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怪盗アリス

作者: 菓子s

【登場人物紹介】(キャラクターデザイン:花園アリス先生)


有住ありすみありす:アリス

怪盗アリスのリーダー。かわいくて優しい。

十一歳(小五)。得意科目は休み時間!


宝口黒ほうぐちくろ:クロ

いじわるでいじわるな奴。私をバカにする。

十一歳(小五)。得意科目は理科。


犬神祐利いぬがみゆうり:ユーリ

犬顔で犬みたいな性格の犬。よく吠える。

十二歳(小六)。得意科目は体育(と給食も)。


月明光太つきあかりこうた:コウタ

大人っぽい常識人。まさにお兄ちゃん。

十二歳(小六)。得意科目は国語と社会。


夏目透瑠なつめとおる:ナツメ

ピュアそうに見える腹黒。私には優しい。

十歳(小四)。得意科目は英語と算数。


【プロローグ】


最近何かと話題の「怪盗アリス」なるものがこの町にもやってきたらしい。かわいい名前とは裏腹にその実態は極悪非道で、強盗・殺人・放火・監禁・拷問・私刑と何でもあり、正真正銘の犯罪者集団らしいのだ。特にリーダーのアリスは残虐な性格で、人を人とも思わないような扱いを繰り返している。……なんて噂が流れてたり流れてなかったり。

現在小学生真っ最中の私、有住ありす(十一歳)はキラキラネームの申し子だ。実家は有住探偵社っていう小さい探偵会社。近所では探偵アリスと呼ばれてるみたい。お父さんは探偵だけど、コナン君みたいにすごい事件を解決したりとかはない。っていうか探偵はそんな事件の捜査には入れてもらえないのだ。だから、浮気調査とか人探しとか割とよくあるつまんない事件ばっかり追っている。そんな探偵アリスの娘がまさかの怪盗アリスだなんてだれもわかるわけない。ってそうじゃなくて、私は犯罪なんかしていない。それどころかグループを作っただけで勝手に名前が独り歩きしちゃってるみたい! こわ~い。

【猫のスノードーム】


すごいお宝があるらしい。そう聞いたのは、あっという間に過ぎ去った冬休みの余韻が残ったままのガランとした教室に一人早く登校していたクロからだった。

「なぁ、猫のスノードームって知ってるか?」

「なにそれ?聞いたことない」

「スノードームくらいはわかるだろ?あの中に猫の人形が入ってるんだって」

「え、別に普通のスノードームじゃん?」

「って思うだろ?なんか台座が豆腐で出来てるらしいんだよ」

台座が豆腐って。なんだそれ。普通にきもい。豆腐とか大丈夫なの? 脆そうだし賞味期限とかとっくに切れてるだろうしとにかくやばそう。

「それ腐ってんじゃん?」

「いやなんか特殊な加工がしてあって腐らないんだってさ。って俺が言いたいのはそうじゃなくて、そのスノードーム、けっこう高いらしいんだ」

「まじ?いくらくらいなの?」

「一千万。あくまで噂だけどな」

いっせんまん! 高すぎて全然ピンとこない。だって私のお小遣いが毎月千円だよ? その一万倍とかどんだけ~。って何でクロは私にそんな話をしたんだろう?

「ねー、クロ。まさかそれって……」

「そのまさか。盗んじゃおうぜ。お前探偵ごっこしたいって言ってただろ?」

そんなこと言ってない。ちょっとコナン君の話をしただけだ。クロが勝手に解釈して私が探偵ごっこをしたいかのように言ってるだけだ。まぁいいか、なんか楽しそうだし。

「で、どこにあるの? その猫のスノードーム」

「なんでも来週、市の美術館に展示されるらしいぜ。『世界のスノードーム展』だとか」

へ~。クソつまんなそう。だけどいっせんまんは大きいよアリス。よしやっちゃうか。あ~でもクロと二人じゃ無理だろうしなぁ……。どっかに一緒に行ってくれるバカ仲間とかいないかなぁ~。そう思った矢先にクロが口を開く。

「でさ、コウタたちも誘わね? コウタとナツメとユーリと……

「絶対やだ! ユーリはうるさいし、ナツメは何考えてるかわかんないし。まぁコウタはいいけど、泥棒とか絶対しなさそうじゃん」

「……お前ならそう言うと思ったよ。とりあえず最後まで聞けよアホ」

なんだよバカクロ。いちいち一言多いんですけど。むかつく! はげろ!

「お前の考えることなんてだいたいわかるんだよ」

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさ……」

「だから聞けって。ふつーに考えて美術館の展示品を盗むなんて無理だろ? それはお前の頭でもわかるよな? だから戦力が必要なんだよ。ユーリはうるさいけどすばしっこいから囮になるし、ナツメは腹黒いけどお前には優しいだろ? だから何かあったら守ってくれるはず。頭もいいし。コウタはまぁ泥棒とか絶対反対だろうけど、俺たちが何かするって言ったらやめないのわかってるし心配でついてくるだろ。あいつがいれば何かと安心だからな。で、そいつらを味方につけるにはアホのお前が必要ってわけだ」

確かに。悔しいけどきっとその通りだ。悔しいけど。ってか言い方を考えろよバカ。

「……たぶんね」

「じゃあ決まりな。あとはよろしく~。適当に話つけといてな」

「は? なんで私が? 自分でやりなよ! も~」

言うだけ言ってクロは机に突っ伏して眠り始めた。こいつはいつでもどこでも眠るのだ。まったく。朝一で寝るために学校に来るヒマあるなら自分でコウタたち誘えばいいのに。

「ばーか」

「……聞こえてるぞアホアリス。さっさと行けよ」

「うるさい! はげろ!」

そして私はコウタたちの勧誘に向かうのであった。


* * *


まずはユーリかな。あいつアホだし一番簡単そう。(……って思ってた私がバカだった。まさか勧誘がこんなに大変だったなんて……)

「ユーリ! ちょっときて!」

休み時間に六年生の教室にやってきた私はさっそくユーリに声をかける。よくある光景だ。でも今日はいつもとユーリの様子が違った。なんと鉛筆を手にしているのだ!ユーリは超アホだ。勉強ができない私よりもアホだ。そんなユーリが鉛筆を手にして何かを一生懸命書いているなんてありえない! いつの間に時空がゆがんじゃったの?

「アリス~たすけて~」

「どしたのユーリ? 珍しく勉強なんかしちゃって」

「宿題が~終わらない~」

「あー……ね。ハイハイ、宿題ね。私もやってないから大丈夫」

「今回出さなかったらマジヤバいんだよ~。かーちゃんに追い出される!」

「そんなにあんたの脳みそ不足は深刻だったのね……」

「もうなんでもいいから教えてくれよ~。算数とかマジ無理」

算数。聞きたくない言葉。英語と並んで私の嫌いな教科だ。ちなみに好きな教科はない。ってわけで私には算数どころか何かを教えることもできない。

「私に教えられるわけないでしょ? だいたいあんたの方が年上だし」

教えられるわけないなんて自分で言っていて悲しくなるが仕方ない。事実は事実だ。

「え~じゃあどうすんだよ~オレ家に入れないじゃん~」

間抜けな悲鳴を上げる犬顔。かわいそうだがなんか面白い。そんな風にユーリをおちょくっていると、四年のナツメが通りかかった。ちょーどいい! ナツメは算数オタクなのだ。

「ねーナツメ! ちょっとちょっと!」

「どーしたのアリスねーちゃん?」

ニコッと微笑んで立ち止まる。腹黒いとの噂だがなぜか私にはいつも優しい。私のこと好きなの? そう思ってちょっと気持ち悪くなる。おえー。

「なんかね、ユーリが宿題終わんないと家に入れてもらえないんだってさ。ちょっと助けてあげてくれないかな?」

「……アリスねーちゃんがそう言うなら喜んで」

と言いつつこっそりユーリをにらむナツメ。おいおい見えてるぞ。腹黒も隠しきれてないのね。まぁ男子はそーゆーの苦手か。逆に女子は演技うますぎてわかんないし。

「で、どんな問題なの?」

「これなんだけどさ……」

そう言ってユーリが出した算数の問題は、私でも解けるはずの復習問題なのにちんぷんかんぷんだった。今更だけどけっこうヤバいかも私。ユーリのこと言ってられない。

「あー。これはね……」


* * *


「ありがとうナツメ! これでかーちゃんに怒られなくて済むよ~」

「……ユーリも案外苦労してるんだね」

タメ口少年とおまぬけワンちゃんの間に奇妙な友情(同情?)が芽生え始めたところで私は本題を切り出す。二人そろってるからちょうどいい。ってユーリ何でナツメに抱き着いてんの? きもいんだけど~まじで。

「えっと~お取込み中悪いんだけどさ~、ちょっと話聞いてくんないかな?」

「おっ! そーだそーだ。何だったのアリス?」

鬱陶しそうに眉をひそめているナツメをパッと離すと犬顔はこちらに尻尾を振り始めた。ほんとに犬みたいだなユーリ。そのうちお手とかお座りとかしそうな勢いだ。

「あんたたちさ、お金ほしくない?」

「「は?」」

何言ってんだこいつ? って感じの目で見つめてくる二人。そりゃそーか。いきなりお金ほしい? とか闇金のやばいオニーサンじゃん。言い方間違えたかな? だから私に任せないでってあれほど……クロのやつめ。はげろ。な~んて考えてるとナツメの様子がちょっとおかしい。どした?

「……アリスねーちゃん、お金ってあのお金?」

「あったりまえじゃん。あんたどーしたの? なんか変だよ?」

ってなんか目がお金の形になってる~! あのマンガとかでよく見るやつ。うわ~なんかキラキラした光線的なビームがビビビって突き刺さるんですけど~アニメかよ!

「あ~……ナツメがお金に目がないのはわかったから。じゃあ二人とも決まりね」

「は? なんで勝手に決めんだよ! まだなんも聞いてないじゃん!」

突っかかってくる犬。ワンちゃんはお金よりお菓子の方がいいか。……ところでこうやって心の中で人を罵倒するクセ、私の悪いとこなんだよね。ときどき本音が口をついて出ちゃったりもする。ま、わかっててもやめられないんだけどね。

「ごめんごめん。ちゃんと説明するね? 来週さ、美術館で世界のスノードーム展だっけ?みたいな展示があるらしいんだけど、なんでもちょーすごいお宝があるんだって」

「それがお金になるんだねアリスねーちゃん? 早くもらいに行こう!」

話が早すぎるぞナツメ。そんなに簡単にもらえるなら私一人で行ってる。ワンちゃんの方はお宝という言葉にピンと来たのかワクワクした表情を浮かべている。ちょろいな。

「そー簡単にもらえないって。だからあんたたちを誘ってるんでしょ?」

なんてグダグダなやり取りをしていると六年生のコウタが教室に入ってきた。そっか、ユーリとコウタは同じクラスだっけ。ラッキー。

「おはようアリスちゃん。みんな集まってるけど何の話?」

「おはよコウタ!実はね、来週……」

「コウタもいこーぜ!」

いきなり横から犬が割って入ってくる。ちょっとちょっと。まだ話の途中なんですけど?ってかさっきまで「まだなんもきーてないし~」とか宣ってたヤツが何で入ってくんの?

「ユーリ、まだ話の途中。待て!」

「ワン!ってオレは犬じゃね~よ」

またやってるよ……って感じの生温かい目をしたコウタは、怪しげな光線を放ち続けるナツメを見ていろいろ察したみたいだ。

「うん。まぁ、そうだろうね。だいたいわかったよ」

「さっすがコウタ! 察しがいいね!ってことでいいでしょ?」

「ごめんだけど、無理なんだ」

「ありがとーコウタすき!」

……ちょっと待って。今何て言った? ゴメン? ムリ? は? どーゆーことよ? コウタなら無条件でオッケーだと思ってたのに。ましてやこのアホの子たち(私含む)が何やらかすかわかんない状況なら絶対オッケーじゃない? あ、ダメだ。混乱してきた。

「……なんで?」

「ごめんね、ほんとに無理なんだ」

「理由くらいいいじゃん。教えてよ」

「…………」

いつもの穏やかな笑顔が影を潜め、ただただ深刻そうな表情を浮かべるコウタ。ほんとにどうしちゃったの? まさか私たちにも言えないこと?

「……ごめん」

「……わかったよ。言えないならいいよ。コウタのことだから何かあるんだよね?うん。今は聞かない」

「アリス~コウタは置いといてオレたちだけでいこーぜ!」

「アリス姉ちゃん早くお金もらいに行こうよ!」

ったくこいつらときたらほんと呑気。ナツメはお金のことになると人格変わりすぎだし。

タイミングよく(悪く?)チャイムが鳴り、学年の違う私とナツメは階段を下りて自分たちの教室へと戻る。お金に取り憑かれたナツメと別れると私は自分のクラスの扉を開けた。

「おつかれ。どうだった?」

「……だいたいオッケー」

「じゃあ大丈夫だな」

クロってばテキトー。しかも聞いてすぐ寝てるし。先生に叩かれてはげろ。でもコウタほんとどうしちゃったんだろう? なんかフクザツな事情とかあるのかな? な~んてシリアスな雰囲気に浸ってると一枚の紙が回ってきた。セカイノスノードームテン?

「あ! 豆腐のやつ! いっせんまん!」

「有住うるさいぞ!」

「ごめんなさ~い」

思わず声をあげちゃった。配られたチラシに描かれた意外にもファンシーな猫のスノードームを見てこれが一千万か~と思う。先生がいろいろ説明してるみたいだけど当然私の耳には入らない。今は一千万で頭がいっぱいなのだ。ってナツメとおんなじかよ私。

「……というわけで、急きょ来週の校外学習は市立美術館に行くことになりました」

まじかー。楽しみ。えー俺は嫌だー。と口々に好き勝手言うクラスメイトとは対照的に開いた口が塞がらない私とクロ。ほんと急すぎない?

「なぁアリス。これで怪しまれずに堂々と美術館に入れるよな」

「確かに。裏からコソコソとかウチららしくないもんね」

な~んて言ってるうちに班で展示品の調べ学習をするようにと先生が指示を出す。私たちの班のテーマはもちろん猫のスノードームだ。あ、でもユーリとナツメどうしよう?

「ね、クロ。ユーリとナツメ学年違うしいないよ?」

「……お前はほんとバカだな。今年から校外学習はたて割り班になっただろ?全校で行くんだから余裕で合流できるだろバカか」

「確かに~」

ってバカは余計だバカは。まじではげろ。そんなわけで私たちの班はさっそく美術館の平面図を見つめる。盗む気満々じゃん私たち。でも、あれ? これ読み方わかんない。

「ね~クロ。これどうやって見るの?」

「は?お前本物のアホなんだな……」と言いつつ説明を始めるクロ。長い。はよ終われ。

「……なるほどね。だいたいわかった」

「ぜってーわかってないだろお前」

ふん。なんだよ。ちゃんとわかってるよ。でもクロの説明が意外とうまくて理解しやすかったなんて言ってあげない。なんか悔しい。

「まあいいや。例のスノードームの展示場所もわかったし、作戦を立てないとな」

意外とノリノリなクロ。ほらやっぱ自分が探偵ごっこしたいんじゃん。って今更だけどこれって探偵じゃなくて泥棒じゃない?

「ね~クロ。これってさ、探偵って言うより泥棒じゃ……」

「あー……」

確かに。って顔をするクロ。でも次の瞬間には開き直る。

「まあいいんじゃね? 泥棒って言うと人聞き悪いしさ。じゃあ怪盗ってことで!」

「怪盗ねぇ……」

なんてくだらないやり取りをしたりクロにバカにされたり思い出したようにスノードームについて調べたりしているうちに校外学習の日がやってきた。


* * *


市立美術館はときどき変な展示をすることで有名だ。去年は『町の中華料理屋の器展』とか意味わかんないのやってたし。ユーリん家なんて中華料理屋(中華天國って名前!)だからって昔お店で使ってたミッ○ィーちゃんのお皿出しちゃうし。しかも展示までされちゃってちょっとそれってありなの? 意味わかんなすぎ。今年は比較的まともと思いきや豆腐が台座のスノードームとか笑っちゃうよね。あれがいっせんまんかぁ。

「おいアリス。ボケっとすんな」

「ごめんごめん。ちょっと考えごとしてた」

「お前のことだからどーせくだらないことだろ?」

うっ。当たってる。バカクロはげろと思いながら美術館の入り口に向かって歩を進める。この美術館は市立美術館にしては立派な建物で、ゴシック調の白塗りの壁装が青空に映えてまるで地中海に浮かぶ漆喰の家々のように眩い光景が目に飛び込んでくるのであった。ってパンフレットに書いてあった!

「よし、早速いただくか」

言うや否やクロは早歩きで例のスノードームの展示場所に一直線。私も気持ちは逸るけどやっぱり早歩き。走ったら怒られるからね。でもなんか面白い。こういうちょっといけないことってなんかワクワクするし、あぁ私は今この一瞬を生きてるんだって感じがする。

とかなんかよくわからない興奮に包まれてるうちにスノードームがデデンと目の前に……

「ないじゃん!」

「うん。ないな」

え。どこにもないよ? 館内マップを確認する。うん、やっぱり間違ってない。

「クロ、ここであってるよね?」

「何度も確かめたから間違いないだろ。……にしてもどういうことだ?」

私たちが騒いでいると次々と展示室に入ってくる来場者もざわつき始めた。警備の人たちもやっと気づいたようで慌てながらこちらに走ってくる。

「アリス! 疑われないうちに逃げようぜ」

「なんで? 何も悪いことしてないよ?」

「面倒くさいことになるんだっての!」

「うう、わかった」

と言いながら足はすでに走り始めている私。幸い警備員は子どもには目もくれず、無線でどこかに連絡をしている。隣の展示室からそっと覗いているとユーリとナツメがやってくる。もともと私とクロがスノードームをいただいちゃってからこの部屋で二人に引き渡して素知らぬ顔で別の展示室に行くという計画だったのだ。

「よっ! うまくいったか?」

「ユーリ~……。なんか先に取られちゃったみたい~」

「それは大変だよアリスねーちゃん! 僕の一千万が!」

「「「おめーのじゃねーだろ!」」」

なんてバカな漫才を繰り広げているところにコナン君の黒づくめの男よろしく怪しげな全身真っ黒コーデのお兄さん?が近づいてきた。誰この人? 「君たち、ちょっといいかな」とか話しかけてくるけど怪しいから誰も答えない。

「いきなりはさすがに怪しいよね。でもあのスノードームの行方を知ってるって言ったら話をしてくれるかな?」

「おっさん何もんだよ?」

クロが口を開く。ってかおっさんって……まだ二十代とかじゃない? あれ、でもなんで私たちがスノードームに興味あること知ってんの? この部屋から例の展示室を見てるって状況だけ考えるとただの野次馬としか思えないはず。だいたいスノードームの行方って言い方がおかしい。まるで盗まれたみたいな……

「おじさんが盗んだの?」

「おっさんとかおじさんとか失礼だな君たち。ボクはまだ二十八だよ」

「そんなことはどうでもいいんだよ! スノードームはどこにあんの?」

「ひみつだよ~。誰かが盗んだみたいだね。ところでそこの君、アリスちゃんだっけ?君なら大丈夫かな~」

とカードのような小さい紙を取り出してササッと何かを書き込んだ。

「これあげる。大サービスでヒントも書いちゃった」

無理やり私のカバンにそれをねじ込むとコナン君の犯人は野次馬の中に消えていった。ほんといきなりすぎるよ~なんなの?

「何だったんだ? あのおっさん」


* * *


翌日の新聞に「怪盗アリス現る!」とでっかい見出しで載ったかと思うとテレビでも大ニュースとして取り上げられる。「昨日市立美術館にて開催中の『世界のスノードーム展』で時価一千万円は下らないと言われる猫のスノードームが窃盗団によって盗まれました。窃盗団は怪盗アリスという名前とともにいくつかの暗号と思われる数字が記された手紙を残していった模様です。警察は首都圏で組織的な犯罪を繰り返している正体不明の団体と関連があるとみて捜査を進めています」アリスって名前勝手に使うなバカ~。

ちょっとイラっとしつつニュースを見ていた私は昨日の校外学習の中止や一斉下校のドタバタで忘れていたカードを思い出してカバンから取り出してみる。なにこれ? トランプになんか書いてある。数字とアルファベットの組み合わせ、そしてクエスチョンマーク。意味わかんない。こういうのはナツメに聞くに限る。休み明けに学校で聞いてみよう……でも毎回聞いてばかりなのは悔しいから自分でも考えてみる。数字とアルファベットのペアが一文字だとすると、全部で七文字。七文字のことば……? やっぱわかんない。もういいや明日明日。


2B 10C 2A 2C 3C 5A 9A ?


「おはよ、アリスねーちゃん。話って何?」

「あのさコレ、あの変な人が私のリュックに入れたカードなんだけど……」

「…………」

カードを見てじっと考え込むナツメ。ありゃ? ナツメにも難しかった? 朝一だから?

「どう? わかる?」

「うん、暗号は簡単。数字とアルファベットがそれぞれ五十音表の列と行に対応してるんだよ。例えば、2Bはカ行の二文字目だね。順番に読んでくと……」


き・を・か・く・す・な・ら・?


「木を隠すなら森の中。ホントは、『木の葉を隠すなら森の中』が正しいんだけどね」

「へー。やっぱナツメって頭いいんだね。で、どういう意味?」

「……アリスねーちゃん。……意味は、何かを隠すなら同じものがたくさんある場所がいい、ってこと。つまり、例のスノードームはスノードームがいっぱいある場所に隠されてるんじゃないかな?」

「よし、さっそく探しに行こ!」

あれ、でもナツメさっき暗号は簡単って言ってたと思うけど何か考え込んでなかった?なんだろ。気になることでもあったのかな? まぁいっか。今はいっせんまんが先だ。

「で、どこに探しに行くんだ?」

「あー……」

やっぱりな。って顔でアホな私を憐れむクロは「アリスは思いついたら即行動だよな。そういうとこユーリと変わんねぇな」とすでにちょっとだけ反省している私に追い打ちをかける。オーバーキルにもほどがあるよ性格ねじ曲がりすぎ~。

「普通に考えたら、お土産物屋さんとかじゃないかな?」といいながらコウタが話しかけてくる。ここでコウタとかいろいろ考えなきゃなんないときにちょっと待って!

「コウタ! 何で手伝ってくんなかったんだよ」

「ごめんねクロ。実は……」

「あ!これだ!」とさっきからごそごそしていたユーリがランドセルの中からくしゃくしゃぺしゃんと一枚のチラシを取り出す。『雑貨屋、三月うさぎ』なんで駅前に開店したお店のチラシがランドセルの中に入ってんの? と疑問が浮かぶがそういえばユーリは片付けられない子だったっけと思い直して納得する。それにしてもこのお店ちょっと気になる。普通に行きたい。

「この辺あんまりお土産物屋さんとかないし、とりあえずここ行ってみよっか」

「アリスはただ行ってみたいだけだろ」

「そーですよ!」と嫌味を言うクロに開き直ってみせた私はコウタが何か大切なことを言いかけたことなどすっかり頭から抜け落ちてしまってもう雑貨屋さんに夢中モード。


* * *


「アリスねーちゃんちょっと気になってるんだけど」と四人で放課後に雑貨屋へ向かう途中でナツメが話し出す。危ない危ない忘れるとこだった。ホントは忘れてたけど。

「このカードのこと?」

「そう。それさ、何か気になんない?」

「別に。普通のトランプじゃん?」と答える横でクロが「確かに気になる」という顔。

「まずさ、何でトランプなんだろうね」

「何でってちょうど書きやすいカードがあったからじゃない?」

「バカかお前は。ナツメはトランプなんか普段持ち歩いてるやつがいんのかって話をしてんだろーが」うるさいクロ。

「そう。それでさ、これジョーカーなんだけど猫なんだよね。猫のスノードームと何か関係あるのかなって。ジョーカーの意味も気になるし」

ナツメによるとジョーカーとは人を笑わせたりふざけたりする道化師(ピエロ?)って意味らしい。そして最強のカードであることから切り札って意味もあるんだとか。へー。

「とにかく今はわかんねーよな。あのおっさんの正体も」

「オレは最初っからわかんないけどね~」とバカ犬。私もか。

一つ賢くなった気がする私は駅前の交番の隣に新しくできた雑貨屋さんを見つける。二階にはカフェが入ってるみたいで、ウッドテイストのナチュラルおしゃれな雰囲気の建物。

「うえ~。オレこーゆーとこ苦手」

「ワンちゃんはお店は入れないもんね。私は好きだよ、こういう感じ」

遠目では見えなかったが木目調の扉にはうさぎのシルエットをかたどった鉄製のドア飾りがついている。かわいい。三月うさぎって『不思議の国のアリス』に出てくるうさぎのことだよねきっと。三月うさぎは自分の家で帽子屋と眠りねずみと一緒にお茶会を開いているちょっと変わったうさぎだ。頭には藁で作った髪飾りを載せていて、その風変りな言動で主人公アリスを困らせたり、帽子屋と協力して眠りねずみをお茶に突っ込んだりする。

なーんてルイス・キャロルの空想話を思い出してると扉が開きひょこっとうさぎみたいにちっちゃな男の子が顔を出す。幼稚園くらいかな? 目のくりくりしたほっぺの赤い子。

「おねーちゃんたちなにしてるの?」

「ねむる! 外に出ちゃダメだよ」とねむると呼ばれた男の子に続いて男の人が出てくる。あれ? この人って……

「あー! あんときのおっさん!」クロってばもー。

「だからおっさんとかおじさんじゃないって! って君たちは……」

「なんでここにいんの?」

「なんでもなにもここはボクの店だよ。お仕事お仕事」

「うげー。おっさんの趣味なのかよ」

まぁクロの言いたいこともわかんなくもない。と同時にこのおじさんの雰囲気にはけっこうしっくりくるんじゃないかとも思う。ちょっと帽子屋っぽく見えるし。

「そんなことより、おじさんはスノードームの行方って言ってたよね? 知ってるの?」

「知ってるって言えば知ってるし知らないって言えば知らないよ」アリスの台詞みたい。全然意味わかんない。なにこれ禅問答?

「でも私たちこのトランプ見てここに来たんだよ? 何か教えてくれたっていいじゃん」

「……そうだね。まぁとりあえず入りなよ」

促されてお店に入ると中には見たこともない観葉植物らしき蔓や葉っぱがいたるところに絡みついてぐるぐると幾何学的な模様を描いているようにも見えなくもない。段差をつけて配置された低めの木のテーブルにはピアスやリングなどのアクセサリー類に加えてハンドメイド用の細々としたチャームが置かれ別のテーブルではガラスの箸置きや木のコースターなどの生活雑貨が天板を彩っていた。どれもアリスモチーフで私はなんだか気恥ずかしくなる。名前が同じってだけなのにね。

内装をきょろきょろ見回す私と三人に向かって八田瑞希ハッタミズキと名乗ったおじさんはそういえば今日は黒づくめじゃない。ダークグレーのジャケットにボタンダウンのシャツ、ネイビーのスラックスに革靴と若いんだか若くないんだかわかんないような。お店がアリスモチーフなのは八田=ハッタ=ハッター=hatter(帽子屋)ってことらしい。そのまんまじゃん。おじさんの横にちょこんと座るかわいらしいお顔のねむるくんはおじさんの甥っ子にあたるみたい。おじさんほんとにおじさんじゃん。

「で、スノードームはどこなの?」

「単刀直入だね。今はまだ……としか言えないかな。少なくともボクは持ってないし、この店にもないよ」

「じゃああのトランプはなんだったんだよ」

「あのヒントは正しいよ。木を隠すなら森の中。ってことは?」

「え? それじゃあ……」とナツメが言いかけてクロは何かピンときたようだ。私とファンタジーな雰囲気に気圧されっぱなしなユーリにはさっぱり。

「なるほどな。じゃあ行くか。早い方がいいだろ」「そうだね。行こう」

なんかクロとナツメだけで勝手に話進んでるし~。ちょっと置いてかないでよ! もっと私たちにもわかりやすく説明して! ヒントちょうだいヒント。「ねーどういうこと?」

「そのまんまの意味。美術館しかないだろ?」

へ? そんなわけないでしょ? だって美術館から盗まれたんだから……

「美術館のスノードーム展はまだ始まったばっかだからいっぱいスノードームがあるんだよアリスねーちゃん」

なんだそういうことか、と私は納得する。盗まれた時にはまだ美術館にあったのだ。そして今この時間も。木を隠すなら森の中。

「あーね。じゃあ行こっか」

「お前ほんと切り替え早いな……アホっていうかなんというか」

「うるさいバカクロ。もうわかったんだから行くしかないでしょ」

「ですよねー」

三月うさぎを出ると息を吹き返したようにユーリが話し始める。

「あ~やっと調子が戻ってきた~」

「ユーリなんかずっと緊張してたね。全然しゃべんなかったし」

「ファンシーすぎんだろあの店……」

全員が無言でうなずく。確かにファンシーすぎるかわいいとは思うけど、それでも自分の部屋があんなにファンシーだったら絶対引く。だいたい私は「かわい~」とか言ってる自分が一番かわいい系女子が大嫌いなのだ。しかも「かわいいよね~」とか強要してくるし。知らん! 「むかつく!」

「お前いっつもひとりごと言ってんのな……」聞こえてた? ごめ~ん。

「あ! でもどうしよっか。もう美術館閉まってるよね? 明日にする?」

「オレも疲れた~明日にしよ~ぜ~」

「じゃあ、また明日。放課後にね」


* * *


って思ってたら翌日まさかの居残り。小学校で居残りとかあんの? もう自分がバカすぎて嫌になるんですけど~。あーこのままだと課題終わらないしどうしよ~抜け出しちゃおっかな~とか考えていると「美術館」とか「泥棒」とか「コウタ」とか「怪盗アリス」とか「アリス? アホだから無理だろ?」「しっ! 聞こえるだろ」とか聞こえてるっつーの!うるさいクラスメイトのアホ男子。ってちょっとまって今コウタのこと話してなかった?

「ね~あんんたたち何の話してんの~?」

「あ? だからコウタくんが泥棒なんじゃねぇかって」

「おい! 有住に言うなよ!」

「別にいーだろ。有住はコウタくんと仲いいかもしれないけど、泥棒のこととは関係ないし」

「は? 巻き込まれたりして俺らまで疑われたらどーすんだよ」

「んなわけねーだろ。アリスだぜ? アホすぎて捜査対象外だよ」

ぎゃーぎゃーうっさい勝手にやってろ。ちょーむかつくけどそれは後回し。後で◯す。

「そっか。コウタが疑われてんのね。ねぇ誰からその話聞いたの?」

「だから美術館の土産売り場のおばちゃんがコウ……」(もごっ)

「おい! いーかげん黙れって」

「~~~!」

はいはいわかったそういうことね。コウタのお母さんが美術館のお土産売り場でパートしててそこからコウタ疑ったってことなんでしょ。そうだよね、コウタは私たちの誘いに乗ってこなかったもんね。ってこれは私たちしか知らないか。

「とにかくコウタのお母さんに会ってみないと」

「あ! ほら結局こうなる!」

「仕方ないだろ!」

「うるせーお前のせいだからな!」

横でぎゃーぎゃーうるさい男子を押しのけて私は美術館へ直行。居残り? 課題? 先生に怒られる? そんなことより大事なことはこの世界にたくさんありすぎるほどあるのだ。


* * *


「おせーぞアリス! 置いてくとこだった。ってか置いてく」

「え? え? ちょっとまってって!」

「一時間も遅刻して何してたんだよアホアリス」

「だから居残りだって! どーせアホですよ~悪かったですね~バカクロさん!」

つーかあんたたちこそ一時間も美術館の前で何してたの? 暇なの? 人のこと言えないじゃん! などと考えながら見上げる美術館はやっぱり立派だ。夕日に映える白い壁がキラキラと眩しくて私たちのやましい心を浄化しようとする。いや、やましくなんかない!

「もういーからいこ~。美術館しまっちゃうよ~」

まさかユーリにたしなめられるとは。有住ありす十一歳、一生の不覚。

「ボケっとしてんじゃねーいくぞ!」

うるさいバカクロはげろ。あんただって同罪だ。

「アリスねーちゃんもクロも相変わらずだね~」

妙に達観したようなことをナツメがつぶやくとちょうど美術館のお土産売り場が視界に入る。お土産売り場は「さあどうぞいらっしゃいませ~」という商魂たくましい感じはあんまりなくて、美術館の雰囲気を損なわないような一角にあった。お土産のことが頭になかったら見逃してしまいそうだ。あれ? コウタのお母さんのことまだみんなに言ってなかったっけ。

「ねぇちょっと待って。お土産屋さんいこーよ」

「は? 遊びに来てんじゃねーんだぞ」

「お土産屋さんが目的なんだって!」

「なんでだよ! 『木を隠すなら森の中』は他の展示品に紛れてるってことじゃねーのか?」

「いや、僕もアリスねーちゃんが正しいと思うよ。展示品だと間隔が空きすぎていて紛れ込ませるって感じじゃないし、そもそもそんなとこにあったらとっくに気づかれてるよ。だからきっとお土産のスノードームの中に紛れ込ませてるんじゃないかな? スノードーム展なんだからお土産でスノードームなんていくらでもあるでしょ」

ナイスだナツメ。私はそんなことまで考えてなかったっていうかそもそもコウタのことしか頭になかったんだけどまあいっか。結果よければ全てよしってことで。横でユーリが「よくわかんない」とか言いたそうな顔してるけどこいつは無視。今はめんどくさい。

「つーか何で隠すんだ? 展示から盗めるなら持って帰りゃいいじゃねぇか」

確かに。何でわざわざ隠そうとするんだろう。あのおじさんも盗んだっぽいこと言ってる割りには私たちに探させたり回りくどいことしてるし。うーん……よくわかんない。


「あれ? もしかしてアリスちゃん?」

なんか聞き覚えのある声がすると思ったらまさかコウタのお母さんから話しかけてくるなんて! どうしよう! 何も考えずに来ちゃったしナツメが言ってるように例のスノードームがお土産の中に紛れ込んでるかもだし、もしかしたらコウタのお母さんもそれに協力してて実は隠した張本人だったりするかも? あ~もうよくわかんない……って私までユーリみたく犬頭になってるんですけど~。でもそんなんじゃダメだ有住ありす。考えなきゃ。だって私は探偵の娘。浮気調査ばっかりの探偵の娘でも素質はあるはずだ。


普通に考えたら、お土産物屋さんとかじゃないかな?


そうだ! 私は思い出す。猫のトランプの暗号を解いたときに例のスノードームはお土産物屋さんに隠されてるんじゃないかと指摘したはコウタなのだ。あのお土産物屋さんって「三月うさぎ」のことじゃなくて、コウタのお母さんが働いてるこの美術館のお土産売り場のことなんじゃないの? ってことはコウタは全部知ってたわけ? 知ってて私たちについてこなかったってこと? そもそもなんで隠す必要があるの? 余計にわかんなくなっちゃった。


「あ、コウタのお母さん! お久しぶりです~。事件大変でしたね~」

「そうなの~。ところでコウタに聞いたわよ~。アリスちゃんたちスノードームに興味あるんですって? よかったらお土産も見てってね~」

コウタのお母さんはコウタに似て優しい雰囲気を醸し出しつつも、どこかほわっとして抜けたとこのある人だ。お茶とか平気でこぼすし床にぶちまけるタイプ。←失礼。ん? 今コウタに聞いたって言った? コウタはお母さんに何を話したんだろう?

「そうなんですよ~。ちょうどお土産見ようかなって。この前の校外学習のときはバタバタであんまりゆっくり見れなくて~」

「いやいやお前犯人探しに来たんだろ?」

「……うるさい黙れ」犬の口を塞ぐ。今は違うぞアホワンコ。

「あはは~ユーリったら~よくわかんないことしゃべちゃって~。最近言葉覚えたばかりだもんねワンちゃん?」にらみつける私にすっかり萎縮する犬。よし、いい子だ。と思ったら急にコウタのお母さんが深刻そうな表情を見せる。

「……ねぇアリスちゃんたち。コウタには内緒にしてほしいんだけどね」


* * *


閉館間際の美術館にはもうほとんどお客さんはおらず、ロビーには吹き抜けの窓から差し込む夕日で長い影ができていた。薄橙に染まる廊下にコツコツと靴音が響く。自然な足取りで、しかしどこか急ぐように受付を通り抜け、一直線にスノードームの展示室に向かう人影がある。

一番の目玉のスノードームが盗まれるという事件はあったものの、世界的にも珍しい展示会のためかスポンサーの計らいで一部会場以外は事件前と同様に展示がなされている。その事件現場もやっと現場検証を終えて一段落ついたところで捜査員も申し訳程度に数名残っているのみだ。閉館の案内が流れ始めると館内に残っていた捜査員も持ち場を離れて警備員と話をし始める。

「気づかれないうちに……」

誰にも聞こえないようにつぶやくと、どこか怯えたような人影は背負っていたリュックからそっと包みを取り出した。その手には「猫のスノードーム」が握られていた。パンフレットに載っていた写真よりも実物はひと回り小さく見える。底面には特殊加工を施した豆腐……もといコウタがかつて食べ残した高野豆腐が収まっている。これが一千万か。

「ごめんよ……ありがとう」

カチリと展示台にはめ込むと、コウタは背を向けて足早に出口へ向かった――



「ちょーーーーっと待ったーーーー!」


静まり返った展示室内の空気をとても女子のものとは思えない野太い声が薙ぎ払う。

コウタがビクッと肩を震わせる間もなくアリスが畳み掛ける。

「コウタ! やーーーーっと見つけた! 探偵アリスの目はごまかせないよ!」

「……何のことかなアリスちゃん?」あくまでも冷静さを崩さないコウタ。

「みーんな知ってんだからね! ……コウタが犯人でしょ?」

「……どうして?」

「えっ……。そ、それは~なんかコウタが怪しかったっていうか~。そうよ! そもそも私たちの提案に乗ってこなかったとこから怪しいよ!」しどろもどろか私。しっかりしろ。

「絶妙にダサいよアリスねーちゃん」ナツメに続いてユーリも呆れた目をする。

「コウタ、お前のお母さんから聞いたぜ」あ、クロにバラされた。


* * *


事実は小説よりも奇なり。

……なんてことはなく、コウタは自分がかつて食わず嫌いで食べ残した高野豆腐が美術的価値を得て展示されていることに耐え難い恥ずかしさを覚え、誰にも相談することができないまま校外学習の日を狙って盗み出したらしい。本職かよ。校外学習の日はアリスたちがお宝を盗み出そうと計画した日であり、噂と合わせてマスコミを騒がせつつ姿を隠すには最適であった。当初はこっそり高野豆腐を別物と差し替えて返却するつもりだったのだが、これはこれとして評価されて高額で取り引きされているのだからと思い直したところでコウタにとって予期せぬ二人の人物の介入があった。

奇しくも本物の美術品窃盗団のメンバーである八田瑞希も同じスノードームを狙い、そしてコウタに先を越された。悔しまぎれにトランプを置いて捜査を撹乱した張本人だ。「三月うさぎ」も入念な下準備の際に用意した隠れ家で、店では盗品を扱っている。もう一人、美術館のお土産売り場でパートタイムの勤務をしていたコウタの母親は校外学習後に息子の異変に気づき、部屋の掃除の際に探してみると例のスノードームを発見した。帰宅後の息子にそれとなく聞いてみるとおとなしく白状したため、お母さんが見張っててあげるから返してきなさいと母親の温情を示した……ところでアリスと遭遇したのだ。


「黙っててごめんねアリスちゃん……」

「いいのいいの! ま、一件落着ってことで!」

「調子いいなお前」苦笑するクロ。

こういう時は調子いい方が得なのだ。


* * *


「……ちぇっ。しっぱいしちゃったね、おじさん」

「仕方ないさ。また次のお宝をいただくとしよう」

そして猫のスノードームは無事に戻り、怪盗アリスは結局捕まることなくまた別の街に向かった……という噂が流れる。でも本当の怪盗はまた次回現れるとか現れないとか。


縦書きをイメージして書いたので読みにくいですがそのうち直します。

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