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神々の愛した華【琥珀編】  作者: 七海美桜
全ての始まり
1/35

01 Fleur

始まりの始まり。



 ほとほと、と紅い椿が降り積もった雪の上を彩っていく。


 月白(げっぱく)色の長い髪の少女が歩く度に、椿は舞う。それは、血の様な美しさで。




 両の手に握られた承和(そが)色の刀身が月の光を浴びて、白い肌の少女をより美しく魅せていた。少女は着物の上に、豪華な金糸の刺繍が施された紅鶸(べにひわ)色の単を、重そうに引きずっている。


 ふらふらと雪の上を歩く少女の先、雪を真っ赤に染めて倒れる男と泣きじゃくる童子が居た。もう数刻も経っているのだろう、その身体を覆うように雪が積もっている。


 少女の気配に気付いたのか、白童子(しろわらし)が顔を上げた。恐怖に強張る白童子を、少女が見つめる。顔の右側は乱れた長い髪に隠れているが、黄支子(きくちなし)色の大きな左目が僅かに笑みを帯びている。




「……魔獣が、いる?」


 深紅の唇が柔らかに言葉を紡ぐ。そして、「この言葉は人に分かる?」と僅かに首を傾げた。


 白童子は、こくこくと頷く。それから、先の崖下に見える大きな横穴を震える指で示した。


「里にお帰り。お前の父様はあたしが埋めてあげる。日が高くなったら、お参りにおいでね」


「……で……でも、魔獣が……俺を追いかけて来るよ! 母ちゃんは先に死んだ! 父ちゃんの血の匂いで、俺はあいつにバレなかった! 父ちゃんは俺を庇って喰われたんだ!!」


 (かす)れた悲鳴じみた声が、嗚咽と共に白童子の口から零れた。厳しい寒さで乾き始めていた涙が、再び瞳から(あふ)れて頬を濡らす。




「あたしがお前を助けてあげる。お前が里に走って逃げたら、魔獣がお前を追う前に斬ってあげるよ。アンタは強いから、絶対に出来る。力がある」


 少女の声は、落ち着いていた。大人の男をも喰らう魔獣を怖がりもせずに、斬ると簡単に約束する。その時少女の脇腹から、椿の花がぽたりと落ちた。よく見れば、何かで切られた後の様で帯が僅かに裂けていた。そこから血の様に、赤い椿の花が散る。




「……お姉ちゃんは、怖くないの……?」


 魔獣に怯えて震えていた白童子の身体が、今は寒さの為に震えていた。


「怖くないよ――神様でも斬る。あたしは魔獣なんて、怖くないよ」




 お行き、と少女は続けて歩き出した。促されるように里に向かって駆け出した白童子は、気になっていたことを確認するために、足を止めて振り返る。


「お姉ちゃん、お姉ちゃんの名前は?」


 その言葉に、少女も立ち止まった。雪を含んだ風が少女の月白の髪を舞いあげて、隠れていた墨色の瞳が月明かりの下浮かび上がった。




「……あたし、名前はないんだ」




 笑みを浮かべているが、白童子にも分かるほど、少女のその表情は悲しげに見えた。


「お行き」


 少女はもう一度白童子を促すように呟くと、穴に向かい歩き出す。白童子も、今度は振り返らずに里に向かい駆け出した。


 穴から、禍々しい瘴気が匂い立つ。少女は、だらりと握っていた双剣をぐっと構える。




 そう、名前もないんだ。




 大きな身体をのそりと出した魔獣に向かって、少女は走り出す。少女の体から落ちた赤い椿の花が、空を舞った。








 雪がようやく降りやみ。日が昇り明るくなってから、白童子は里の大人を何人か連れて山に登って来た。確かに父と子が倒れていた近く、まだ血が微かに見える地面から近くの木々の中に、雪をどけ土を掘り返し再び埋めた跡が残っていた。


 血まみれの父の亡骸(なきがら)は見つからなかった。約束通り、少女が埋めてくれた。その父の亡骸の変わりに、崖の横穴の前には切り刻まれた魔獣が、もう動かなくなって薄く雪をかぶり横たわっていた。




 赤い椿の花が、寒い空を舞っている。まるで、あの少女の涙の様に。



Fleur(フルール) 華

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