第7話 ゾウさん
その女との出会いは、パチンコ店だった。
おれがいつものように会社帰りにパチンコを打っていると、左隣りの席にその女は座った。
歳は30ちょい前くらいか。
黒いレザーのミニスカートに模様の入ったストッキング、長いブーツを履いていた。
細くきれいな脚を組むと、当然、太股がさらに上までおれの視界に入ってきて、
1箱飲まれて退屈していたおれの関心は、
モニターよりも左斜め下の彼女の股間に注がれることになった。
それから10分ほど経っただろうか。
彼女はハンドバッグからタバコを取り出すと、
おれの前に無造作に置かれていた百円ライターを「あ、借りるね」と言ったと同時に使った。
おれの返事も待たずに。
ん?
図々しい女だなと思ったが、まあライターぐらいはなんでもない。
それより、これがキッカケになればと思って、
間を置かずにすぐに何かを話しかけようとおれは言葉を探した。
ここよく来るの?
調子はどう?
仕事帰り?
きれいな脚だね。
いくつか浮かんだ言葉は、どれも相手の関心を得ることも、
会話を広げることもできそうになく、
で、結局、面倒なのでおれはそのままパチンコにまた没頭することにした。
しばらくして女は席を立ってしまった。
その翌日、またおれの左隣に女が座った。
その時点では、おれは、その女が昨日の女だとは分からなかった。
が、またまた、いきなりおれのライターを使ったので、
それでおれは昨日のことを思い出し、
その女の顔を見て、ああ、昨日の女だと分かった。
「こんばんは。今日も来ていたんだあ」
女から話しかけてきた。
「うふふ、今日、美容院に行ったからわたしだって判からなかったでしょ?」
へ?
突然、この女はなにを言いだすのだろう。
ただハンドルを握ってモニターを見るだけの作業で止まっていたおれの脳細胞が、
グルグルと回転をはじめたが、
おれはこの状況が理解できないまま、
それでも女からのアプローチを無駄にしてはいけないという結論に達し、
ちょっと間を置いてから笑顔で、女に話しかけた。
「ああ、昨日も隣にいたよね。
よく来るの? 勝っている?
昨日、あれからその台、ちょっと出たよ」
しかし、その女はおれの言葉にはなんの反応も示さず、正面を向いたまま、こう言った。
「わたし、パチンコ嫌い。うるさいし、髪にも服にもタバコの匂いが付くし……」
う〜ん、なんだ、この女は。
ちょっとあぶないなあ。
相手にしない方がいいかな?
でも、黒いロングコートの前が割れ、そこから覗く黒いストッキングに包まれた脚は捨てがたい。
ま、だめ元で誘ってみるか。
「ぼくもそろそろやめて、食事でもしようかと思っていたんだ。
夕飯まだでしょ? よかったらごちそうするよ」
さあ、この女はどんな風に返してくるのか?
「わたしをそんな軽い女だと思った?」
そうきたか。
う〜ん、軽そうだけどな。
ま、イヤならいいか。
「いや、ひとりで食べるのも淋しいからさ。イヤならいいんだ」
おれは、こういう気まずい雰囲気に耐えられないから、
2箱分の玉を特殊景品に替えて、店を出た。
すると、その女が店の前でおれを待っていた。
「いいわよ。付き合ってあげる。キミ、いい人そうだから」
キミって、どう見てもおれの方が年上なのに……。
ま、いいか、とにかく誘いに乗ってきたんだから。
それにしても、変わった女だ。
おれは下心というより、この女に興味を持ちはじめていた。
一体、どういう女なんだろう?
居酒屋のテーブルに向かい合って座ったおれたちは、
適当につまみを注文し、焼酎のお湯割りを飲みはじめた。
さて、たくさんある疑問をどこから聞いていこうか。
が、ここまでずっとこの女のペースなんだから、
やはりここでも会話のペースは彼女が握った。
「昨日も今日も夜、ひとりでパチンコなんてキミ、淋しいのね」
う、確かに言われなくても淋しい。
しかし、遠慮のない女だ。
「キミってなにをしている人なの? 結婚はしてないよね。彼女もいないの?」
な、なんなんだ、もしかして英会話のテープとかなんかの資格とか、その類のセールスか?
一方的に失礼な質問攻撃にさすがのおれもむかついてきた。
「あれ? ちょっと怒った?
短気なんだね。わたし、短気な男って苦手。
自信がないから余裕がない。
余裕がないから、女にもやさしくできない……
違う?」
カーッ!
その前にお前に常識があるのかよ。
勝手に人のライター使って、付いてきたと思えば好き勝手なことをほざいて。
見ず知らずの人間にこんなこと言われたら、だれだって怒るわ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんかおかしくない? 一体なんなの?」
「うふふ、ごめんね。でも、これがわたしの性格なの。
思ったことは考えないで口にしちゃうの。
あなた血液型は?
Bかあ。B型の男とはわたし合わないのよねえ」
いや、こんな女、合わなくていいや。
それよりサッサと帰ろう。
このままじゃ血管がブチ切れる。
「ね、なんでわたしを誘ったの? 簡単にできると思った?
わたし、こう見えても堅いのよ、うふふ」
うふふじゃねー。
確かに下心があったのは認めるよ。
でも、なんだこの女。
じゃ、この女の目的はなんだ?
なんでおれに話しかけてきた?
なんで誘いに乗った?
「自分だって同じだろ?
女ひとりで夜パチンコして、
しかもおれに話しかけてきて、
美容院に行ったことを言う相手もいないくせに。
こうやって知らない男に付いてきているのはだれだよ」
「そうよ。
こんなことしてたらいつか殺されちゃうって友達にも脅かされるの。
でも、男と話してないと、わたしダメなんだ。
根っからの男好きの淋しがり屋で。
別にエッチがしたいとかじゃなくて、こうやって話しがしていたいの。
だめ?」
は〜?
なんか拍子抜けするような理由だった。
おれの怒りは呆れて一気に収まり、今度は「だめ?」っていう甘い口調に、
愛しさまで感じてしまった。
おれと同じで淋しいんだもんなあ。
かなりコミュニケーションの取り方はヘタだけど、
それを受け入れたら案外、いいヤツなのかも知れない。
「今日、寒かったから、いま毛糸のパンツ履いているんだ。
最近かわいいの流行っているんだよ。
後ろにクマさんの絵が描いてあるのとか」
酔ってきた彼女は、男の下心をムクムクとさせることを言い出し、
酔いも手伝って、おれも下ネタで応酬して、場が盛り上がってきた。
さて、それじゃあクマさんでも拝ませてもらおうか。
店を出て、おれは彼女の手を握った。
「な、なに、なにするの? だめだってば。わたし……」
イヤがる彼女を強引にホテルに連れ込み、
スカートをめくると、
確かにお尻にはクマさんの絵があった。
しかし、前にはゾウさんが……。