指導
その先は、緩いカーブだが
まだ、道幅は広い。
カーブに差し掛かると、森は「左に寄り過ぎだな。なれるまでは内輪側の
ミラーを見て。夜はそのために後輪の所にランプがついている。」
と。まだ、カメラつきのバスが少ない頃で、ドライブレコーダも少なかった。
高床のバスは、これはまだ木の床に、床油と言うワックスを染ませて
防腐させていた。
「もっと、カーブでは自分が外に出ないと、後ろのタイヤが通れない」と
森。
愛紗は気にしてはいるものの、どうも、自分がはみ出るのは怖い。
「判るが、大きい車はそういうものだから、カーブでは対向車がいない事を
確認してからはみ出て回る」と、森。
そういうものなんだ、と
愛紗も、そういえば観光バスにガイドとして乗っていて
そんな場面になったことを思い出す。
それは12m車なので、もっと大きかった。
交差点などは、左回りの時など対向車線に出てから回るか
斜めにまっすぐ進んで、左後輪が角を過ぎてからハンドルを切っていた。
今乗っているのは7mなので、まだ楽だ。
道が段々狭くなり、山岳カーブになる。
片側1車線だから、それでも幅は5mくらいはある。
森は「速度を落として、ゆっくり確認すれば大丈夫だ。自分が通り過ぎて
その速度で、後ろのタイヤが通ったな、と思ったらハンドルを切ればいいし
はみ出て良ければ外へでる」
愛紗は「はい」と言いながら次の右カーブ。
対向車が入ってきたので、思わずブレーキを踏む。
空気ブレーキは、思ったよりも急ブレーキになる。
森は「ま、なれるだろう。踏みかけのところで急に利くからな。
空気で押しているから。」と。
空気圧=>バルブ=>ブレーキ油圧
このバルブをペダルで押すので、微妙に利かせるのは難しい。
電車の運転手さんのブレーキのような操作をしてもいいけれど
上手いバスドライバーは、僅かにバルブを開く感覚を得ている。
空気が漏れる音が全くしない程度に。
森は「まあ、カーブなら排気ブレーキ程度でいいし。立ち客がいたら
それも難しい。いすゞは排気が良く利くので。」と。
左カーブの対向車が怖いが、右にあるガードレールに当たりそうでそれも怖いと
愛紗は思う。
森は「それも慣れだけど、確実なのはカーブミラーや、こういう道なら先を見ていて
車が来ない時に入る方がいい。もし、向こうから観光バスや
トレーラーが来たらこちらが下がるより他はない。」
そういう譲り合い、暗黙の了解がある。
プロ運転手の仁義のようなものだが、自分勝手では生きていけないのだ。
あまり妙な運転をすると、会社にクレームが来たり
バスなら、バス協会とか運輸省に手紙を送られたりする。
そうすると会社に監査が入り、余計なところまで探られる。
どんな会社でも些細な規則違反くらいはあるし、
バス会社なら人員不足で、例えばこの東山でも
休日出勤は割と当たり前、超過勤務も普通だった。
バスの場合超過は残業と云っても、途中で帰れないから
半ば強制になってしまう。
労働基準法上はグレーである。
基準では、昼休みの間に仕事をさせてはいけないのも労働基準法だが
だいたい、その時間に学生の送迎貸切とかが入るので
大岡山でも、内緒で走らせていた。
(現在はできない)。
そういう事が発覚すると、指導になってしまう。
それを越えて、尚安全でなくてはならない仕事。それが路線バスである。




