126.神座の守護者
「え……」
セイリアの口から困惑の声が漏れた。
たしかに倒した。あの一撃を躱すことなど出来るわけがない。アレをまともに喰らって生きているわけがない。
しかし――雷撃によって消滅したはずのグラナードの身体がまるで時間を逆回しにしたように再生していくのだ。
「あー……これは不味いですね」
「ネイミリア?」
「まさか細胞が残らず消滅した状態からでも再生することができるとは……私は母の力を見誤っていたようです。『魔女の夜』が来る前でもこんな力が出せるなんて思いませんでした……」
『オオオオオオオオオッ!』
肉体を再生させたグラナードが雄叫びを放つ。
服が焼き切れて裸になった身体がまばゆい光に包まれる。やがて光の中から現れたのは、真っ白な鎧に身を包んだ男である。
曇りのない純白の全身鎧。右手に持っていたはずの魔剣は、白い槍に姿を変えている。
まるで神話に登場する英雄のごとき格好——それはセイリアの父、皇帝ザーカリウスが使う『聖鎧』とよく似ていた。
「三十秒です。セイリアさん」
「え?」
「三十秒だけ時間を稼ぎます。その間に全力で逃げてください」
「ちょ……ネイミリア!?」
いつもは下ネタばかり口にしてふざけているメイドであったが、今はかつてないほど険しい表情をしている。その顔つきから、自分達がいかに切迫した状態であるかをセイリアは悟った。
「アレは魔鎧——【神座の守護者】。今のセイリアさんでは勝てる相手じゃありません。私が抑え込みますから、さっさと逃げてください」
「でも、ネイミリアは……!」
「早く!」
ネイミリアが鋭く叫び、純白の鎧に包まれたグラナードに手を向ける。数十の漆黒の弾丸が現れて、敵めがけて殺到する。
「鬱陶しい! 下賤めが!」
グラナードが槍を横に振ると、光の壁が現れて闇の弾丸を受け止める。まるで纏わりつく羽虫を追い払うような仕草である。
「フッ!」
しかし、それは本命ではなかった。
ネイミリアが地面に手を当てると、足元の影が蛇のようにうねりながら再びグラナードへと襲いかかる。
四方から襲いかかる影の蛇がグラナードを拘束しようとするが、グラナードは唇を吊り上げて余裕の笑みを浮かべた。
「温いな……この程度の攻撃で私を止められるものか!」
グラナードの身体を覆う純白の鎧――【神座の守護者】が強烈な光を発する。すると、影のロープは光に溶けるように掻き消される。
「今の私は光の化身。太陽のごとき存在である! 影ごときで私を縛れるわけがないだろう!」
「くっ……厄介な!」
ネイミリアが司る属性は『闇』。対するグラナードは『光』である。相反して相克し合う属性であるがゆえに、純粋に力の強い方が勝ってしまう。
百年前ならばいざ知らず、先代のダーインスレイヴの使い手によって封印され、力を失っている状態で敵う相手ではなかった。
ならばせめて仲間が逃げる時間だけでも……そんな決死の覚悟で立ち向かおうとするネイミリアであったが、その横に人影が並ぶ。
「っ……! セイリアさん!?」
「ダメだよ、ネイミリア。私は逃げない。逃げられない!」
命を懸けて逃がそうとした相手が、今もなおここに留まって剣を構えている。その光景に、ネイミリアは愕然と目を見開いた。
「ダメですよ! 貴女では太刀打ちできないって言ったじゃないですか!? 貴女にもしものことがあれば、ご主人様に顔向けが……」
「私は聖剣に選ばれた勇者だから。友達を見捨てて、敵に背を向けて逃げることなんて出来ない! そんなことをしたら、私の誇りが……魂が死んでしまう!」
セイリアの瞳には格上の敵に対する恐怖が浮かんでいる。
それでも引くつもりはないらしく、正眼に構えたクラウソラスの剣先はまっすぐにグラナードへと向けられていた。
「私は敵わない敵から逃げ切るために強くなったわけじゃない。敵を倒して、守りたい誰かを救うために強くなったんだ。だから、ネイミリアが逃げないのなら私も逃げない。ネイミリアが戦うのなら私も戦う!」
「セイリアさん……!」
金髪の少女から発される力強い言葉に、ネイミリアは感極まったように涙ぐむ。
「そんな……私のことを友達とまで言ってくれるなんて……! これが竿姉妹の絆なのですね……!」
「だから竿姉妹って何なの!? 絶対、いい意味の言葉じゃないよね!?」
色々と台無しにしてくれるネイミリアに深々と溜息をついて、「ああ、まったく」とセイリアは表情をほころばせる。
「お兄さんに顔向けできないのはこっちだよ。留守を預かったんだから、無様なところなんて見せられない!」
「わかりました、一緒に戦いましょう! 勝って、ご主人様にご褒美をもらいましょう! 三人で一緒にベッドインです!」
覚悟を決めて構える二人の女性。
それをつまらなそうに睥睨して、グラナードは光り輝く槍の石突で地面を叩く。
「死ぬ覚悟が決まったようだな。お前達の骸は十字架に掛けて、ここに戻ってくるであろうレイドールに見せつけてやろうではないか!」
「そうはさせないよ……力を貸して、クラウソラス!」
「ご主人様への愛は永久に不滅です! 影獣使役!」
セイリアとネイミリアが一斉にグラナードへと攻撃した。息が合った動きは、即席の連携とは思えないほど洗練されたものである。
戦いはそれから二十分ほど続いた。激しい雷と光が閃光となって迸り、光の中を影が舞う。
「っ……!」
「うう……」
二十分後。かつてレイドールらが生活していた屋敷――ガレキの山となり果てたその場所には、地面に倒れる二人の女の姿があった。




