第3話 転落
「お義父さんのお兄さんの長男の結婚式? そんな遠い親戚の結婚式に俺が出るの?」
「だって、ぜひみなさんでって、言ってくれてるんだって」
「え? みなさんって、まさかウチのチビたちもか? 4人で?」
「そうよ。なんかお嫁さんの親族の方が多くて、つりあいが取れないらしいわ」
「なんだよ、それ。人数合わせの動員かよ。4人で行ったら5万でも少ないくらいじゃないの。お前ひとりなら3万で済むのに」
「そうなのよ。私の親は10万包むらしいんだけど、ウチも4人で行くなら7万は包まないとって。ほら、一流ホテルでやるから」
「な、ななまん? ウチのひと月の生活費じゃん。冗談じゃないよ。大体、俺の方の親戚じゃあ、甥っ子や姪っ子の結婚式なんて呼ばれたことないぞ。せいぜい俺の親までだよ、出席するのは。そんなのまで出てたら、金かかってしょうがない」
「そんなこと言ったって……」
とまあ、いろいろ反論をしたところでムダなことは結婚して4年、俺はイヤっていうほど分かっている。
甥っ子の結婚式の話を持ち出した時点で、妻はすでに行くことを決定しているんだから。
俺にできることといったら、ご祝儀の額をなにがなんでも5万に抑えることぐらいだ。
案の定、俺は「5万ならいい」と渋々、承諾するしかなかった。
それから2カ月近くが過ぎ、いよいよ式まで5日に迫ったある朝、妻はどうやって少ない俺の給料からへそくっているんだか、5万円を俺に手渡して、これを銀行でピン札に替えて来てほしいと頼んできた。
そして俺はその5万円を財布に入れ、会社の昼休み、銀行でピン札に替え、折れないようにカバンに大事にしまった。
別になんてことはない簡単な用事だ。
いや、そのハズだった。
その日の帰り、俺はいつものようにパチンコをした。
そして、いつも以上に熱くなって、気が付いたら小遣いの3万円を見事に使い切っていた。
スッカラカンになっちまったら仕方がない。
後は帰って寝るだけだ。
が、俺は思い出してしまった。
カバンに5万円があることを。
もちろん、手を付けちゃいけない金だってことは重々承知している。
けど、熱くなった俺の頭は、「いくらなんでも、この台はもう出る。800回もまわっているんだぜ。確変まちがいない。あと3000円だけ…」といい方にいい方に考え、「なあに、出れば問題ないだろ。ちょっと借りるだけだ」と、躊躇なくカバンの封筒を取り出し、1万円札を台間玉貸し機にすべり込ませていた。
そして気が付いたら、店内に蛍の光が流れていて、ピン札は1枚に減っていた。
やっちまったー!
夜の街に出て我に返った俺は、頭を抱えた。
さあ、どうする?
カードで借りるか?
いや、もう限度額ギリギリだもんなあ。
じゃあ消費者金融しかないか?
それもなあ。
第一、妻に給料を握られていて、返済するあてがない。
それでなくてもカードローンの返済だって、妻に隠れて四苦八苦しているっていうのに。
結局、まだあるピン札1枚に望みを賭けることとなった。
「あなた、銀行で替えて来てくれた?」
ほら、早速おいでなすった。
「いや、今日は忙しくて、行く暇がなかった。結婚式まででいいだろ?」
明日、パチンコで勝てばすべては丸く収まる。
なんとしても勝つんだ。
しかし、正直、1万円では心もとない。
俺はカードローンでホントに限度額いっぱいとなる1万5000円を借り、計2万5000円で勝負することとした。
頼むッ! 出てくれ!
って、頼んで出てくれたらだれも苦労はしない。
信頼度の高いスーパーリーチにも見放され、虎の子の2万5000円は無情にもすべて飲み込まれていった。
さあ、今度こそどうしよう。
事態は最悪だ。
消費者金融しかないか。
しかし、なんで俺が、会ったこともない妻の甥っ子の結婚式に出席するために、消費者金融に借金までしなきゃいけないんだ。
仮病でも使うか。
いや、もうそんな段階じゃない。
俺は間違いなく妻から5万円受け取っているんだ。
たとえ式に出なくても、5万円は妻に返さなきゃいけない。
じゃあ、やっぱ消費者金融か。
なら、金利がもったいないから、ギリギリに借りた方がいいよな。
俺ってこんな切羽詰った状況でも我ながら冷静だなあ。
なんて言っている場合か。
来年30になるっていうのに、5万ぐらいでこんなにオタオタして情けない。
毎晩、妻の「銀行行ってくれた?」という質問を、「だから忙しいんだってば。金曜日までには行くから」と逆ギレぎみに誤魔化し、いよいよ結婚式の日が近づいてきた。
俺は消費者金融で借りるつもりだった。
が、金曜日の会社の帰り道、数ある消費者金融の看板を見ながら、どこに入るか決めかねていると、フイに悪魔が俺の頭に巣食ったんだ。
「5万も借りて、返せるのか? カードローンに消費者金融。自己破産への道、まっしぐらだな。一家崩壊、離婚。甥っ子の結婚式に出るためにか? ふん、バカバカしい。人がいいにもほどがあるぜ…」
俺は悪魔を振り払うことができず、覚悟を決めた。
カラのご祝儀袋を出してやれと。
ご祝儀袋にお金を入れ忘れたっていう話は、実際たまにあるようで、親しい人なら先方も入ってなかったと言えるが、それほどでもない相手には恥をかかせることにもなるので言えないらしい。
もしかして、なにも言って来ないかも知れない。
言って来たとしても、笑えるミスってことで済むだろう。
その時は消費者金融に行くしかない。
そんなバカなことと思うだろうが、人間、追い詰められると、そんなバカなことが平気でできてしまうもんだ。
「おい、ご祝儀袋はもう書いてあるのか? どれ? 俺が持っていくから」
妻はまさか夫がそんなみっともないことを企てているとは思いもしないから、俺にご祝儀袋を手渡した。
それに俺は5万円を包んだフリをして、礼服の内ポケットにしまった。
さすがにその夜、なかなか寝付けなかったが、もう後戻りはできない。
俺は布団の中で一端の詐欺師にでもなった気分で、翌日のイメージトレーニングを繰り返した。
なあに、堂々とカラのご祝儀袋を受付に出せばいいだけだ。
仮にバレても、入れ忘れを咎める人など妻以外にいやしない。
大体、式場で中身のチェックなどしないだろう。
バレるとしたら翌日か。
当日、俺は受付で堂々とカラのご祝儀袋を手渡し、新郎新婦に「お幸せに」「おめでとう」と笑顔で声をかけたりして、できるだけ自然に振舞った。
とはいえ、小心者の俺がこの罪悪感に耐えられるはずがない。
披露宴の間中、いつ、「あの〜、お金が入っていませんでした」って言われるか、まったく生きた心地がしなかった。
当日でこんなにツライなら、バレる確率が高まる明日以降は家の電話が鳴るたびに心臓が止まるかも知れない。
第一、妻に知られたら、即座に5万円を出さないと入れ忘れたという言い訳が成り立たない。
仕方がない、明日、消費者金融に借りに行こう。
そして、妻に「入れ忘れた。カバンの中に入ってた」とウソを付いて、5万円渡そう。
そうすれば、この針のムシロから解放される−−。
翌日、俺は消費者金融に飛び込み10万円借りた。
え? 5万円多いって?
いやまずパチンコで取り返さなきゃ。
今度こそ勝つぞ〜。