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11.鎖と魔女

「最初からそのつもりだったのか、メルティナ」


 蛇が獲物を圧殺するように黒い鎖がレイドールを締め上げてくる。

 ギシギシと四肢を絞ってくる魔法の拘束に奥歯を噛みしめながら、レイドールは静かな口調で問う。


「できればこんな事をしたくはない。それは嘘ではないのですけど」


 詰問を向けられたメルティナは困ったような表情を浮かべながら、細い首を傾げた。


「それでも、私は宰相であるロックウッド・マーセルの娘ですので。この国のために手を汚し、必要であれば全てを投げ出す義務があるのです」


「宰相の娘だから……5年前もそんなことを言っていたな」


「はて、それはいつの話でしょうか? ともかくとして、全てはザイン王国の未来のため。レイドール王弟殿下にはご同行していただきます」


 メルティナが右手を掲げると、護衛の騎士が前に進み出てくる。一人は先ほどレイドールに昏倒させられてしまったが、騎士はもう一人残っている。

 いくらレイドールが過酷な辺境で生き抜いてきた強者といえども、四肢を拘束された状態で勝てるわけがない。


「無理やり王都まで連れて行って、それで俺がお前らのために戦うと思っているのか?」


「そこはそれでございます、殿下。最悪の場合は隷属魔法を使ってでも戦っていただきます」


「隷属魔法……お前らはどこまで……!」


 隷属魔法とは呪術の一種であり、魂に枷を嵌めることで強制的に他者を使役する魔法である。

 本来であれば罪人や捕虜などの一部の人間にだけ使われるものであり、なんの罪も犯していない人間……ましてや王族に対して使われるものでは決してない。


「かつての臣下として、そして婚約者としてのお願いでございます。どうぞこのまま大人しく捕まってくださいませ」


「いまさら婚約者といわれて納得できるかよ。悪いが、俺はもう二度とお前たちに屈するつもりはない……ネイミリア、無礼な客人にきゅうをすえてやれ」


「はい、ご主人様。お客人の皆さん、私の主への狼藉は許しませんよー!」


 レイドールを連行しようとする騎士の前へ進み出てくる者がいた。話し合いが始まってから、ずっとレイドールの背後に控えていたメイドの少女ネイミリアである。

 ネイミリアは両手を広げて騎士の前に立ちふさがり、自分よりも頭一つ以上は大柄な騎士をまっすぐと睨みつけた。


 護衛ですらない、明らかな非戦闘員であるネイミリアに騎士は呆れかえって眉をひそめた。


「退いてはいただけませんかな、娘さん」


「どきません」


「騎士として、丸腰の娘にケガをさせたくないのだが……」


 騎士は物憂げに息を吐いて、立ちふさがるネイミリアの肩へ手を伸ばした。

 女の細い身体など、戦いを生業とする騎士にかかれば容易く押し飛ばされてしまうだろう。

 しかし――


「ご主人様には手出しは許しません。そう言っているのですよ!」


「なっ……!?」


 ネイミリアの身体から嵐のような魔力の奔流が噴出した。同時に肩に届く長さの銀色の髪が生き物のようにのたうち、瞳が満月のごとく金色に輝く。

 それはまるで神話に登場する女神のように荘厳で恐ろしく、そして背筋が震えるほどに美しい姿であった。


「ご主人様を縛って鞭で打っていやんあはんできるのは、このネイミリアただ一人! あなたのような乳デブ女に、それを許した覚えはありません!」


「ぐあああああっ!?」


 暴力的な勢いで迸った魔力が物理的な力をもって騎士を跳ね飛ばし、屋敷の壁に叩きつけた。

簡素な壁は男の身体を受け止めることもできずにあっさりと突き破られ、騎士が地面をゴロゴロと転がっていく。


「ふっ……この程度でご主人様とSMプレイとは片腹痛い! せめてボンテージファッションで出直してくるのです!」


「いや、何を言ってるんだお前は」


 ビシリとメルティナに指を突きつけるネイミリア。レイドールは頼もしくも緊張感のない従者に苦々しい表情で突っ込みを入れる。


 一方、そんなまぬけなやり取りを目の当たりにしていたメルティナであったが、彼女はネイミリアの髪と瞳に目を奪われて硬直していた。


「銀の髪、金の瞳……まさか、『破滅の六魔女』!?」


 変貌したネイミリアの姿に、ずっと冷静を装っていたメルティナの顔が驚愕の表情へと歪んだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] いや護衛さん何も悪く無いのに可哀想・・・
[気になる点] 銀髪と金眼が魔女の特徴なら、メルティナを一目見た段階でわかりそうなものですが、変装とかはしていなかったのでしょうか? それとも認識阻害系の魔法的なのがかかっているとか…?
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