103.国境からの使者
風雲急を告げる。
アルスライン帝国皇帝、ザーカリウス・ヴァン・アルスラインがブレイン要塞へ現れたという急報は、東方国境地域の町カルトリスにいたレイドールの下へも届けられていた。
「……帝国の君主は随分とフットワークが軽いんだな。うちの兄貴にも見習って欲しいものだ」
ブレイン要塞を守っているバゼル・ガルスト将軍からの知らせを受けて、レイドールはまずそんな風にうそぶいた。
話ぶりだけ見れば余裕なように見えるものの、レイドールの眉根にはシワを寄せられており、その顔つきは険しいものだった。敵国の首魁の来襲という明らかな危機的状況にぶつかったのだから当然の反応である。
部屋にはレイドールとその側近全員が居並んでいた。側近らはいずれも事態の重さを汲んで、緊張した顔をしている。
ガルスト将軍から送られてきた使者によると、皇帝ザーカリウスは一週間ほど前に突如としてブレイン要塞へと現れたようである。
数ヵ月前の戦勝以来、両国の間では戦後交渉が進められていた。
王国側の要求は主として奪われた領地の返還と賠償金の請求。帝国側の要求は、もちろん王国に捕らえられているセイリア皇女と聖剣クラウソラスの返還であった。
王国としては、大国を相手に千載一遇ともいえる大勝利だ。この機会を大いに活用して、アルスライン帝国との国力差を埋めなければならない。
帝国としても、大国の意地がある。いくら皇女と国宝の剣がかかっているからといって、王国側にやすやすと交渉の主導権を握られるわけにはいかない。
両国の戦後交渉は数ヵ月経ってもまとまることはなく、話し合いの場となったブレイン要塞では、日夜紛糾した口論が巻き起こっていた。
そんな中、突如として交渉の現場に皇帝ザーカリウスが現れたのだ。
帝都にいるはずの皇帝の登場には王国側はもちろん、事前に知らされていなかったらしい帝国側の交渉役さえも腰を抜かして驚いていた。
ザーカリウスは驚いている両国の代表者へとしてやったりのニヤケ面を浮かべ、堂々と胸を張って口を開いた。
『これより二週間後。予とそちらの王弟レイドール・ザインの決闘をもってこの戦いを終戦とする! レイドール・ザインが勝ったのであれば、帝国側は王国の要求を一つ残らず受け入れる!』
それまでの交渉のやり取りを全て無視して、ザーカリウスは一方的に宣言した。
そのあまりにもな態度に、王国側の交渉役がたまらず声を上げた。
『お待ちください! こちらにはセイリア皇女殿下がおられるのですぞ! そんな勝手は……』
『ああっ!?』
『ひいいいっ!』
王宮から派遣された外交官は、ザーカリウスの恫喝一つで椅子から転げ落ちてしまった。
戦を知らない外交官にしてみれば、強国の覇王にして聖剣保持者のザーカリウスはドラゴンにも匹敵する怪物である。怯え切った反応も仕方がないことなのだが、それを見下ろす皇帝の目は侮蔑と嫌悪に染まっている。
『セイリアを殺したいのなら好きにすればいい! 目に入れても痛くはない可愛い娘だが、それでも敗者が命と誇りを奪われるのは戦のルールだ! 首を斬るなり、犯すなり、好きにせよ!』
『そ、そんな……』
『その代わり、予の娘を手にかけたからには二度と和睦なんてできると思うなよ! 王国の臣民は一人も生かしてはおかぬものと覚悟しろ!』
仁王立ちになったザーカリウスは情けない外交官を見下ろして、堂々と宣言した。
顔を蒼白にした外交官の股ぐらからは恐怖のあまり、ツンと鼻を突く匂いまで漂っていたとのことである。
言いたいことを言うだけ言って、ザーカリウスはそのまま帝国軍が拠点にしているバルメス要塞まで引き返して行った。
恐怖のあまり王都に逃げ帰ってしまった外交官をよそに、ガルスト将軍は早馬を飛ばして国王とレイドールへと皇帝の来訪を伝えた。
「つまり、俺にブレイン要塞で皇帝と戦えというわけか。随分と大胆なことをしやがるよな、あっちの王様は」
ガルスト将軍から送られてきた使者の話を聞いて、レイドールは呆れ半分、感心半分につぶやいた。
よほど自分の力に自信があるからそんな要求をしてきたのだろうが、万が一にも負けてしまえば皇帝の命が失われかねない事態である。
すでに聖剣保持者であるセイリアを捕虜に取られており、おまけに同じく聖剣保持者のザーカリウスまで崩御するようなことがあれば、帝国の屋台骨が傾くことだってあり得るだろう。
「皇帝ザーカリウスはそんなに強いのか……」
「そうですねえ……強いのは間違いないと思います」
レイドールの疑問に答えたのは軍師のスヴェンである。
「ザーカリウス帝は父親である先帝を討って帝位を簒奪した人物で、炎を操る聖剣デュランダルの持ち主です。ザーカリウス帝が皇帝となって、もともと大国だった帝国の領地は倍近くまで広がっています。聖剣保持者であることを抜きにしても、相当な戦上手のはずです」
相変わらずアンジェリカの膝に乗ったスヴェンは、皇帝の話を聞いて興奮している復讐の鬼を宥めつつレイドールの疑問に答えた。
ちなみに、その人間椅子であるアンジェリカは憎悪のあまり髪の毛が蛇のようにのたうっていたりするのだが、スヴェンがクッキーを口に放り込むとホワホワと柔らかな顔つきに戻った。
「とはいえ、これは絶好のチャンスでもあります。ここでレイドール殿下が勝利を収めれば、奪われた領地を取り戻すどころか、さらに優位な条件を引き出すことだってできるかもしれません」
「そうだな……いや、どちらにしても避けることはできないか」
本音を言うのであれば、レイドールとて皇帝とぶつかりたくはない。
そもそも、レイドールが頭に描いている絵図ではアルスライン帝国とは出来る限り良好な関係を築き、背後を気にすることなく兄王グラナードと対決をする予定だった。
皇帝と揉めて禍根を残すようなことがあれば、その計画に差し障る可能性がある。
(いや、逆か? ここで皇帝を負かしてしまえば、帝国に膝を屈することもなく対等以上な関係で和平を結べる。そっちの方が後々のことを考えると問題が残らないんじゃないか?)
「……どちらにせよ、逃げるわけにはいかないな。ここで俺が決闘を断れば、皇帝はブレイン要塞を落として王国を攻め滅ぼすだろうし」
辺境に追放された頃のレイドールであったならばザイン王国が滅んでもそれほど気にはならなかったが、現在はあの頃とは状況が異なる。
今のレイドールには自分の家臣があり、軍がある。守るべきものができたのだ。これから因縁の兄と決着を付けようという時に、横やりを入れられてはかなわない。
レイドールは部屋に集まって主君の決断を待っている臣下に向けて、力強く頷いた。
「征くぞ。ブレイン要塞へ。長年の帝国との戦いに終止符を打ってやる」
「「「はっ!」」」
レイドールの決断に居並ぶ側近が恭しく頷いた。
呪いの聖剣と、炎の聖剣。二本の聖剣がぶつかり合う瞬間は刻一刻と近づいてきていた。
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