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第2話 その少女、雲上の存在となる。

「……え、ガン…………?」


 その信じたくない言葉を復唱する。お母さんは重い顔持ちで、今にも泣き出しそうであった。


「ごめんね……、こんな不憫な身体に産んでしまってごめんね……」


 その言葉がまるで死の宣告をされているようで嫌だったため、私は力強く言葉を返す


「大丈夫だよ! それにガンだって直ぐに死ぬ訳じゃないし! 治らない病気でもないでしょ! 私、治療頑張るよ……!」


 最後の方で、声が震えてしまった。本当はとても怖い、私が今まで元気を装っていたのも死にたくないという心の裏返しだったんだと、気づく。


「ほんと……ごめんね……ごめんね」


 泣いているお母さんを伏し目に、何でそんな死んだみたいな反応をするのか悲しくなった。

 お母さん……私はまだ生きているよ。



△△△△△△△△


 それから、1年、私はガン治療と、その薬品による副作用と戦っていた。

 自慢の綺麗な髪がどんどん抜けてくる。体が鉛の様に重い、大好きなクロワッサンもドーナツもシュークリームも、味が全くしないため、食べなくなった。筋ジストロフィーのため、病気の進行が早いとのことらしい。


 そんな、私の心の支えは、雲と、雲を教えてくれた木田君のお見舞いであった。

 病室で私は問う。


「木田君、生まれ変わりってあると思う?」

「あるよ、絶対」

「そっかぁ、私、生まれ変わったら雲になりたいなぁ……」

「ふふふ、相変わらず春香ちゃんは雲好きだね。きっとなれるよ……」

「良かったぁ、私、雲に生まれ変わったら、色んな所行って、色んな物を見て、色んな人と話したりして…………。そんなことも叶わない、私の人生は薄かったなぁ」


 既に空元気さえも沸いてこなかった、その空虚な瞳で、窓から外を見上げる。


「今日は、曇りだね……」


 私の心を表しているように、曇天で、ポツリポツリと空から雫が降ってくる。

 それと同時に私の額に涙が伝う。


「うっ……うわぁぁん…………死にたくないよぉ………」

「春香ちゃん……」


 木田君は、泣いている私を優しく抱きしめてくれた。




△△△△△△△△


ッピッピッピッピ


 ベッドの上で、心電図の音が聞こえる。

 酸素マスクが口についてて喋りにくい。私から見えるのは、病室の天井、そして、お母さん、木田君、お医者さんが私を囲んでいる。


 お医者さん……なんでそんなに申し訳なさそうな顔しているの?

 お母さん、なんでそんなに泣いているの?

 木田君、なんでそんなに悔しそうな顔をしているの?


  

 ――身体の感覚が薄い。あぁ、そっか、私もうすぐ死ぬんだな……。




 楽しくない人生だったなぁ、なんで生まれてきたんだろう。

 こんな人生、無かった方がまし……。

 すでに、(いたず)らな人生であったと悟り、死ぬ心の整理をしていた。

 すると――


「――春香ちゃん! こっちを見て!」



 すると、木田君が病室のカーテンを勢いよく開ける。



「あぁ…………」



 そこには、満点の青空――そして、窓の中心に浮かぶ、一つの”雲”。



「春香ちゃんが好きだった雲! …………ほら、こんなにも綺麗な雲だよ!」


 その瞬間に、私がこの世で生まれてきた意味が少し分かった気がした。

 そうか、私は雲を見るために生まれて来たんだ。

 死ぬ間際だっていうのに、心は清々しくなった。

 もう、思い残すことは無いと、私は精一杯の笑顔で答える。


「ありがとう…………」



 ありがとう木田君。生まれ変わったら、雲になりたいなぁ。



――少女は、雲に見つめられながら息を引き取った。




△△△△△△△△




 ――体が軽い、空も飛べそうなほどに。

  体は何か綿のような物に包まれ、横たわっている。

  ほんのりと暖かい光が、私を照らしてくれている。


 ここが死後の世界かぁ……。随分と気持ちの良いところ。天国かな?


 ふと、ヒュウと吹く風が、髪を(なび)かせた。すると、何か重い物が私の上に乗っかる。

 重い……、悪魔だろうか? 天使だろうか? 人の上に乗っかるなんて所業は悪魔だな?

 どうやら地獄に落ちたらしい、私何か悪いことしたのかなぁ。



ケーン! ケーン!



「え? ケーン?」


 ふと、目を開けると私の上にはツルが立っており、その甲高い声で鳴いていた。

 ツルは私が言葉を発すると同時に、驚いて羽ばたく。


「えっ? え? ここは……?」


 周囲を見渡すと、辺り一面真白な世界に立っている。上に顔を向けると、晴天が広がっていた。

 混乱した私は、勢いよく立ち上がった。そう、立ち上がったのだ。


「……足、動く?」


 初めて動かす足の奇妙な感覚を確かめるため、ぷらぷらと足を振ってみる。すると、バランスを崩し勢いよく尻持ちをつく。


「おわわっ!」


 そして、尻持ちをついた時に、咄嗟に手を着く。手を着く?


「あれ? 手も動く?」

 

 もう一度、確かめる、私は立ちあがり、腕を振り回して見せる。


 動く。


 足を前に突き出して、テレビで見た蹴りというものを試してみる。


 動く。


 私はわなわなと震え、その手足を見つめた。


「動くよ……やった……動くんだ、地獄でも天国でもなんでも良いけど、この世界では手足が動くんだ!」


 私は驚喜し、真白の世界を走り出した。


 走るとはこういう感覚なんだ! 風を切るってこんなにも気持ちがいいんだ!

 腕を使うって……自らの腕で痒い所を掻けるってこんなにも気持ちがいいんだ!

 楽しい! なんて楽しいんだ! 嬉しい……!


「あははははは! すっご~い!」




 ふと、走っていると、キィーンという耳を劈くような音が近づいていることに気づき、足を止める。

 なんだろうか、その音は、どこか聞いたことのある音であった。

 その音は段々と大きくなってきて、ついには耐え切れずに耳を塞いだ。


――その瞬間


 巨大な鉄の塊が私の横を、物凄い速さで通過する。

 手で耳を塞いで、その羽がついた鉄の塊を目で追う。

 その正体を私は知っている、遠くからなら何度も見た事があるからだ



「飛行機?」




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