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第9話 爆発

朝、目覚めると、一緒の布団に寝ている女房が気づいたのか、


寝返りを打ってわたしに尻を向け、


爆発音のような屁をした。


昨晩、わたしの給料明細を見て、


さんざん不満をぶちまけた彼女は、


まだその怒りを引きずっている。


だから「今朝は朝食の準備なんかしませんよ」


という意思表示の屁だ。


まあいい。


不機嫌な女房に嫌味を言われながら、


晩飯の残りを食わされるよりは、


立ち食いそばの方がどれだけうれしいか。


それにしても、よくまあタイミングよくわたしが起きたと同時に寝返りを打って、


大きな屁ができること。


結婚前は小さなおならが出ちゃうと、消え入るように顔を赤らめていたのに。


それから10年、女房に感心させられることといえば、


マシンガンのようなテンポでわたしをなじることと、


いつでもどこでも屁ができるようになったことくらいだ。


もっと、わたしにメリットがあることで感心させてほしいとつくづく思う。




さて、爆発音のような屁で布団から出たさわやかとは縁遠い朝は、


せめてひとりでゆっくりと紅茶でも飲んで出社するとしよう。


わたしは紅茶を用意し、タバコをくゆらせながら、


新聞を開いた。



なになに、花火工場で火薬が爆発して作業員3名が重軽傷。


こういう職場での事故のニュースを見るたびに、


被害者である本人もそうだが、


一家の大黒柱が倒れて、その家族はどんな気持ちなんだろうかと思う。


わたしだってセールスマンで1日中、クルマの運転をしているのだから、


いつ事故を起こすか、あるいは巻き込まれるか……。


今日も1日安全運転を心がけよう。


そうだよなあ、健康でこうやって元気に働いていることが幸せなんだ。


ウチの爆発おなら女房も、そういうこと考えないのかなあ。


考えたら、爆発おならはしないか。


かえって、労災が入っていいわねくらい考えかねないから恐ろしい。




立ち食いそばを食べるため、いつもより早く家を出ると、


外は4月だというのに雪がちらついていた。


どおりで寒いわけだ。


わたしは、こりゃあったかいそばがうまいぞと、


凍結している道路を急いで、駅前の立ち食いそば屋の自動ドアをあけた。


すると、いきなり怒鳴り声だ。



「まったく、昨日の遅番はあったまきちゃうよー!」


「かきあげ、これじゃ全然足らないよお。


あ、お客さんてんぷらそばないよ、だめ」



一瞬なにを言われたのか分からなかったが、どうやらそういうことらしい。


それならそれで自動券売機の「てんぷらそば・うどん」を


売り切れにしておけばいいのにと思ったが、


まあ油っこいのも控えた方がいい歳だし、


月見そばの券を買って、


わたしはその券をカウンターの上に置いた。



カウンターの中のパートのおばさん2人は、


忙しく手を動かしながらも、


それ以上に口を動かし、


昨日の遅番の準備の悪さを罵倒しあっていた。



「この前も店長に言ったんだよ。朝は忙しくてそれどころじゃないって」


「だめだめ、あの店長は遅番の上島さんには妙にやさしくって。狙ってるんじゃないの」


「どっこがいいんだろ、あんな女の」


「とにかくがまんできないよ。店長に文句言って、それでも直らなかったら辞めてやる」


「じゃ、一緒に辞めようよ。あたしたち2人が居なくなったら、困るのは店長なんだから」


「あんたも辞める? あっはっは、おばさん2人がキレたら怖いこと思い知らせてやろうね」



店長も大変だ。


不満を爆発させたおばさん2人に責められる店長を想像して、ちょっと同情。


ま、これから朝のミーティングで、所長の雷が落ちること確実のわたしが


他人に同情なんかしている余裕ないんだけど。




「てめえ、なに触ってんだよ。やらしいな。


みなさ〜ん、こいつはチカンで〜す。


てめえ、次で降りろよ」



怒りを爆発させているのは、いかにもおっかなそうな女子高生。


やり込められているチカンの容疑者は30代の会社員風で、


最初はポカーンとしてたが、


女子高生の剣幕に縮こまってしまっていた。


事の真相はわたしには分からないが、


とにかく満員電車では両手を高く挙げておくことだ。


李下の冠。


瓜田に履を納れず。


できるだけ相手の感情を爆発させないように生きていかなきゃ。


わたしはそうやって40年間、生きてきた。


だから女房の爆発おならにだって平常心でいられる。


わたしから見れば、満員電車で両手を挙げていないなんて自殺行為に等しい。




「ばっかやろー!! 


てめえは毎日、毎日、どこほっつき歩いてるんだよ、この給料どろぼうー!!


おい、説明しろよ、安藤さん」


「はい、すみません」


「すみませんじゃ分かりませんよ、安藤さん。


ちゃんと耳はあるんですか? 


どうやったら一ヶ月まじめにお客さんの家を訪問して、


ひとつも商品を売らないなんて難しいことができちゃうんですか?」


「……」


「おい、なんとか言えよ。


まわってねーんだろ。


お客の家をよお。


仕事を舐めるなよ。


てめえは今日売って来なかったらクビだからな。


次、ああ、田中さんもがんばって遊んでくれたねえ。


たったの3つ。


揃いも揃って、この営業所の営業マンはやる気があってうれしいね〜。


所長のわたしは涙が出るよ、このボンクラども!!」


女房のマシンガンのようなわたしをなじるときの言葉にも感心するが、


さすがに所長はプロだ。


10人の営業マンを前に延々2時間、


この調子で売上げ不振の不満を爆発し続けた。


売上げゼロの安藤さんのおかげで先月よりは標的時間が少なくて済んだが、


わたしが『がんばって遊んでいた』田中だ。


先月は『一生懸命遊んでいた』田中だった。


その前は確か『がむしゃらに遊んでいた』田中だ。


来月わたしはどんなに風に遊んでいるのか、かなり楽しみだ。




さてと、それでは所長の期待を裏切らないように遊ぶか。


わたしは社を出ると、パチンコ店の駐車場にクルマを入れた。


昨日突っ込んだ台をやるために。


が、1万円入れてもかからなかったので、


女房に内緒で借りている消費者金融に行って3万円借りた、


それをもう1万円だけ突っ込んで、


それでもだめで諦め、


仕方なく午後ちょっとだけ仕事をして社に戻った。


もちろん、売れない。


そして同僚たちに誘われていつもの居酒屋へ。




「ったく、あの所長はおれたちを人間扱いしてない。早く辞めてえなあ」


「売れるわけないって、あんな商品。だれが30万も出して買うよお、この不景気に」


「てめえで売ってみろってんだ!」


今日売ってこないとクビと言われて、


やっぱり売って来なかった安藤さん以下、


わたしも含めて営業成績の下から4人が集まった。


そして酒が入るにしたがって所長や仕事に対する不満が爆発していった。


みんな青筋立ててがなり立て、ストレスを発散している。


もっとも、わたしは聞き役専門で、感情をあらわにしたりはしない。


無駄なエネルギーは使わないことだ。



重い腰の3人を残して、わたしは夜、またあの台をやりに行った。


サイフには1万5000円。


そして、それが消えた。


「パチンコは爆発しないか……」


爆発台と書かれたプレートに一瞥して、わたしは大通りに出た。


そして、歩道の前後に人がいないことを確認してから、


精一杯の大声を張り上げた。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!」



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