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1、網島輪久のおしごと

読みに来てくれてありがとうございます!

もし良かったら、お付き合いくださいませ

 ——この世に善はあるのだろうか?


 この命題に俺は偽と答えていた。

 俺は未来を予測できる魔法が使える。

 だから自分に近づいて来たいろいろな人間の末路を予測した。

 

「君は世界平和に貢献できる」


と何か使命感を持って近づいて来た男は、最終的に自らの利益に走った。


「私たちと一緒に新しい研究をしましょう」


と新発見に心を躍らせていた女は、皆の研究成果を独り占めした。


 今まで他にもいろいろな出会いがあった。

 しかしどのような人にあっても、過去に騙された分だけ、今では何か裏があるんじゃないか? とすぐ疑ってしまう性格になってしまった。

 言葉ではなんとでも言える。

 それに行動が伴うかどうかは、実際にことが起こった時にしか確かめられない。


 奢っているかもしれないが、自分の価値は自分でよくわかる。

 そして自分はとても有能な人材で、世界から求められていることも知っている。

 だからこそ、俺は引きこもり始めた。

 能ある鷹が爪を隠すが如く、才ある俺は社会から身を隠し始めたのだ。

 二度と利用されないために。


 しかし、心のどこかでは願っていた。

 ちゃんとした“善”を持つ人間がいることを。

 そしてその者達のために自らの力を使いたいと。


 そして俺はようやく見つけたんだ。

 ……“推し”という尊く、そして大切な拠り所を。






 俺は薄暗い部屋でモニターに囲まれている。

 六枚もの液晶は自分を囲むように配置されていた。

 もしかすると、初めて見る人は圧迫感を感じるかもしれない。

 しかし、俺にとってこれは自分を守る城塞である。

 居心地の良さは追求したつもりだ。

 それぞれの画面はそれぞれ別の場所を映し出し、そして俺はそれらを悠々と眺める。


「浮気の調査完了。これで今日の分も終わりか〜」


 キーボードをカタカタと鳴らし、Enterキーをトン、と気持ち良く押すと全身の力が抜けた。

 自然と椅子に体重を預けてしまう。

 直後、背後のプリンタに電源が入り、紙を印刷し始めた。


 俺は自分を包んでくれるかのような椅子にもたれながら、目をつむる。


(——今日は重力が強く感じる)


 そんなことはありもしないのだが、こう感じてしまうのは仕事に忙しくしていたからだろうと思う。

 そして疲れているときほど、ありもしないことを考えてしまうのかもしれない。


 そろそろ少し休憩しようかな? と考え始めた頃、部屋の扉がノックされた。


「坊ちゃん、私にございます」


 扉を開けたのはこの家の唯一の同居人だ。

 声の主は失礼します、と断りを入れると部屋の中に入って来た。


 その風体は白髪を爽やかにセットした初老であった。

 スーツを着ると、その長身のせいか背筋が伸びて見え、英国紳士の気品も感じられた。


「ちょうど良かったジジィ、終わったぞ。今印刷し終えたのが調査結果の報告書」


 疲れのせいか、少し投げやりに声をかけてしまったが、相手は何も気にしていない様子だ。

 初老は紙を吐き出し終えた機械に目をやると、表情を緩めた。


「お仕事が早いようで何よりです。この探偵事務所も、坊ちゃんのおかげで繁盛しております」


「いや、ジジィの愛想の良さがいいのか、それともやましいことを抱える人間が多いからだと思うな」


「ハッハッハ、坊ちゃんはご冗談もお上手なようで」


 初老は快活に笑い飛ばした。

 彼の名はジェイガン・ジャックソン。

 この探偵事務所の管理と運営をしている初老だ。

 俺は立場的に居候みたいなもので彼には頭が上がらないものの、親しみを込めて“ジジィ”と呼んでいる。

 (その愛称の由来は、最初呼んでいたイニシャルのJJから、ジェイジェイ、ジジィと時間が経つにつれ変化してしまったことにある)


 彼がこの事務所を管理運営する代わりに、自分はこの事務所に来た依頼をこなすのが仕事だ。

 だから、彼に頼まれた仕事は俺の仕事でもあるし、今彼がきたのはその進捗を確かめに来たのだろう。


 ジジィはプリンタから紙を取り上げると、その内容を静かに読む。そして確かに、と言うと


「そういえば、るったん様は今日、何事もなかったですかな?」


と言いながら右下のモニターに目を落とした。


「違う、()()()()だよ。…… 今の所は大丈夫」


「失礼しました。りったん様にございました」


 右下のモニターには住宅街の夜道が映されている。

 しかし、一点、モザイクがかかっていた。

 そのモザイクは人の形をしており、しっかりとした足取りで何処かへと向かっていた。


「しかし、モザイクなどかけなくてもよろしいでしょうに」


 ジジィは何か言いたげにこちらを見ている。


「いいんだ。推しは顔が見えなくても愛せる」


「あくまでプラベートには立ち入らないということですかな?」


 ジジィは自分の顎をつまんだ。

 難しいことでも考えているのだろうか。深く刻まれてはないものの、眉間にシワがよっている。


「時に……」


 ジジィは続けた。


「アイドル業界の“推し”という言葉には深みがあるようで、難しい言葉ですな」


「そんなこと言ってるけど、ジジィにも“推し”は見つかるはずだって」


「……そのようなものでしょうか」


 ジジィはそう言ってまた視線をモニターに戻した。


 りったんは俺の推しメンにして存在理由、今急成長の5人組アイドルグループ“スターダスト”の大園( おおぞの)莉子( りこ)ちゃんである。

 ハーフアップの黒髪ツインテールで身長は百六十センチほど。

 可愛らしいルックスは小学生からおじいちゃんおばあちゃんまで世代広く受け入れられており、今をときめくアイドルである。

 彼女のいいところはたくさんあり、それを語りたいのはオタクの性だ。

 しかし、一つに絞るとするならば、相手の気持ちを親身に汲み取ってくれるところであろうし、落ち込んだ人を笑顔にする才能や、努力家な姿勢も業界随一と言っていいだろう。

 ……一つに絞れていないのは多めに見て欲しい。すまなかった。


 そんな彼女に、俺はある日、誠に勝手ながら精神的にそして肉体的にも救われた。


 この右下のモニターはそんな彼女を映すためにある。人を監視し続けるというのはほぼほぼ犯罪かもしれないが、彼女を悪意から守るため、致し方なくやっている。


 その仕方なさというのが、彼女を覆うようにかかっているモザイクに表れている。

 あくまでプライベートには関わらないように、彼女の周囲だけを見張っているのだ。

 なので個人情報に関わることとかはあまり考えないようにしている。


 失礼しました、と言いながらジジィは一息つき、姿勢を正すと扉の方へ足をむけた。

 左手には先ほどのプリントを抱え、空いた手でドアノブを回す。

 俺は椅子に座りながら伸びをすると、またなと、去りゆく背中に手をふった。

 去り際、初老は振り向くと


「才能がある人間は大変ですな」


と言った。

 俺も


「まったく、引きこもりってのは案外理にかなってるのかもな」


と笑った。


 その時、ブザーが鳴った。

 このブザーはりったんに危険が及ぶ可能性がある時に俺に知らせてくれるものだ。


「さて、俺も仕事に戻らなくちゃな!」


 着ていたパーカーの袖をまくりながら、右下のモニタに目を凝らした。

 何か虎のような影が、莉子の後ろに付いて来ている。


 なぜ俺が彼女を監視しているのか。

 それは彼女が、非常にレアな魔法が使えるからだ。

 周囲の人や、彼女自身もそのことに気付いてはいないがそれは生死のことわりを崩すような危険な魔法である。

 しかし勘のいい人間や、悪意のある人間は彼女に自然と寄ってくる。そして彼女を求め、彼女に害を与える。

  俺は彼女をそいつらから守るために、その対策をとる。


 俺、網島( アミシマ)輪久(リンク )のお仕事は引きこもりである。

 そして探偵であり、高校生でもある。

 ()()()はりったんを守ることだ!

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