5、偶然は重なるようにできている
俺は筋トレを終え、朝食を食べる。
ウインナー、目玉焼き、サラダにご飯、納豆、牛乳、味噌汁という一般的なもので構成されてはいるものの、和と洋という食べ物界の最強タッグが手を結んだメニューとなっている。
俺はこの朝食を、中央下のモニターを見ながら咀嚼する。
その上のモニターには、自分と同じ風貌の高校生が写っていた。
同じ風貌といっても雰囲気が同じことはもとより、顔の細部までもが瓜二つである。
しかし、彼は俺の一卵性双生児という訳ではない。
画面の中の彼の正体は、自分が自分そっくりに作った“人形”である。俺はそれらを、“リンクくん人形”と呼んでいる。
その人形は俺の考えていることを読み取って命令のままに動いてくれるという、都合のいい人形である。
人形の目にはカメラが搭載されており、俺は自室のモニターで彼が何を見ているか確認することもできる。
まさに文明の利器である。
モニターの中の彼は本を一人で読んでいる。
一定の間隔でページをめくるので、他人からみると内容をちゃんと理解して読んでるのか、それとも惰性でページをめくっているのか分からない。
そして目の前のモニターには彼が今めくっているページが映し出されていた。
タイトルは『古代魔術回路入門』という名の古ぼけた本で、図や絵などが一切乗っていない、まるで辞典のような本であり、同じ年頃の子には興味のないものだろう。
これを読んでいるのはモニターの中の彼と、朝食を食べながら見ている俺だけだ。
また、その上のモニターに映る人形の姿は自身のカメラで収めたものではなく、外に待機させている自作の小型ドローンにより撮影されたものである。
リンクの席も窓際の一番後ろとだけあって、外からの撮影が可能なのだ。
いい席である。
隣席も空いていて、関わる人も少なくて済む。
ドローン本体の方は表面に光学迷彩が搭載されているおかげで透明になっているので、他人に発見される心配はない。
「そろそろか……」
ウインナーを口に放り込むと、卓上のキーボードのとあるボタンを押し、右手に置いてあるスピーカーのつまみを時計回りに回した。
すると、先ほどまで部屋の中の雰囲気を明るくしてくれたお天気お姉さんの声は小さくなってゆき、代わりに若者たちの声が広がっていった。
いろいろな会話が重なっているため、何が何だか聞き分けることは難しい。
しかしその中でも、ひときわ明瞭に聞き分けられる声があった。
「オッス、網島。お前よく懲りずにそれ読み続けているよな」
その声は画面の中の俺(人形)に投げかけられたものである。
そして中央下のモニターは本ではなく、イケメンを映した。
人形の視線が本からそのイケメンへと移動したのだ。
俺はマイクのボタンを押し、その人物に返答をする。
「蒼井、お前もよく懲りずに地味な俺に話しかけるよな」
人形は表情を変えるわけでもなく、寝起きのような冴えない顔で返答した。
俺がマイクに向かって喋ると、人形も同じことを喋る仕組みになっている。
表情は…… 俺の生まれつきの顔だ。
冴えていないのはしょうがない。
「いや、だって朝から鈍器を見つめている人間なんて珍しくて目立つだろ? だからちょっかいをかけたくなるもんだって」
「本を鈍器って言うな」
「はいはい。にしても、お前そんな頭良くないのに、よくそんな本読もうと思うよな。内容頭に入ってるのか?」
「失礼だなと言い返したいところだけど、実際、頭が悪いせいでコレがよく分からないから、お前が読んで解説してくれよ」
「ハハッ。降参降参。スマン言いすぎたわ」
そう言うと、そのイケメンは俺の前の席に座った。
俺はクラスの中でも影を薄くし、構って欲しくないオーラを発している。
本を読むことで、最初はその本何? と興味を示してきた者もいたが、ジャンルのチョイスが功を奏したのか今では誰も俺に見向きもしない。
しかし、イケメンくんというのは厄介なもので、顔で世界の半分? (女の子)を手にいれるばかりか、学業、スポーツ共に優れているのにも関わらず、底辺のように見える俺にさえも毎日ちょっかいをかけている。
つまり、彼は優しいのだ。
そしてそんな彼をむげにはできないのが自分の甘っちょろいところである。
「蒼井君、おっは〜」
イケメンくんの背後から、長い巻き髪を触りながら近づいてきた女子がいた。
目はイケメン君しか捉えておらず、もちろん俺は蚊帳の外だ。
「釜瀬さんおはよう。今日は髪を巻いてみたの? 似合うね」
「マジ!? 蒼井君に言われると超テンション上がる!」
褒められた髪をいじりながら、えへへ、と笑う。
釜瀬瑠美。
このクラスというピラミッドの中盤にいる女子だ。
蒼井のことが気になっているんだろう。
やたらとちょっかいをかけているのを見る。
蒼井と喋っていた釜瀬は、蒼井が俺と喋っていたことに気がついて、不意にこちらに目を向けた。
「蒼井君も物好きよね〜。なんで陰気そうなオタク君とつるんでるのか……」
「そう? 彼も僕もそう変わらないと思うんだけど」
(やめてくれ。公開処刑も甚だしいわ。魔法で中身だけ入れ替えてやろうか?)
彼は本気でそう言っているのか、そうでないのか分かりづらい。
もし本気で言っているようならコイツの目は腐っていると言うことになるし、本気で言っていないのなら言っていないで腹がたつところもあるわけだが……。
「そんなわけないじゃん! 網島もあんまり蒼井君と喋らないでよ。オタクが感染る」
「釜瀬、それくらいにしとけ。流石に網島に言い過ぎだぞ」
「もう、蒼井君は優しいんだから……。網島! 勘違いしないでよ。蒼井君はあんたの友達なんかじゃないんだから!」
釜瀬にガミガミと言われているリンク君人形は、我関せずといった無表情で本を読み続けていた。
自宅の俺はというとスクワットを開始し始める。
「1、2、3、4……」
ここまでの会話はいわばテンプレみたいなもの。
入学してから既に何回も繰り返しているが、これはエンドレス8ではないかと勘違いしてしまいそうなくらい同じ会話を繰り返している。
初日ですでに飽きていたというのに、それが繰り返されるというのは厄介な話だ。
内容はいつも薄くくだらない。
なので特に関わる必要もない。
よってここでスクワットをするのは定跡? である。
「11、12、13……」
ここで、ふと右下のモニターに目が行った。
普段はブザーが鳴った時のような、りったんが危険なものに巻き込まれそうな時にしか見ないようにしているのだが、そこには俺を惹きつける何かが見えた気がするのである。
「22、23、24……」
画面にはよく見慣れた景色が広がっている。
整えられた花壇、大きな校舎……。
そのモニター中央に広がるモザイクは、俺の知っている場所をズンズン進んでいく。
「30…… 、うん?」
スクワットをしていた足が止まる。
見たことのある校舎、というのが引っかかった。
まさか、と思ってモニターに取り付いた。
モザイクは下駄箱に着くと、靴を上履きに履き替えて職員室へ向かった。
「嘘…… だろ?」
職員室に着くと、モザイクはノックして中へ入って行った。
出迎えてくれたのは俺の見たことのある先生だ。
モザイクは先生に挨拶らしきことをすると、何かを喋り始めた。
しかし、何を喋っているのか分からない。
普段はこんなことをしないのだが、今は非常事態だ、と自分に言い聞かせるとキーボードで音声出力の切り替えをして、スピーカーの音量を普段の倍以上にした。
「——らお世話になります。大園莉子です。よろしくお願いします」
「担任の寺田です。——こちらこそよろしくお願いします」
先生は緊張しているのか、いつもの余裕を感じられない。
リンクたちを前にして、付いて来いと入学式に言った熱血教師もアイドルを前に怯んでいた。
「寺田先生!? なんでりったんと喋ってるんだ!?」
寺田先生は自分の担任教師。
まさかな、と疑いつつもスピーカーに耳を傾ける。
「ここで先生も自己紹介をしたいところだけど、そろそろホームルーム始まるから一緒に行くぞ!」
「はい!」
寺田先生は卓上の書類を整理して抱えると、付いてきて、とモザイクに言って職員室を出て行った。
対するモザイクの方はというと、その後ろ姿を見失わないようにしっかりと歩いている。
職員室を出ると、リンクの部屋には学生の賑やかな声が徐々に徐々に大きくなってきた。
その中の二人分の靴音が目立って聞こえる。
その音が、リンクの思考を乱す。
「まさか、りったんが転校して来た……!? 俺のクラスに!?」
足音が扉の前で止まった。