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3、謎の仮面

(——大丈夫、俺がついている)


 その時不意に声が聞こえたような気がして顔をあげた。


 すると突然、虎は何かに気を取られたのか動きを止めた。

 怪物は自らの後方をさっと振り返りながら、左足を下げる。


 ——いや、意図的に左足を下げたわけではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()


「グギャッ!?」


 あの怪物に何かが起こったらしい。それは左の脇道へと吸い込まれるように引っ張られ、少女の前から姿を消した。

 しかし、まだそれが終わりではなかった。


「ゴャァァァァァァァァァッ! ウゴャァァァァァッァァァァッ!!」


 虎が吸い込まれていった方向から咆哮が轟く。

 吠えるたびに炎が発生しているのか、左の道から赤い光が漏れていた。

 熱気も伝わってくる。


 見通しの悪い交差点のせいで、少女からは何が起こっているのか、皆目見当がつかない。

 聞こえるのは虎の咆哮と、ブオンという何かが空を切る音だった。


(——これは誰かの……魔法…………なの?)


 普段自分たちが見慣れている魔法はもっと融通が聞かなく、迫力に乏しいものだ。

 しかし、今近くで起こっている衝突は、魔法という言葉がなければ表現できないほど、激しく、現実離れしたものであった。


 少女は先ほどまで死の恐怖に駆られていたことを一瞬忘れ、何が起こっているのか確かめたい衝動に駆られた。


 歩みはゆっくりであるものの交差点の角に近づく。

 そこは誰かの家の垣根となっており、それが邪魔なせいで向こうが見えない。

 しかし、そこから顔を出せば、何がどうなっているのか見えるかもしれない。


 少女が角の壁に手をかけ、腰を下ろした。

 心臓の動悸がひどい。

 これは先ほど走って来たせいなのか、それともこの状況に興奮しているからなのか、どちらでもないのか。

 自分でもよくわかっていない。


 その時、一際大きな光が通路からあふれた。

 青白いそれは稲妻が走ったかのようだった。


「ギャインッ!?」


 怪物が悲鳴のような声を出したのだろうか。

 気味が悪い高音が響いた。

 しかしそれ以来、虎の声が途切れた。

 あの嫌な視線も薄れた気がする。


「——終わった……の?」


 住宅街には静寂が戻って来た。

 ここまでの出来事はほんの数分のことであったが、それが嘘かのように両肩にはずっしりとした重りが何時間も乗っかっていたように感じた。


 もう少女は自分で、近くで起こっていた()()を確かめる必要はないかもしれない。

 今通路を引き返しまた家を目指す、あるいは誰かに助けを求めればいいのかもしれない。


 しかし、これは怖いもの見たさというのだろうか。


 いや、訪れた安心を確かなものにしたかったからかもしれない。


 少女は恐る恐る壁際から、()()()()()()()()()通路へ顔を出した。


 そこには縛られた先ほどの怪物と、こちらに背を向けている人がいた。

 薄暗さは変わらないためよく見えないが、街灯の下に何かそれらしきものがいると思った。


 もっと目を凝らして見る。

 怪物は先ほどまでの気迫がどこへ行ったのやら、身体中を紐でぐるぐる巻きにされ、すっかり大人しくなっているようである。

 見たことのある、動物の“虎”に戻っていた。それが死んでいないのが分かったが、自分に危険が及ぶ気配はなかった。


 そして萎えた虎の傍、トレンチコートに身を包んだ人が立っていた。

 帽子もかぶり、顔も見えずらいが角ばった手や、しっかりとした肩幅からおそらく男性だろうと推察する。


 右手には紐を持っており、その紐は怪物に伸びている。

 それがあの怪物を抑えているのだろうか。


(あの人が、助けてくれたのかな……?)


 コートの男は近くの電柱に近寄って前かがみになると、持っていた紐を電柱の後ろに回した。

 同じところを行ったりきたり絡ませて、紐を電柱にくくりつけていた。


(……お礼を言わないと)


 あの人が何処かへ行ってしまう前に、助けてくれた感謝を伝えたいと少女は思う。


 しかしその気持ちの反面、先ほどまでの恐怖のせいで喉が震えて声が出ない。

 もどかしさは溢れるばかりであるが、口から漏れるのはかすれた声である。


「……ぁ、……ぁ、ぁの」


 すると、少女の声に反応したかのようにコートの男が振り返った。


(——目があった!?)


 一瞬ではあるが視線がぶつかった気がする。


 コート男の顔の全容が、街灯の明かりにうっすらと照らされた。


 肌はやけに白く、口元は横に引き結ばれているがとても大きい。

 鼻があるはずの場所は曲面となっており、窪んだ目元には赤い光が宿っていた。

 おそらく、彼は骸骨のお面をかぶっているのだろう。

 一体なんのために?


 しかし、少女は不思議とそれが怖いと思わなかった。

 合った視線が、どこかで感じたことのある、暖かいものであったからだ。

 いつも見守ってくれているような優しさを持ち合わせており、自然と安心感が生まれた。


 そう、“いつも“なのだ。

 時々感じることのある、暖かい視線だったのだ。


(——あの人は、一体?)


 何者? と思ったところで二人しかいなかった世界に第三者が割り込んだ。


 日本中のパトカーが集まったのではと思われるほど、けたたましいサイレンの音が夜空にこだまする。

 その音を皮切りに、男は振り返る。

 少女は慌てて、その男を引き止めようとした。


「待って!」


 声らしき声がようやく出せたものの、もう遅い。

 面をかぶった男は人とは思えないほどの大きな跳躍をして近くの家の屋根上に登ると、走って夜の闇に紛れてしまった。




 これは後から駆け付けて来た警察の人に聞いた話だが、先程の虎は近くに来ていたサーカス団の小屋から抜け出した虎で、化粧をしていたから凄みを増していたらしい。


 両目の離れたおまわりさんは、無事でよかったです! と言いながら汗を拭いていた。

 捕獲された虎は警察がサーカス団の人に届けるそうだ。


 しかしあの夜の出来事は本当に起こったことなのだろうか。そしてあの骸骨の仮面は何者なんだろうか。


 その夜、莉子は眠れなかった。


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