昔ながらの
愛紗は知らない時代では、会社って
そういう物で
独身の社員が居たら、仲間うちで
よく知っているいい人をあてて
幸せにしてあげよう、そんな気風があった。
何故かというと、終身雇用だから
殆ど死ぬまで一緒だから、ほぼ家族のような
ものだし
東山みたいなバス会社は勤務時間が長いから
家に居るよりも時間が長い。
それだけに、誰でも家族だ。
そういう傾向を嫌い者も居るけれど
それは家族と同じである。
世間が、いわゆる非正規労働、なんて
人間をお金と間違えている昔は違法だった事を
政治家が財界の圧力で法律を曲げて
(人の給料を掠め取ってはいけない規定=>
法律で定めた場合はOK)
なんて、変な、正反対な法律を作っても
東山はそうではなく、書類上は契約社員としても
向いている人はいつまでも、社員のように
暖かく迎えられ
勝手に辞めても、帰って来れるが
向いていない、自己中な人間は
直ぐに居られなくなる。
そういう会社だった。
どのくらい、バスを安全に動かせるか。
難しくなく、危ない時は進めなければいいだけだ。
愛紗は思い出す。
その頃、バスガイドたちの中にも
菜由の他にも、何人か深町に仮装恋愛する
女の子が居た。
別に深い気持ちではなく、ただ甘えたいだけである。
親元を離れて暮らしているし、観光バスドライバは
ちょっとやくざっぽいところもあるので
不安だったのもあるだろう。
ガイドと仲良くなったつもりで
「けつ出しな、入れてやる」なんて
下品な冗談を言って、大岡山でも
社長が叱ったりしていた。
そんな理由で、女の子たちは
気が休まる、お父さん的な存在の側に居たがる。
愛紗も、
そのひとりだったのかもしれなかった。
同期のガイドたちは、たまたま深町が
貸し切り業務に当たり、日曜など
遠くの町へ行く時とか
朝が遅く、観光バスガイドの出発点呼と合う事があったりすると
「お腹空いちゃったー」とか、甘えたり
深町は、Gentryなので
「おにぎりならあるよ」とにこにこ。
それも、深町自身のお昼である。
女の子たちは、アルコール検査をしている
深町に寄り添い
「暖かいのーがいーいな」なんて
すりよるのだけど。
それで、観光のドライバたちは
おもしろくないらしい。
営業のネズミ男くんも類似だし
当時の所長、岩市もそうだったらしい。
感覚がわかる指令の野田や、有馬は
なんとなくにこにこしていた。
お父さんタイプの彼らは、似た経験があるのだろう。
ただ、既婚者なので、深町が未婚であるだけに
誰かと間違いを起こす前に、きちんとした
嫁を当てようと
指令っぽく考える。
(笑)職業病である。
それで、この時は
当時、営業部長の娘、ガイドの一人
でも、割と奔放なひとりを
所長の岩市が、指名した。
というのも変なのだが、どうやら
その娘も、そこそこその気だったらしい。
「深町の嫁にしよう」と、朝、バスが出払った後の
指令所に来てそういうと
所長がいなくなったあと、野田が
「そんなの、たまにも選ぶ権利があるさ」
有馬も、黙っては居たが同意。
他数人居る、指令補佐もそういって
バスドライバの中に何人か、深町に
好意がある者を知る野田などは
そう思った。
園美も、そんな感じだったが
園美に好意のある、中堅どころの
ドライバ、増田が居て
三角関係になってはいけないと
野田も配慮した。
当時の日本企業は、そんなの当たり前で
セクハラとか、そういうのが
なかったのはこういう社会だったからなのだ。
東山は、その気風が残っている
一番積極的だったのは、深町と
ほぼ同年齢のドライバ、既婚者だったが
出戻り離婚の、
すっきりした短髪で、ウェットヘアの美人。
前田美波里のような風貌の、恵美だった。
スタイルもよく、どうしてこんな仕事をしているか
解らないようなタイプ。
どこからか流れて来て、そのまま居着いたような
そういうタイプで、束縛が嫌いなのだろう。
主に中距離の特急バスを担当している。
中距離特急というのは、高速と
幹線道路などを使う、鉄道で云うと
在来線特急に似たタイプ。
バスは大型観光12mで、従って
ある程度の技量を
要求される。
だが、路線よりは楽で
セクハラの被害もまずない。
というのは、運転席だけが低く
客席と離れていて、仕切りがあるし
夜行はない。
そういう理由で、普通、女子ドライバの
多くはここが最後の到達点で
東山の本社にある高原リゾート
、そこの遊園地に着くと
東山急行の電鉄路線が見え、開放感のある
風景に
愛紗も、その電鉄の一員だという
感慨を持って、景色を眺めた事があった。
その時、電鉄の制服を見て
憧れを抱いたのかもしれない。
恵美の興味がどこにあるのか不明だが
最初の結婚が若く、よく解らずに
してしまい後悔する女の子のひとり、と
云う感じで
離婚相手から、白いアルファードをせしめ(笑)
それを通勤に使っていた。
結構、改造されてはいたが
運転席の横にカーテンを付けていたあたりから
余り趣味の良い人物ではなさそう。
その恵美は、朴訥に見える深町の
縁談を聴いて、浮足立つのか
休憩中の深町に話し掛けたり、
歩いている彼に寄っていったりと
親しげな恋人に見える事もあったりした。
そんな様子を、野田は見ていたのだろう。
古参の指令、細川はいつもおどけていて「たーまちゃーん、早く嫁もらいな。恵美はどう?」
と、言われてたまは、余り好きではない、とも言えず(笑)
「は、はあ」と、ぼんやり。
もっとも、深町にとっても
バスドライバで終わるつもりもなかったので
また、研究所に戻れれば、なんて
思ったりもしていたから
そういう不安定な環境に、妻を
置くのはよくないし
できれば、安定した仕事の人を
結婚した方がいいと思った。
それで、細川に「僕は契約だし、いつまで居られるか解らない」と云うと
細川指令は「大丈夫だよーぉ。たまちゃんはずっとここ。社員になって、指令だよ。俺の後継ぎ」と、細川が思っている。
労働組合の方は、委員長の後継ぎとか
社長は、社長の後継ぎとか
それぞれに、従順っぽく見える深町を
誤解いていたところもあったが
森や、伊郷や、古参のドライバは
見抜いていた。
たまは、中々の奴だ。
と。




