深紅色の目
地元の小学校に伝わる怪談をご紹介しよう。
それは『棚の目』。あまり怖そうじゃない? まあそれは置いといてくれ。
学校って『棚』だらけなことに気付いていたかな? 例えば机の天板の下。教卓もだ。ロッカー。先生の机の奥、壁際。掃除用具入れ。図書室の本棚。理科室の戸棚。図工室にも家庭科室にも沢山の棚がある。少ないのは音楽室や体育館かな。でも、全くないわけじゃない。
その棚を覗いたとき。…物を取るとき返すとき。ふと奥に目を遣ると、大きな赤く光る目が、自分を見ていることに気付くんだ。
ふつう驚くよね。でも、見間違いだろうと思うよね。その目は人のそれと同じ形で、でもひと回り以上大きいんだ。虫や鼠なんかとは違う。
とても大柄な幽霊だとか、妖怪だとか、実は目だけの化け物だとか、その正体については諸説あるのだが、もっと肝心な話がある。…その目を5日続けて見てしまうと死んでしまうと言われているのだ。
30年くらい前に、タロウさんという子が見てしまい、5日目の夜に突然の高熱で亡くなってしまった。
また、50年くらい前には、女の子が(あるいは女の先生が)5日目の夕方に歩道橋から転落死した。そんな話が伝わっている。
でも、危うく難を逃れた子もいるんだ。
その子は当時3年生の男の子だった。
1日目は図書室。
本を取ろうと棚に目を向けた時、本の隙間から、赤く光るものを見つけたんだ。何だろうとよく見た瞬間、深紅色の目を見てしまった。
目の玉が暗い赤。暗いのになぜか禍々しく光っていた。白目は濁っていて、鮮血色の血管がいくつも浮き出ていた。まつ毛はなく、目の縁も血が浮き出たような色をしていた。
すぐに、都市伝説のことを思い出した。
周りに言ったら、「死んじゃうよ」と心配する者、信じない者、そもそもその伝説を信じていない者、様々だった。
2日目は、下校するとき。
それまで目が出てくることはなく、自分でも昨日のあれは気のせいだったのではないかと思い始めていた時だった。
上履きを脱ぎ、手に取って靴箱に入れようとしたとき、その奥に現れた。
思わず上履きを投げつけるように入れ、外用のスニーカーを掴み取ってつま先を入れると駆けだした。
昇降口の外に出て振り返る。
そこには誰もいない。
スニーカーは片方脱げて、転がっていた。それを拾って履き、動悸が激しいまま帰宅した。
3日目は教室の掃除用具入れ。
4日目はコンピューター室の大型モニターの脇。
5日目は。…見なかった。
その日はマラソン大会だった。
ずっと外にいたから、棚というものに用事がなかった。
校舎は閉められていた。1階のトイレだけは出入りできたが、そこに棚はなかった。掃除用具入れ? わざわざ開けたりするものか。
そう。この男の子は私だ。
この話を、自分の息子とその友達にしたことがあった。当時もう20年以上前の話なのだが、彼らも件の伝説を知っていた。この手の話は伝承していくのだと改めて知らされた。
「あと1日で死ぬところだった。5日目がマラソン大会で本当によかったよ」
そう言うと、
「リクの父ちゃんやべえ」
「休んじゃえばよかったのに」
との意見が出る中、ひとりの友達がじっと黙って私を見ているのが気になった。
やがて子供たちが庭へ出てしまうと、その子だけが、私のそばに来て言った。
「リクの父ちゃん、本当に5日目は見ていないの?」
「見てないよ。だからこうして生きてるんじゃないか」
「…」
「どうした? …もしかして君も」
「見たんだ。今日で4日目なんだ」
彼は真剣な表情だった。嘘とは思えなかった。
「それは怖かったな。でも明日さえ見なければ…あれ? 明日は確か」
「校外学習。学校の中には入らない」
そう。バスで県内の水族館に行くのだ。それで前日である今日、息子たちは持ってゆくおやつを買いに行き、そのまま我が家で遊んでいるという訳だった…
集合も解散も校庭。
行き先が屋内施設だから、雨でも中止にはならない。
「だったら大丈夫だよ。明日は楽しんでおいで」
そう言ってやると、彼は安心したようで、息子たちを追いかけていった。
しかし可笑しな話である。
私も彼も、5日目は学校行事で助かるなんて。
『棚の目』という奴も、もっと日程を考えて出てくればいいのに…いやそれでは死者が出て人間的には困るのだが…
そう思った所で、私にある考えがよぎった。
『棚の目』は、あえてそんな出方をしているのではないか…と。人の命を取るつもりはない。しかし出現して驚かせたい。と。
とはいえ、5日見てしまったがために死んだ、という話はすでにご紹介したとおり、存在している。どういうことなのだろうか。
それから私は、学校の伝説を調査しはじめた。すぐに出身校では飽き足らなくなり、県内、やがて近隣の県にまで手を広げることとなった。
調べた成果はネットに上げ、まあまあ多い閲覧数を得ている。
そこでまた、ふと思った。…自分の興味ではじめたことだが、実は仕向けられたのかな、と。
読んで頂きありがとうございました。