お前のポーションは何味だ
初投稿です。
よろしくお願いします。
「はぁ、緊張するぅぅ……」
緑髪の少女――フィオレ――はいま、王宮のとある一室にいる。
宮廷薬師の登用試験が行われており、彼女は筆記試験を終えて実技試験の順番を待っているのだ。
フィオレはフレスタリア王国に生まれ、今年で16歳になる。両親は幼いころに病で亡くなり、王都で祖母に育てられた。彼女は祖母と祖母が育てる薬草やハーブが好きだった。大好きな祖母のために、腰痛や関節痛を和らげるポーションを作るのが日課の、普通の少女。
大好きだった祖母はよく「フィオレは宮廷薬師になりなさい」と言っていた。その祖母が急死したのが半年前。悲しみはまだ癒えないが、祖母の言いつけ通り宮廷薬師になるべく、登用試験を受けることにして今日に至る。
「受験番号53番の方、第二調薬室へご案内します」
「は、はい!」
第二調薬室に通されると、中にいた人物が名乗る。壮年の、ちょっと渋めの男性だ。
「薬師長のラドラスだ。実技試験の監督を務める」
「53番のフィオレです。よろしくお願いします」
「よろしく。早速だが、そこの作業台に置かれた材料が何かわかるか?」
ラドラスの指す作業台の上には、二種類の材料が置かれている。
「アカピコの葉と……スベリベラの根だと思います」
「その通り。この二つから作れるポーションは何だ?」
「疲労回復効果のあるお薬です。名前は……わからないです。すみません」
「いや、作るものがわかっていれば十分だ。ちなみに、オベロールという。いまからお前に、そのオベロールを作ってもらいたい」
「わかりました」
このオベロール、作るだけなら実は難しくない。アカピコの葉を処理する際に葉脈を取り除くのが面倒なくらいで、魔力付与のタイミングや量は比較的いい加減で良い。ただ、ポーションの歴史上重要なので試験の題材になっている。
「できました」
20分ほどの作業で完成したそれは、透き通った黄色をしていた。
フィオレから受け取ったラドラスは、手で仰ぐようにして匂いを嗅ぎ、問いかける。
「お前のポーションは何味だ?」
「……は?」
試験で味を聞かれると思わなかったフィオレは、思わず硬直してしまう。
「お前が作ったこのポーション、オベロールは何味だと聞いている」
「あ、はい。今回はリンゴ味にしました」
「……今回?」
今度はラドラスが凍りつく番だ。
「今回はってお前、何言ってんだ? 好きに味を変えられるわけないだろう。オベロールの名前も知らなかったみたいだが、調薬の知識はどこで学んだ?」
「おばあちゃんが配合を教えてくれたもの以外は、独学です」
「じゃあポーションの歴史も知らねえのか?」
「はい……」
それを聞いてラドラスは深くため息をつく。
「……お前がポーションの味をどうこうできるかは一旦置いて、ポーションの悲しい歴史から説明してやる」
***
遡ること二百余年。
当時の水薬――ポーション――は尋常じゃない不味さだった。製作者や素材の違いによって味は変わるが、とてつもなく苦い・渋い・酸っぱいのいずれかであることは変わらなかった。
ケガをしないように、病気にならないように、というのはポーションを飲まなくて済むように、と同義であった。
専門の技能を持つ薬師にしか作れず、市井の者には手が出ないほど高価な物がほとんどであったのにも関わらず、ポーションより不味いものは存在しないと誰もが知っていた、そんな時代。
「陛下から呼び出しって、なんだろうなぁ……つまみ食いでもバレたか?」
そう呟く青年の名はサフィール。ぼさぼさの深緑の髪を適当に撫でつけながら気怠そうに謁見の間へ歩く彼は、こう見えて宮廷薬師だ。18歳で王宮に召し抱えられ、先日19歳を迎えたばかりだった。
彼が謁見の間に着いたとき、他の宮廷薬師は既に揃って跪いていた。
「サフィールは相変わらずじゃな。これで全員かの?」
マリアベル・アロ・フレスブルム。フレスタリア王国を治める若き女王。
サフィールの遅参を気にも留めないのは、彼を登用したのが彼女の独断だからにすぎない。彼以外の13人の宮廷薬師は皆、一様に顔をしかめている。
「妾はそなたらの働きぶりが不満じゃ。だから呼んだ」
宮廷薬師を集めるなり、働きぶりが気に食わないとは物騒である。控えている家臣たちは顔を青くしているし、いきなり批判された薬師たちは何が原因か必死に思考を巡らせている。
サフィールだけはサボり気味である自覚があるのだが、可愛がられている自覚もあるので涼しい顔をしている。
「フリッツ、そなたら薬師の仕事とはなんだ?」
フリッツ――宮廷薬師長を務める老齢の男性――は背筋を伸ばして答える。
「は。我々の仕事は、薬の調合と新薬の研究であります。医師の手が足りない場合には診察も行います」
「うむ。ところでサフィール、お前はギースと仲が良かったな?」
ギース・アロ・フレスブルム。マリアベルの6歳の息子で、第一王子。
生まれつき身体が弱く、よく体調を崩している。症状が重いときはポーションを飲ませているが、不味くて一日中むかむかするため、マリアベルは眠り薬も同時に飲ませている。
「ええ、殿下はお菓子をくれますから大好きですよ」
「妾の可愛いギースに、あのくそ不味いポーションを飲ませることについてはどう思う?」
「そりゃ気の毒だなーって思いますし、心苦しいです。でも陛下、虚弱体質を根本から治すのは無理ですよ」
「そうだの。でももう我慢ならんのじゃ。不味いポーションを飲ませることも、眠り薬で無理やり眠らせることも。あまりにかわいそうじゃないか。フリッツ、なんとかせい」
「へ、陛下。ポーションの味を良くすることなどできません。材料の品質にこだわって、丁寧に作ってあれなのですぞ」
「新薬の研究も仕事なのだろう? 自分で言っておったではないか。そなたら宮廷薬師に命ずる。一年以内に、最低でも”飲める”ポーションを作れ。良いな?」
「「「「はっ!」」」」
マリアベルや側近たちが去り、謁見の間には14人の宮廷薬師だけが取り残される。
「フリッツ爺、大仕事っすね」
「何を言っておるかサフィール。お前もやるんじゃ」
「そりゃ勅命だからやりますよ? でも俺は新米の若造で、ベテランの先輩方の実力には遠く及ばないんだから戦力にならないっすよ」
生来の不真面目さを早速発揮するサフィールだが、ある意味では正論でもあった。というのも、宮廷薬師は彼を除けば若い者でも30代を折り返している。たった一年しかキャリアのない彼が戦力になるとは誰も思っていないのだ。
「じゃが万が一ということもある。とりあえず、改良できる事実があるかどうかを確認しよう。改良できるのなら、殿下のお薬を改良すれば良い。できないのなら、まったくの新薬を作らねばならん」
「ではフリッツ殿、どのポーションで試しますか?」
「サフィールもおるし、簡単なものがいい。オベロールでどうじゃ?」
「ああ、あれなら材料は少ないし作業も単純ですね」
「疲労回復と体力の増進ですから、作りすぎても困りません」
「ではオベロールの味の改良を行うとしよう。各自試行錯誤し、週に一度報告しあって、ひと月で改良の目処が立たなければ新薬開発に移ろう」
こうしてオベロール改良実験が行われることになるのだが……
「爺さんたちがこぞってチェックして、俺にできることなんてないでしょ。こんな単純なレシピ、13人で網羅できなかったらクビだって」
彼はどこまでいってもサフィールだった。
オベロールのレシピが書かれた羊皮紙を放り投げ、言い訳用の試作品を作り始める。
[オベロール調合レシピ]
材料:アカピコの葉 5枚 スベリベラの根 1本
手順1:アカピコの葉から葉脈を取り除き、すり潰す
手順2:スベリベラの根の皮を剥ぎ、人差し指程度の長さの細切りにする
手順3:細切りにしたスベリベラの根を真水で煮る
手順4:すり潰したアカピコの葉に、手順3の煮汁を加えて5分置く
手順5:濾過してアカピコの葉を取り除き、粗熱をとる
※魔力付与のタイミングは手順1~4のどこかであれば任意
この世界では、調合技術は繊細なものである。魔力を含め、材料の配合に狂いは許されない。配合を誤れば、黒く変色して人体に有害なものができてしまうからだ。
その点、オベロールのレシピはいい加減だといえる。
「魔力付与のタイミングと、あとは材料の鮮度くらいか? やっぱ爺さんたちに任せて寝よう」
“ちゃんと参加してますよ”とアピールするためだけの、透き通った茶色のオベロールをしまいこんだ彼は、優雅に昼寝を始めてしまった。
味の改良なのだから味見しなければならないのだが、いつも通りの方法で作った彼には必要なかった。
もちろん、昼寝前にポーションを飲む酔狂などこの世界には存在しない。
改良実験が始まって一週間が経った。
再び14人の宮廷薬師が一堂に会し、一回目の経過報告を行う。
結局サフィールは初日の一本以外にオベロールを作成していない。
「材料の鮮度に温度管理、魔力付与の方法、一週間でほぼ出尽くしたかのう……」
一通り報告を聞いて薬師長のフリッツが呟く。サフィールを除いた13人は真面目に、思いつく限り試行錯誤をしてきたのだから当然と言えば当然だった。
もとよりうまくいくと思っていないサフィールは、時刻を確認すると薬師たちに告げる。
「俺、殿下に夕食のメニュー確認してこいって頼まれてるんで行ってきますねー」
「う、うむ。次回はもうちょっとまともな報告を頼むぞ」
「はいはい」
もちろん嘘である。夕食のメニューを確認したいのはサフィールで、この一週間は改良作業をやるつもりもなかった。
いつになく軽快な足取りで厨房に向かい、元気よく挨拶をする。
「カワサキさーん! メニューなんすかー?」
「またおまえか! 今日はつまみ食いさせんぞ」
「え!? この時間に来た意味ないじゃん!?」
料理長を務めるカワサキは手抜きとつまみ食いを嫌う職人気質の男だが、サフィールは懲りる様子がないので半分諦めている節がある。
「じゃあ見学させてくださいよ。俺、家では料理するんで参考にしたいっす」
「薬師の仕事はいいのか? 勅命って聞いたぞ」
「ポーションの味なんて良くなるわけないっす。それよりもカワサキさんの料理の秘訣の方が興味ありますよ」
「陛下や大臣に聞かれないようにしろよ」
「俺は可愛がられてますからねー。お、かぼちゃのスープっすか」
軽口を叩きながらも、サフィールはカワサキの手際を注意深く観察していた。
料理に関心があったからか、それとも食い意地の賜物か。
彼はカワサキから僅かに魔力が漏れ出たのを見逃さなかった。
「カワサキさん、いま魔力使いました?」
「あ? ああ、使った。というか、これが出来なきゃ宮廷料理人になれんさ」
「へえ、戦闘以外で魔力使うのって鍛冶師と薬師くらいだと思ってました」
「料理で魔力付与ってのはちと特殊でな。人によって適切なタイミングが違うし、食材との相性も人それぞれだ」
「それ、俺にもできます?」
「薬師とは魔力の流し方が違うが、まあできるだろうな」
「夕食のあと、片付け手伝うんで教えてください」
「おまえさんがやる気出すって不気味だな。まあ料理人の魔力の使い方は教えてやる。タイミングとか相性とかは自分で研究しろ」
「十分す」
ポーションの味の改善という勅命を帯びているにも関わらず、サフィールは薬師とは異なる魔力の使い方を覚えることになった。
技術の習得は早かった。珍しくやる気があったことと、料理の習慣があったことが功を奏した結果だった。
夕食を終え、約束通り片づけを手伝ったサフィールは、与えられた調薬室に向かっていた。この時間に彼が仕事をするのは珍しいので、すれ違う人々は皆一様に驚いていた。
「ポーションの味、改良法って絶対これだよなぁ……」
彼のいう『これ』とは、料理人的魔力付与法のことだ。
カワサキに教わって判明したことだが、薬師のそれとはまったく方法が異なっていた。薬師の場合、浸み込ませるように魔力を流す。一方、料理人は纏わりつかせるように魔力を流す。
技術体系も考え方も異なるのだから、調薬に応用した人がいなかったのは当然だといえた。宮廷料理人など、一部の料理人しか魔力付与を行なっていないのも理由に挙げられるだろう。
「材料に対して付与するか、作業手順に対して付与するか、パターン多くてめんどくさいな……うん、一日一回にしよう。一週間で無理だったら爺さんに投げればいいんだし」
せっかくやる気を出したのに、生来の怠け癖がここぞとばかりに顔を出す。
記念すべき最初のパターンに彼が選んだのは、最も簡単であろう手順3での付与だった。
スベリベラの根を煮込む際、煮汁に纏わせるように魔力を流し、その後は通常の手順を踏んで作成する。
「お、ちょっと黄色っぽくなった。匂いも普通のと比べたらましだな」
通常のオベロールは透き通った茶色であるから、何かが変わったという意味では早くも成功したといえる。
「これ、効能も変わってたらどうすんだ? まあいいか。味見味見っと……」
いくら食い意地が張っているとはいえ、不味いことで有名なポーションを一気に煽るほど彼も馬鹿ではない。手の甲に一滴垂らして舐める。
「酸っっっぱ……レモン齧ったみたいじゃん。でもレモンだと思えば全然いけるな」
レモンでは逆立ちしても勝てないはずのポーションの酸味が、レモンと同程度になっている時点で既に奇跡である。
こうしてサフィールの改良実験は幸先いいスタートを切り、毎日一回だけオベロールを作っては味見をしてレポートを書くという、目覚ましい(?)働きぶりを見せるのだった。
そして、二回目の報告会。
薬師長のフリッツは難しい顔をしていた。
「うーむ……やはり新薬開発かのぅ」
「フリッツ爺、俺の報告がまだっすよ」
「ん? お前には期待しとらんよ、サフィール」
「まあいつもなら期待されても困るんすけど、今日はちょっと見てもらいたい物があるんす」
サフィールは他の薬師たちから白い眼で見られるのも気にせず、7本のオベロールを並べていく。
「俺、カワサキさんに料理人流の魔力の使い方を教わったんすよ。で、試してみたのがこれっす。レポートはそっちにあるんで適当に読んどいてください」
「この黄色だったり緑色だったりするのがオベロールだとでもいうのかの?」
「材料と手順はオベロールっすね。効果は知らないっす」
「ほう、サフィールもおもしろいことをするな」
「料理も魔力付与をしてたのか」
「フリッツ殿、効能分析をしましょう」
「うむ。場所を移そう」
ポーションの効能を調べる手段は、試薬を用いる方法と毒見の二種類がある。今回はオベロールと同じ反応が得られれば良いため、試薬を用いて判別することになった。
「……どうやら本当にオベロールのようじゃな」
「お、じゃあ成功っすね。休暇申請してこようっと」
「これ、何を言うとる。まだ味を見ておらんて」
「それなら黄色系統のやつが飲める味っすね。緑はダメっす」
サフィールの助言を受け、各々黄色いオベロールを味見していく。
「ほう……酸味は強いが、レモンのような味がするのぅ」
「ええ、これなら十分飲めますね」
「早速我々も試してみましょう。サフィール、カワサキ殿から教わった魔力の使い方を教えなさい」
「えー……その代わり、今週はもう作業しないっすよ」
その場で料理人的魔力付与法を全員に教え、各自で一週間かけて試していないパターンを含めて検証することになった。
サフィールはサボる気でいたが、フリッツに強く言われ、結局一日一回の作業を続けることになった。
そして一週間後。
「サフィールはお手柄じゃが、ちと困ったことになったのぅ」
「まさか人によって味が異なるとは思いませんでしたね……」
「同じ味の人もいるみたいですが、個性がでるようですね」
ちなみに、サフィールはグレープフルーツ味に落ち着いた。フリッツはブドウ味だ。
「まあいいじゃないっすか」
「うむ。急ぎ結果をまとめ、陛下に報告しよう」
「あ、じゃあ俺は殿下に伝えてきますね。フリッツ爺がまとめ終える頃にはきっと謁見できますよ」
サフィールの予想は外れ、フリッツがペンとインク壺を用意したところで宮廷薬師に召集が掛かった。
「揃ったようじゃの。ギースからの又聞きじゃが、大体の話は聞いておる。サフィール、説明せい」
「え、俺がですか?」
「お前の功績なのだろう? 早うせい」
「はあ……えー、今までポーションが不味かったのは、魔力付与の仕方が原因でした。たまたま料理長のカワサキさんが料理しているところを見まして、そこで初めて料理人も魔力付与を行うことを知りました。で、カワサキさんに料理人流のやり方を教わって、調薬に応用したら美味しくできました。あ、味は作る人の魔力の性質によって決まるみたいです。俺が作るとグレープフルーツ味になります。これ以上細かい内容は、あとでフリッツ爺が報告書をつくるのでそちらで確認してください」
「ふむ、やはりお前を登用したのは正解じゃったな。よくやった。これでギースに不味い薬を飲ませずに済む。他の薬師たちと、料理長のカワサキにも褒美をとらせるとしよう。サフィール、お前には爵位をやる」
「休暇がいいです」
「ダメじゃ。お前は子爵となって、ギースのお目付け役になってもらう」
「あ、殿下と自由に遊べるんですね。ありがたく拝爵します」
「遊び相手ではないんだがの。これを機に少しは作法も学べ」
「殿下と一緒に勉強します」
こうして、サフィール・ポンペルモ子爵の功績によってポーションは不味いものの代名詞を返上することになり、『ポーション革命』として語り継がれることになる。
そして、『製作者の魔力性質によって味が異なる』という性質から、薬師の登用においては『何味が作れるのか』が重要視されることになった。
登用試験において、「お前のポーションは何味だ?」と問われるようになったのも、その頃からであった。
***
「……という歴史があってな、ポーションの味ってのは製作者の魔力の性質で決まるはずなんだ」
「そうだったんですね……」
ラドラスから語られたポーションの歴史に、フィオレは困惑していた。祖母に教わっていた頃から、味を変えられたからだ。
「今回は嫌いな人が少なさそうなリンゴ味にしましたけど、おばあちゃんにはいつもトマト味で作っていました。私はスモモ味が好きなんですけど……」
「それは……作り方を教えてもらえるか?」
「は、はい。でも難しいことはしてないんです。実は……」
ポーション革命から二百余年、一人の少女によって引き起こされた『第二次ポーション革命』は、ポーションを取り巻く世界を一層鮮やかに彩ることになった。
求められる回答は少し変わったが、その後も新米薬師たちはこう問われ続ける。
「お前のポーションは何味だ?」
お読みくださりありがとうございます。