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裏社会

森は、歩いてバス停まで来て


「うん。ギアが入らないのは良く判ったと思う。バックはノンシンクロナイズだから

ミッションが完全に止まらないと入らない。1速も同じだ。バスのミッションは重いから

数秒待つ。」



愛紗は、成る程、と思う。



それは、教習所では習わない。




「今のバスは大丈夫だがな。古いバスはみんなそうだ」



と、森は、運転席の脇の窓から。


「エンジンを止めて、少し休憩しよう。」




愛紗は、はい、と言って

エンジンを止め、前扉を開いた。


森が乗って来る前にバッテリスイッチを切ったので


森は、危うくドアに挟まれる所だった。



「ああ、知らんと思うがバッテリを切ると

ドアが閉まる。から、シリンダの空気を抜く」と、森は非常コックで空気を抜いた。


「これも、今のはスイッチがついている」



と、森はバスに乗って


「トイレに行っておいた方がいい。乗務前は

たとえ催してなくても行っておくこと。後で困る事がある。特に大は困る。どうしようもない」大先輩ドライバでもね、駅に止めて

トイレに駆け込んだ、と


森は、ちょっといい男で、短髪、丸顔の

中尾彬みたいな定年前の文学好き、伊郷の事を言った。


「あの人も、お腹壊してそんな事もあった。」と、緊張でそういうこともある、と例に挙げたので


愛紗は、素直に従う事にした。



女の子だから、と

恥ずかしがってると、後で迷惑になる。



そんな気持ちで。


運転席のギアは2。



運転席を出るのが難しかった。


ハンドルが大きくて、腰の位置が低い

変なポジションのせいだ。


ハンドルを避けて。


森は「ああ、ハンドル立てる人も居る」と。


ハンドルが動くのは知らなかったのだった。




降りて、スコッチを掛ける。




森は「そうそう。偉いぞ」と、にこにこ。




平日の昼は、運動公園線は


バスがないので

安心。



トイレは、バス停のすぐ前だが



床があまり綺麗でないので

つなぎの整備服を脱がずに済ますのも難しいし

かといって脱ぐのも面倒、と言う


女の子にとって困る事態に直面(笑)。




慣れていれば、足まで下ろして

服の部分を前に回してしまえばいいのだが


それを思いつくのに時間がかかるし

狭い個室では難しい。



スカートと言う衣服はよく考えられているものだと実感する事になった。




戻って来ると、森は「さっきの軽自動車みたいなのな、ああいうのに腹を立てんようにな」と。


愛紗は「はい?」意味がわからない。




「寝不足で苛々するんだ、大抵。

そうすると、ああいうのを懲らしめたくなるんだが、あいつらにとっても道路だ。交通違反だが、それは警察の決める事でな」と、森は

面白い事を言う。


「普通、悪い人って思います」と、愛紗。




森は笑って「でも、それを質しても反感持つだけだ。そうなると厄介だな。クレーマーになったりする、それで岩市の出番だが」




「前の所長さん」と、愛紗。


森は「そうそう。綺麗事じゃ済まない時もある。

そういう時、あいつの知り合いの裏の人間に

頼む事もあった。いや、会社が頼むんじゃないが。」





「それで、あんなに」と、愛紗は思い出す。



なんとなく、異様な風体で

特に営業が優れてもいないのに所長。



人格は最低で、気に食わないと

イジメを部下に命じたり。




噂では、本社にいた頃

バスガイドと恋愛関係になったり。

婚姻しないのは

その、裏社会を恐れての事だと言う話。



妻、子供が居ると裏の人間の人質にされるから、と言う

そういう理由。




大岡山に来たのは、本社でも目に余るから。



それで、営業のネズミ男が真似して

愛紗にセクハラをするのだが


愛紗は、気骨ある石川に助けられた。



それだけに、裏社会を恐れない


石川を頼もしく思うのだし

菜由が恋してしまうのも理解出来る。



「そういうクレーマーがな、例えば女子ドライバに性犯罪をする、なんて事もあるんだ」と森。



愛紗は絶句。



「そんなことあるんですか」




それで、女の子ダイヤが必要なのか。


夜の回送ルートで、山の方を通る路線は

女の子には当てない。



乗務は22時までと言っても実際は21時終了くらい。


駅発20時位なのは、そのためか。




指令っていろいろ考えるんだなと思う。




「女って不便だ」と、愛紗は思う。



「それで、女の子車両はカメラ標準装備なんだが、それでも起きてからじゃ遅い」と、森。




「園美も、男が追いかけて来て騒動になったっけ。あれは恋愛だから微笑ましかったが」と、森。


園美と言うのは、先輩の女子ドライバで島根からの転勤組。

深町の後、7953の担当だった。


美人と言うか、愛らしいお母さんタイプなので

割と人気があった。

それで


故郷から男が追い掛けてきて、結婚を迫ったと言う、面白いお話だった。



「大岡山でもあったんですか?」愛紗。


森は「幸い、今の所ないな。まあ、女の子って言う程若い運転手はいなかった。それだけに君は心配だ」と、森。






恐らく、当分は中番専門だろう、とも言った。



中番と言うのは、朝ラッシュあたりから夕方ラッシュまで。それと昼の送迎。


コミュニティーバス。


どこの社でもそうだ。



「そうですか」と、愛紗はなんとなく溜息。



自分のせいじゃないけど。



「そう、たまちゃんもそうだった」と、森。




「深町さん?」と、愛紗は

意外な名前に驚く。



森は「たまちゃんは見かけがいいし、いろんな人に可愛がれる。ちょっと女の子っぽい外見もあるが、なよなよしてない。まあ、昔風のアイドルって言うか」



愛紗は、かつての自分の

仮装恋愛を思い出して


少し恥ずかしくなった。



「うん、所長だった岩市は、そういう趣味もあったらしい。可愛さ半分で虐める、そんな所もあったらしい。」 と、森。




愛紗は「そんなのって解らない」と、少し口調が砕けた。



森は、その微妙な口調を気にしつつ


「それで、当時な、みんなたまちゃんの

嫁を探してやろうと思ったんだが」と、笑顔になって。



愛紗は「それで」と、思い当たる。

なんか、ガイドさんの同期の間で妙に浮足立つ感じは。


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