怖さの理由
「たまちゃんも怖いって言ってたっけな」 と
木滑は。
「深町さんでも?」
「ああ。ま、最初に来た時ね、一美、かずよしさんね。って西南バスから来た人が教えたんだけど。その時。怖いって言ってね。一月いなかったかな。お母さんが心配性だから、って。
元々、エンジニアだし」
「そうなんですね。」
「やっぱり、日生さんみたいに事故が怖いって
言ってたね。でもね、そういう人が必要なんだって社長が言ってた。怖いって思わない奴が大事故起こすんだ、って」
「,,,,そうなのかな」
「でもね、たまちゃんも無理しなくてもいいから出来る時でいいんだね。運転手するのは。
日生さんもそうだよ」
「,,,,,はい。」
「さ、帰ろうか。たまちゃんだってその間5年あったし。そのくらいかかるんだよ。」と、木滑は
バスの輪止めを外して。
ドアを開けて。
「乗って?」と。
愛紗は、はい、と乗ったが
まだ、さっきの怖いシーンを思い出して
運転をする気持ちになれない。
いすゞのエンジンが掛かる。
割と静かなアイドリング。
ドアを閉じ、木滑は走る。
楽しそうに。
「それからのたまちゃんは、面白かったねえ。
クレームは無視、正しい事をする。相手が
社長だろうと正論を言う。」
「そうなんですね。」
「いつだったかなー。俺が指令だった時かな。
クレーマーが電話掛けて来て。バス停を離れて止めた、って。バス停にクルマが停まってたからなんだけど」
「ひどいですね」
「うん、そういう人いるんだよ。携帯電話が
掛け放題だと。それでね。岩市が早速
イジメに掛かるんだけど、たまちゃんは法律に詳しい。相手にならない」
「...」愛紗は、声を出せずに笑う。
「そこのバス停は、交差点の手前にあったから、クルマが違法駐車してると、バスを止める場所がないから、交差点を過ぎて止めた。当たり前。道路交通法では停車もできない。」
「はい。」
「ですから、お客様のクレームは不条理です
と、たまちゃんは言った。岩市は錯乱してね」
「はい。」
「この野郎、俺は所長だぞ、と、つかみ掛かろうとしたので、指令ふたりに取り押さえられた。」
「はい。」愛紗にはなんとなく、情景が解る。
「でも、たまちゃんは眉ひとつ動かすでなくね、今のは暴行未遂ですよ、刑事告発してあげましょうか?、と言って、静かに黙礼して、帰った」
「すごいですね」
「うん、外で見てた連中は、拍手してたな。
それで、岩市が捨てぜりふを言ってね。
お前なんなこの世界に居られなくしてやる、って」
「それで、どうなさったんですか?」
「今のは脅迫罪ですね。前科を増やしたいんですか?」と、背中で言って、バスに戻って。
それで、岩市が事件をいくつも仕掛けた、って言われてるんだけど。結局、そのせいで
運転手の自殺とか、脱法、違法営業が
発覚して、会社を首になったのは岩市の方。」
「何か、深町さんを変えたんでしょうか。」と、愛紗。
木滑は、少し考えて「解らないけど、年輪、なのかもしれないし、自信、かもしれないね。
勉強家だから、何か見つけたのかもしれないな。」と、言いながらバスを走らせて
営業所に戻り
「そうそう。うち、全国チェーンだから。
園美ちゃんみたいに島根から転勤する人もいる。
こんな町でなくて、ふるさとで仕事してもいいんじゃない?のんびりしてそうだし。悪い人いないよ、きっと」
と、木滑は面白い事を言った。
さすがは組合委員長である。




