幸せの手紙
ジャンル:ホラー作品です。苦手な方は注意をお願いします。
授業と授業の合間の休憩時間。
隣の席の浩二が私に聞いてきた。
「【幸せの手紙】がSNSで話題になってるんだけど優理、知ってる?」
「なんかちらっと読んだことあるような……どんなのだっけ?」
浩二はSNSに廃人と言っていいほど依存していた。それこそ一日中、いつ寝ているんだ? と、思えるほどに依存していた。
「【幸せの手紙】に錯覚を起こす二次元QRコードが添付されてるんだ。それを目に焼き付けてから別の写真を見ると、いろいろいいことがあるんだって」
「少し前に流行ってたね。QRコードみたいなのでイラストの女の子の胸を囲うと揺れて見えるやつ?」
「そうそう、推しキャラのおっぱいが……」
「浩二、あんたね…………」
少し私は呆れつつも、彼の言葉に耳を傾ける。
「あはは……それでな、その謎QRコード見てから別の写真を見ると望む通りに加工されるって話」
「この前流行ったやつの上位版ってことだね」
「うん。もし届いたり見つけたら、教えてくれない?」
「いいけど、SNSで届いたって人にもらえばいいんじゃないの?」
「何人か連絡取ったけど返事が無いんだよね。噂では謎QRコードにどっぷりはまって、返事とか忘れちゃってるとか……」
「そんなに依存性あるんだ!」
そんなにすごいQRコードなら探してみよう。
その日は、そう思いつつ家に帰ったのだが……。
次の日。朝のホームルームで担任の先生が沈痛な顔をして語った。
浩二が昨日亡くなった、と——。
浩二は、彼自身が住むマンションの屋上から、身を投げ地面に落下して死亡。遺書などは見つからなかった。
警察の捜査は、自殺だと半ば断定して捜査が進んでいた。自殺の動機は特になかったものの、飛び降りる瞬間を何人かが目撃していた。目撃者は、全員口を揃えて、屋上には彼一人しかいなかったと答えたのだった。
以前からよく話をする仲だった浩二が亡くなったことは、少なからずショックだった。単なる友人枠だったのだけど、喪失感は大きい。
次の日あたしは、なんとなく学校を休んだ。そして、なんとなく彼のSNSの投稿を流し見する。
すると、次のような彼のつぶやきを見つけた。
『なんと、噂の【幸せの手紙】が届いていた。早速開封したところ、噂通りQRコードとメッセージが添付されている!』
『QRコードすげぇ。確かに思った通りに写真が見られる!』
『手紙の本文を読むのを忘れていたので読んでみる!』
昨日の浩二の投稿は、この三つのつぶやきのみだった。
「もしかして、【幸せの手紙】が原因?」
だとすると、彼に届いた幸福の手紙を読めば、死の原因が分かるかも知れない。あたしは、そう思うとすぐに彼の家に行くために自宅を出た。
「すいません、浩二君のことについて、お話があるのですが……」
「優理ちゃん、いらっしゃい」
浩二の母親は、すっかり憔悴し切っていた。
「あの、よかったら、彼のスマホを見せて頂けませんか?」
「……いいですよ」
「あの、昨日、何か変わったことはありませんでしたか?」
「いえ、特に何も…………そういえば、いつもスマホを肌身離さず持っていたのに、飛び降りるときは部屋に置いていたみたいで」
「そうですか」
そうして、彼のスマホを見せてもらった。
パスワードは、彼のお母さんから教えてもらって解除できた。早速SNSアプリを起動する。すると、デフォルトのアイコンの人から、彼にDMが届いていた。タイトルは【幸せの手紙】だった。
「これだ……」
あたしは、それを開いてみた。
「これは幸せの手紙です。無事届いた人はおめでとう! きっと幸福になれることでしょう。おすそわけとして、あなたの友人など百人にこのメールを送って下さい」
ふむふむと頷きながら、あたしは続きを読んでいった。画像が添付されているようだ。たぶんQRコード。しかし、そこには「?」マークが表示されていた。恐らくファイルが削除されてしまったのだろう。
下にスクロールすると、さらに、続きが書いてあった。
「この二次元QRコードを二分見つめて瞳に焼き付けた後、写真を見ると、あなたが望む通りのものが見えるでしょう」
この辺りは、浩二から聞いた通りだった。
しかし最後の一行は、浩二から聞いてないものだ。
「慣れてきたら、できるだけ両目でQRコードを見るようにして目に焼き付けてみましょう。すると、ただの写真が立体に見えるようになります」
うーむ。本当か? かなり眉唾ものだ。
QRコードを見た後に写真を見ると立体に見える?
嘘に違いない。
しかし、そうだとすると、結局何の証拠も手がかりも無かったことになる。
あたしは、浩二のお母さんに挨拶をして、家に帰った。
翌日。
朝、目覚めると、スマホの通知ランプがチカチカしていた。
早速開いてみるとDMが届いていた。
昨日、浩二にDMを送った人と同じだ。
タイトルは【幸せの手紙】。
「これは……」
躊躇なく開いた。
たかだかDMくらいで自殺なんてあり得ない。
DMの内容は、浩二に届いていたものと一緒だった。
画像もあった。QRコードだ。
早速、メールの本文に記載されているようにあたしも実行する。
しかし、何も起きなかった。
浩二は見えたという、写真の錯覚についても全く再現されなかった。
うーん。腕を組み考えはじめる。なぜ、あたしには見えないのか。
すると、弟の雄一がノックもせずに、あたしの部屋に飛び込んできた。
「姉ちゃん! 【幸せの手紙】が来てたよ。まだ見てないけど」
「あたしにも来てたけど、全然ダメだよ……?」
「ふうん。これから僕がやってみる」
「うん……どうせ無理だと思うけど」
雄一をベッドに座らせて、スマホでDMを開いてもらった。
すると……。
「すごい! 姉ちゃんの裸が見える!」
「おい。あたしの写真使うな。ということは……雄一は浩二と同じ状態なんだ」
「うん。えっと両目で……見ると……?」
そう言って、両目でQRコードを見始めた雄一は、少しじっと何かを考えているかのように止まってしまった。
不審に思い、声を掛けようとした瞬間、彼は激しいテンションで叫び始めた。
「姉ちゃん、空が飛べるよ! 飛びたいよ!」
「な、何言ってるの? 空? 飛べる?」
「うん! 今すぐ……飛びたい!」
雄一は立ち上がり、ドアに手をかけた。
あたしは、直感的に「まずい」と感じ、彼の両腕を掴む。
「何するんだ姉ちゃん! 僕は飛びたいんだよ!」
彼は焦点の合わない目で、あたしを見て、再び廊下に繋がるドアに手をかけた。
雄一を外に出してはダメだ。
そう感じたあたしは、目をつむり、思いっきり頭突きをした。
目の前に星がちらつく。
「痛っ!」
「お、大丈夫?」
「ん?」
「今あんた、空飛べるとか言って外に出ようとしたんだけど?」
「え? 嘘でしょ……マジか……」
あたしは、おでこをさすりながら、雄一を座らせてから話して落ち着かせる。
彼には、もうQRコードを両目で見るな、と言っておく。
「なんで姉ちゃんは……平気なの?」
なんとなく分かった。
あたしは右目の視力が殆ど無い。
極端な弱視で、左目だけでものを見ている。
おそらく、飛びたくなるきっかけは両目でQRコードを注視したときだとすると……。
両親や親戚、友達に、幸福の手紙のことをメッセージアプリで送る。
とにかく、QRコードを両目で注視するなと。
雄一にも手伝わせた。
一通り送れたので、ソファーに二人でごろんと横になった。
「疲れたね」
「うん……あの画像にあんな力があるなんて……」
雄一は、しみじみと言った。
意識せずに空を飛ぼうとしたことが今さら怖くなったのだろう。
「そうだね。もともと錯覚というのは脳を騙す画像なわけだから、こういうことがあってもおかしくないよね」
「ヤベーな……」
改めて恐怖を感じたとき。
ベランダの外を黒い影が舞ったのが見えた。
そして——
どすん。
何かが落ちたような音がする。
「今の何?」
あたしは慌ててベランダに出て、音が聞こえた下の方向を見た。
そこには……人が倒れていた……。手足が曲がってはいけない方向に曲がっているような……。まさか……?
ぴろりん♪ ぴろりん♪
メッセージアプリの暢気な通知音が響いた。すぐにスマホを手に取り、メッセージをチェックする雄一。
「姉ちゃん……テレビ付けて……僕は目をつぶってるから……」
言われたとおり、テレビを付ける。
「……巷で話題の、幸せの手紙ですが、皆さんご存じでしょうか。なんと、QRコードを両目で見つめてから、写真などを見ると望むとおりに加工されて見えるそうです。皆さんも、やってみましょう!」
あたしの背筋を冷たいものが伝った。
アナウンサーは悪気も無く、紹介をしているようだ。
「そのQRコードは、こちらです!」
画面いっぱいに、広がるQRコード。
その瞬間、スマホからSNSアプリの通知音が響く。
「まさか……なんてことを……」
スマホを開くと、噂のQRコードという投稿が幾つもされていて、それぞれバズっていた。
ご丁寧に「両目で見て」との説明付きで。
それぞれの投稿が次々と拡散され、タイムラインに幾つも並ぶ。
リツイートやいいねの数がみるみる増えていく。
どすん……どすん……。
どすん…………どすん……。
ベランダの外に複数の黒い影が落下していくのが見えた。そして、何かが地面とぶつかる音がする。
それは何度も何度も……繰り返し聞こえたのだった——。
どすん……どすん…………どすん………………。