安全は正義
「それだとー」愛紗は思う。
ひとり旅だったら、土曜の夕方出て
大分のおばさんのところに寄ってから。
それも楽しいな。
山あいの静かなところで、のんびりしてから。
そうそう、おばさんの町で仕事できないかな。
なんて、愛紗は思って
大岡山駅へ電話して、予約を1日早くして貰った。
楽しい気分で、日帰り温泉。
でも、休暇センターは国鉄のなので
豪華。
ロビーも高級ホテルみたい。
顔なじみなので「こんにちはー」って
愛紗はにこにこしながら入って行って。
お風呂に。
ゆっくりしてから、休憩室、大広間で
ここはのんびりできる。
お茶は飲み放題、時間制限なし。
寛げるし、エステもあるし
レストランから出前も取れる。
至れり尽くせり。
だーれもいない平日の温泉に来れるのは
バスの仕事の魅力でもある。
4勤務1休みだと、そうなる。
「あ」愛紗は。懐かしい顔に気づいた。
深町が、ひとりでのんびり、お風呂あがり。
「こんな格好で」と、愛紗は恥ずかしい。
学生時代に使ってたジャージ。サンダル。
ノーメイク。
湯上がり。
思わず、ジャージの胸を抑えて。
「やあ」深町は気づく。
いつかより、少し痩せたみたい。
愛紗は、恥ずかしいので俯いて真っ赤。
「あの、こんな格好で....。」
深町はにこにこして「とっても可愛いよ。
中学生かと思っちゃった」
愛紗は「そうですか.....。」
言葉に出ない。
いつか、市立病院ゆきのバスに
乗った時の事を思いだして。
「全然かわんない。もう3年だね、あれから。
まだ居るの?バス会社」
愛紗は「はい。」と、なんとか
返事はできるようになった。
「そう、頑張ってるんだね」と、深町は
にこにこ。
立ってる愛紗に、番茶を注いだ茶碗、水玉模様の。
それを差し出して。
座れば?
愛紗は「はい。」 少し落ち着いた。
でもまだ、ドキドキ。
「今、運転手の研修で」と、愛紗が言うと
深町は「そう。でも、危ないよー。僕もね。自信ないもの。ほとんど運だから。」
愛紗「それで、お辞めになったんですか?」
深町は「いや、辞めたと言うか、休みを取ってかつての後輩を助けに行く、って言った。
有馬さんにね。そしたら社長、当時のね。
今は会長かな。あの人が認めてくれたんだ。
普通なら辞めさせないんだって。まあ、
古い会社ってそうだよね。
それで、長期休職。
書類上は退職になってるけど
時々電話あるし、どこかで会うと戻れって言われる」
愛紗は、不思議そうに「戻れ」
深町は笑って「うん、いまでも先輩、後輩。そうだね、きっと。でも、社会ってそうなんだよ。
みんなが社会にいて、働くから食べられるんだよ。どこの会社にいても一緒さ、それは。
自分の為にしてても。結局は社会がある。」
愛紗はさっきの疑問を「それで、正しい事をしたんですか?」
岩市の刑事告発である。
深町は「何のことか解らないけど。ただ、犯罪を見逃すのは国民の義務違反なんだよ。
悪い事をしていたら、通報しないと。
そうすれば世の中は良くなる。
相手が誰でもいいんだね。裁くのは法律だから。」と。
愛紗は「私には出来そうもありません。バスの運転手も、自信が無くなって来て。
田舎に帰ろうかと思っていたんです。」
深町は「そう?うーん。ガイドさんでもいいんじゃないかなぁ。大岡山ではなくて、故郷でも。ここは、ちょっと変な人が多いもの」
愛紗は「深町さんは大岡山の人じゃないんですね、確か」と、みわに聞いた話をした。
学習院卒業のエリートで、ミュージシャンだったけど
なぜか、今はこうしていると。
深町は「それは噂だね。学習院なんかじゃないよ。エリートでもないし。まあ、医学部と仕事したりするけどね。僕
フリーター、みたいなものかな。」
愛紗「フリーター、ですか。」
変なフリーター、って
楽しくなった。
笑顔が戻った愛紗に、深町は「うん、まあね。
今流行ってるから、科学解析ね。人工知能。
作った事あるひと少ないから。それで。
本当は大岡山に戻らないといけないんだけど。
後輩の指導は終わってるから」
愛紗は「そういうものですか」と
何となく意外。
約束なんて、どうでもいいのが
最近の風潮。
深町は「まあ、でも辛いしね、バス。
母が嫌がるし、危ないからって。」と、
深町はにこにこ。




