1.漆黒の聖剣
整地されていない不安定な道を、一台の馬車が走っている。
車輪が転がるたびにガタガタと断続的に揺れ、ときおり大きな石に乗り上げて車体が跳ねる。
二頭の馬にひかれた馬車は表面に鉄の板が張られており、明かりとりの窓には鉄格子が嵌められていた。その重厚な造りは外敵の襲撃を警戒しているというよりも、中にいる人間を逃がさないためのものであろう。
(まるで罪人扱いじゃないか……)
そんな武骨な馬車の中。一人の少年が暗い表情で嘆息した。
広々とした馬車の中にいるのは十二、三歳ほどの少年ただ一人である。
少年の両手には金属製の手錠がかけられている。手錠の表面には象形文字のような文様が彫られており、うっすらと青白い光を放っていた。
それが装備者の魔力を封じる『封魔の枷』と呼ばれるものであることを知っている少年は、苦々しく唇を歪めた。
「兄さん……どうしてこんな……!」
思い出されるのは、少年が罪人のように連行される原因となった人物。血を分けた実の兄の顔だった。
少年の名前はレイドール・ザイン。
今でこそ虜囚の身に甘んじているが、数日前まで大陸西部にあるザイン王国の王子をしていた。
そんなレイドールがこうして枷をつけられ連行されるきっかけとなったのは、12歳の誕生日に行われた成人の儀である。
ザイン王国の王族や貴族は12歳で成人が認められ、家督継承などの権利が認められるようになる。
王子であるレイドールの場合、成人の儀を迎えることで王位継承権を得ることになるのだが、レイドールも周囲の人間も彼が国王になるとは考えていなかった。
それというのも、レイドールには10歳年上の兄がいて、すでに病床の父王にかわり政務を執り行っているからである。
兄――ザイン王国第一王子であるグラナード・ザインは賢く勤勉な性格をしており、家臣からの信頼も厚い。
次期国王という地位は盤石であり、野心家の貴族であっても、グラナードの反感を買ってまでレイドールを担ぎ出そうという者はいなかった。
レイドールもまた兄のことを慕っており、自分が王になれないことに対して不満らしい不満も持ってはいなかった。
自分は兄のスペアであり、王という地位を望んではいけない存在。その立場をしっかりとわきまえていたのだ。
しかし――そんなレイドールに運命のいたずらとしか言いようのない出来事が襲いかかった。
「え……?」
継承の儀――ザイン王国における王族の成人の儀式である式典の最中に、主役であるはずのレイドールが間抜けな声を漏らした。
レイドールの手には一本の剣が握られている。
墨で塗ったような漆黒の剣からはうっすらと黒い靄が立ち昇っており、周囲を威圧するように禍々しいオーラを放っている。
「馬鹿なっ! なぜレイドールが……!」
「に、兄さん……」
驚愕の叫びを上げたのは兄王子グラナードである。
レイドールは途方に暮れたような表情で背後の兄を振り返り、漆黒の剣をぎゅっと握り締めた。
ザイン王国には代々、王族の男子だけが継承の儀で行う特別な儀式があった。それは王国が建国した頃より伝わる国宝の剣を引き抜くというものである。
国宝である聖剣『ダーインスレイヴ』は王宮の最奥に安置されており、石で造られた台座へと突き立てられている。
かつて初代国王がこの剣を手にして周辺の豪族をまとめ上げ、ザイン王国を建国したのはこの国で生まれ育った誰もが知っている歴史である。
ゆえに、初代国王の血を引いている王族の男子は成人の儀式として台座に差さった聖剣を引き抜き、新たな聖剣保持者として認められるかどうかを試さなければならないのだ。
もっとも、実際のところは初代国王以来、聖剣から認められた者は誰も出ていない。
台座からダーインスレイヴを抜けた者は誰もいないため、あくまでも形式的な儀礼であった。
「なんで……僕が聖剣に……?」
しかし、そんな聖剣ダーインスレイヴがレイドールの手の中にあった。
レイドールがダーインスレイヴの柄を握り締めた途端、まるで砂山に刺さった木の枝を抜くような軽さで聖剣が持ち上がったのだ。
「馬鹿なっ! ありえないっ……! なんで私に抜けなかった剣がレイに抜けるのだ!?」
「ぐ、グラナード殿下……」
聖剣を引き抜いたレイドールの姿に、本人以上の混乱をきたしたのは兄のグラナードである。
弟を見つめる兄の顔は鬼のような怒りに染まっており、握られた拳は爪が手の平に突き刺さって血がにじんでいた。
周囲で様子を見守っていた家臣も、困惑の表情でレイドールとグラナードの顔を交互に見やっている。レイドールがダーインスレイヴの保持者として選ばれたことを喜べばいいのか、それとも嘆けばいいのか、どう反応してよいかわからなくて途方に暮れているのだろう。
それもそのはずである。
聖剣ダーインスレイヴは初代国王の遺産。ザイン王国の象徴ともいえる宝剣だ。
その剣を引き抜くことができたということは、レイドールが次期国王としてふさわしいと聖剣から認められたことになる。
父王が病に倒れてから数年。ずっと父に代わって国を支えてきた国王代理のグラナードを差し置いて、弟王子のレイドールが聖剣に次期国王として選ばれた。
その屈辱は、これまで国を支えてきた自負があるからこそ巨大に膨れ上がる。
グラナードはワナワナと拳を震わせながら、血を吐くようにして家臣に命じた。
「……人払いをせよ! 誰もこの場所に近寄らせるな!」
「はっ、承知いたしました!」
「……それと、レイドール」
「な、なんでしょうか。にいさ…………ひっ!」
抜けると思ってなかった剣を抜いてしまったことで呆然と立ち尽くしていたレイドールは、信頼する兄の声に我に返る。
縋るような目でグラナードの顔を見て、そこに浮かぶ烈火の激情に恐怖の悲鳴を上げた。
「……お前は部屋に戻って休んでいろ。いいか、許可なく部屋から出ることは許さない。絶対にだ!」
「わ、わかりました」
「聖剣はこちらで預かる。渡して行け!」
「はい……」
レイドールが怯えた眼差しでグラナードの表情を伺いながら、引き抜いたばかりの聖剣を兄に手渡す。
「ぐっ……!」
「に、兄さん?」
グラナードがダーインスレイヴを手にした途端、王家に伝わる聖剣は巨石のように重くなった。
先ほどレイドールが片手で軽々と持ち上げていたのが冗談に思えてしまうほどの重量で、とても武器として振り回すことなどできそうもなかった。
「これが聖剣に選ばれるということなのか……! なぜ私を拒む、何が私に足りないというのだ!?」
「にいさ……」
「早く行け! 私の目の前からさっさと消えろ!」
「ひっ……!」
かつてないほどの怒りを湛えた兄の剣幕に、涙目になったレイドールは侍従に連れられて部屋から出ていった。
その背中を忌々しげに見送り、グラナードは重々しい聖剣を床に落とした。
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