「貴様っ! まさか……!?」
グラナードは愕然と目を見開いた。ここにいないはずの男の名前を叫ぼうとするが、それよりも先に相手が動く。
「呪剣闘法【蠍突】!」
「っ……!」
騎士の剣から黒い瘴気が溢れ出した。
瘴気は黒い刃となってブリューナクごとグラナードの身体を飲み込み、その身体を後方へと撥ね飛ばす。
「がああああああアアアアアアアアアアアッ!?」
グラナードは悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、先程まで座っていた玉座を巻き込んで後方の壁へと叩きつけられる。
壁を破って部屋の外まで転がっていく国王を見やり、騎士はつまらなそうに肩をすくめた。
「吹き飛ばされるときまで玉座と一緒か? いったい、どれだけ玉座に縋りついたら気が済むんだよ。兄貴?」
フルフェイスの兜を投げ捨てて、近衛騎士に扮していたレイドール・ザインは嘲るように言い放つのであった。




