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第5話 娘の就活

「なに〜、パチンコ店だって〜。ダメだ。絶対に。なに考えてるんだおまえは!」


ひとり娘の朝海が、こともあろうにパチンコ店を経営する企業に就職すると言い出した。


「だから、ちゃんと私の話も聞いてよ。


お父さんが考えているような昔のパチンコ店とは違うのよ。


いまはしっかりとした企業なんだって。


私のゼミの2年先輩がその会社に就職してて、責任ある仕事をどんどん任されているの。


おしゃれなお店を企画したりして、すごくやりがいがありそうなの。


ねえ、お父さん、ちゃんと聞いてってば!」


なんで、4年制の大学まで出て、パチンコ店なんだ? 


5年ほど前の就職難の頃ならいざしらず、今年はバブル期に匹敵するほどの売り手市場で、いくらでも企業を選べるらしいじゃないか。


それなのに、うちの娘は、なんでパチンコ店を選ぶんだ?


どんな思いで大学まで行かせたと思っているんだ。


あー聞かない、聞かない。


そんな話、聞きたくない。


「とにかく、父さんは、絶対に反対。よーく考えるんだな」


「父さんの分からず屋。もう、いい」


そう言うと、朝海は2階へ上がったきり、夕飯の時間になっても下りてこなかった。



早くに妻を亡くして、男手ひとつで育てて来た朝海に、不憫な思いだけはさせまいと、父さん、いままでがんばって働いてきたんじゃないか。


父さん、なにも朝海に押し付けたりしたことないぞ。


ただ、普通に就職して、結婚して、幸せな家庭を築いてくれればそれでいいんだよ。


パチンコなんかダメだ、パチンコなんか……。



その晩、俺は痛飲して、いつの間にか居間で寝ていた。


朝、起きると、タオルケットが掛けられていた。


朝海だ。


こんなやさしい自慢の娘が、なんでパチンコ店なんだ?


二日酔いでガンガンする頭の中は、それでも朝海の就職のことでいっぱいだった。


テーブルの上には「父さん、お願いだから私の話を聞いて。もう内定ももらっているの。私、絶対にこの会社で働きたい!」と朝海の手紙が置いてあり、その横には朝海が就職したいというパチンコ店の会社案内があった。



なーにが、内定をもらっているだ。


当たり前だろ、パチンコ店が俺の自慢の娘を落とすわけがない。


内定なんて、出て当然なんだよ。


そんなもんをありがたがるなって。


逆だよ逆、父さんはパチンコ店なんかに朝海がもったいないって思っているの。



パラパラとその会社案内をめくって見ると、確かに最近のパチンコ店はおしゃれで豪華で規模が大きくて、俺が若かった頃のパチンコ店とは比べ物にならない。


そんな最新鋭の店舗を首都圏に20店舗もチェーン展開しているらしく、売上げのグラフも右肩上がりで、まだまだ不況から抜けきれない俺の会社より、会社の規模も将来性も格段に上を行っている感じだ。


だけど、パチンコだもんなあ。


親ならだれだって反対するよなあ。



朝海との気まずい日々が1週間ほど続いたある日、近所に住むお袋が遊びに来た。


母親がいなかった朝海はおばあちゃん子で育ったため、なにかあるとすぐにお袋に泣きつく。


俺を説得するようにと、朝海が呼んだのだった。


その晩、お袋の手料理を3人で囲んだ。


「ねえ、おばあちゃん。父さんに言ってよ。父さんったら、まったく聞く耳もたないんだから」


お袋がお茶をすすりながら、静かに話し始めた。



「これは、息子のおまえにも話したことないけどさ、実は私と父さん、パチンコ店で知り合ったんだよ」


げっ、マジ? なんじゃそりゃ。


「私の家、貧しくてね。それでパチンコ店に住み込んで、裏回りっていう仕事をしてたんだよ。18の頃かなあ」


お袋は、昔を懐かしむように時々、目を閉じたり、遠くを見たりしながら、当時の話を語り始めた。


俺にとっては両親の、朝海にとっては祖父母のラブストーリーなわけで、こっちとしても興味津々。


俺と朝海はお袋の話に聞き入った。



なんでも、昔のパチンコ店には、まだ補給という機械がなく、パチンコ島の中に女の子が入って、各台に玉を補給していたらしい。


それが裏回りという仕事で、玉が出ないと当時の荒っぽい客に怒鳴られたり、台を叩かれたり、蹴られたり、そりゃあ18の乙女にはおっかない仕事だったようだ。


「毎日、朝から晩まで狭い島の中にいて、重い玉を台の上タンクに入れるんだ。もう夜になると手が上がらなくなってね。


閉店後も玉を磨くんだけど、これも重労働で、ほんと、毎晩、寮の布団に入って泣いてたよ。


でも、お給料がよかったから。実家に送金もしてたしね」


「おばあちゃん、苦労したんだね」


朝海がしんみりと言った。


「なあに、苦労だなんて。そういう時代だったんだよ」



そんなある日、ガラの悪い客が執拗におばあちゃんを怒鳴って、脅した。


「出玉が少くねーだろ、おら、なにやってんだよ、このグズ。出て来い、バカヤロー」


恐る恐る台の上から顔をのぞかせると、あろうことかパチンコ玉が飛んできて、おばあちゃんの眉間を直撃した。


こんなトラブルの時は、すぐに男の店員が助けに入るんだけど、この時は違った。


近くにいたお客がすぐに、その乱暴者を外に出し、ボコボコにしてくれたそうだ。


もう、それからはおばあちゃんは、その男にホの字で、玉が入賞してなくても玉を出してあげたりして、付き合いが始まった。


それがおじいちゃんというわけだ。



「ふ〜ん。馴れ初めがパチンコだったとはね」


「で、おまえが生まれて、おまえが結婚して朝海が生まれた。


おまえが世間体とかいろいろ気にして反対する気持ちも分からなくはないけどさ、


私がパチンコ店で働いてなければ、おまえも朝海もこの世にいなかったわけだから、


そんなにパチンコを毛嫌いするのもねえ。


いいんじゃないの、朝海はしっかりしたいい娘なんだから、そんなに心配しなくても」



んー、両親の出会いがパチンコだったからって、娘がパチンコ店に就職するのを認めるっていうのも、なんか違うと思うけど、でもまあ、この雰囲気で俺だけ反対してもなあ。


「なんかしっかりした会社みたいだし、朝海がそんなに働きたいなら、許すしかないか」


「いいのね、父さん。ありがとう、おばあちゃん。


でも、おばあちゃん、かわいい。


片思いの彼に時々、玉を出してあげてたなんて」



「そうかい。でもね、後からおじいちゃんに聞いたら、私はまんまと騙されてたんだよ」


おじいちゃんは当時、町のチンピラで、弟分をわざと暴れさせ、裏回りのおばあちゃんに近づいたらしい。


その罠にまんまとハマったおばあちゃんは、おじいちゃんにいいように利用されたのだった。


「もういまじゃ時効だけどね。


支配人にバレるまで、半年ぐらい出しまくったよ。


あと出る台を教えて、おじいちゃんの仲間が入れ替わりで打ち止めにしたりね。


その儲けたお金でおじいちゃん、中古のトラック買って、足を洗って、私と所帯を持ったんだよ」 


「お、おばあちゃん、そんな話をしたら、父さん、また反対するでしょ。


いまはそんなお店ないよ。


全部、コンピュータで管理されているし。


時代が違うって。もう父さん〜」


「ダメ、絶対に反対!」


ていうか、俺の父親、そんなヤツだったの?


そっちの方がショック〜。

 





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