始末書
「おっと、いかんいかん、アルコールチェック」と、野田。
そうだった。と木滑は
ストローを短く切ったものを
くわえて
アルコールチェック機械へ。
OK。
「日生は?」と、細川。
更衣室じゃないの、と
2階へ。
女子更衣室へ、ノック。
ぼんやり、つなぎを脱いで
下着だけ、上は地味なTシャツ。
「日生くーん、アルコールチェック」と。
愛紗は、びっくり。
「あ、はーい。」
ドアの外にでも、人の声がすると
恥ずかしい。
慌てて、つなぎをもう一度、穿こうとして
脚がもつれて。
どて。
と、転ぶ。
「いったーい。」下は、まあ絨毯引きとは
言うものの。
結構痛い。
つなぎのチャックを上げようとして
お腹のお肉を挟み込む。
「あいたたた。」まあ、Tシャツごしとは言え。
もう一度戻して。
「もう。」
あんまり、緊張感がない娘。(笑)。
階段を降りていくまでに、落ち着いて。
「すみません。」
野田は「ま、いいさ。前だったら始末書だったが」
と、にこにこ。
愛紗は「前の所長さんですか?」
野田は「そう。毛筆でってね。何度も書き直しさせて。結局ただのイジメなんだよ。まあ。自分が事故起こしても書かないのにね。ははは。」と、明るい。
「まあ、それで済んでたのは
良かったのかもね。」と、木滑。
「たまも書かされてたっけ。それで
本社の管理部長が来ててね、温厚な。
その人に直接渡して。まあ、いいでしょうなんて。」
「それで、かえって岩市怒ってたな。
たまもよくやるよね。ほんと。」
と、細川。
有馬も「媚びへつらう、なんて
したことないんだろ」
野田は「社長になれば、って言ってやったけどね。ああいう世界って、ああなんだろうね。
技術者とか」
有馬は「些細な事で始末書を何度も書き直しさせるのがな。尼崎脱線事故で有名になってから
うちでも禁止になったけど」
愛紗は「アルコールくらいで?」
野田は「いやいや、俺達も怒鳴られるんだ。
たまったもんじゃない」
「異常だよ、あれは」と、細川。
まあ、いなくなって良かったけど、と
4人、笑って。
愛紗は、なーんとなく
快い気持ちになれなくて。
「あのー、これで大丈夫ですか?」と
指令に。
「あ、いいよ。お疲れ様。」と細川。
指令は24時間勤務だけど、
お昼くらいで交代。
とは言え、引き継いだり
研修があったり。
事故があったりすると、サービス残業。
その意味では、ドライバーより過酷。
人が足りなくなれば、路線に出なくてはならない。
管理職は辛いのだ。
それで、木滑は
指令補佐になりながら
ドライバーへの復職を希望。
出来ず、一度は西営業所に
転勤してたと言う訳。
それも、岩市が
労働組合への嫌がらせでしていたのである。
勿論、労基法違反である。
そんな人だから、憎まれても仕方ないけど
なーんとなく、悪口って苦手な
愛紗だった。
聞いてて、なんか。
距離を置きたくなった。
今度は、カッコイイ男子と同じ制服、制帽に
着替えて
バッグを持って、階段を下ると
有馬は、手招き。
運転課長席に。
「ご用ですか?」
有馬は「んー、あのね。君、故郷へ転勤するつもりある?」
愛紗は、突然の事に、驚く。
「え、あ、そんなに?急に。」
有馬は「んー、慣れた土地の方が
のんびりしていいかな、ってね。
ガイドなら、すぐ戻れるよ。」
愛紗は「はい。ありがとうございます。
ドライバーの仕事ではダメなのですか?
大岡山では」と、気になっていたので。
野田は、背後から「いや、まだ1日だから
誰でもそんなものだけどね。この辺り事故が
多いし。万一があると、俺達も大変なんだ。
慎重にね、って。」
愛紗は、父や祖父には
ドライバーを志望したのを話していない。
反対されたから、出てきたのもある。
それに、自分がドライバーを
どうして目指したのか、今は
解らなくなってきた。
ただ、この制服が着たかっただけ(笑)
みたいな
気持ちだったのかもしれないし。
そこは、女の子である。
有馬は「まあ、どっちにしても本社研修が終わってから。それはどこの営業所でも同じだから
君がドライバーに向いてないってことじゃない。ただ、若い女の子が無理してやる程の
仕事でもないんだ。実際。」
そういえば、どのドライバーも
30才過ぎてからの転職組。
男子でも、20代では稀だし
大抵事故を起こして挫折するか、
辞めていく。
愛紗は「深町さんは、向いてなかったんですか?」
野田は「たまは、まあ、向いてないけどね。
鉄人だよあれは。欠勤一度もなし。遅刻もなし。道間違えもなし。ダイヤ
間違えもなし。停留所飛ばしもなし。
記録だよ、あれは。」
細川は「責任事故もなし。だね。記録上は。」
有馬は「所長を逆パワハラ」
わはは、と、野田も笑う。
それを、愛紗は知っているが
テレビ映画のスタートレックの
宇宙人の演技をしていたからだ、と
知っているのだろうか、この人たちは。
なんて思ったけど、言わなかった。
「あれは、人間じゃないな。なんか」と、細川が言う。
それは、愛紗も似た印象があったが。
演技だとしても、そんなに成り切れるものかな、なんて。




