第2話 ジグゾーパズル
期待に胸ふくらませていたはずのキャンパスライフ。
でも、私は変われなかった−−。
内気な私は、田舎の小学校、中学校、高校で、ずっと“暗い”というレッテルを貼られ、それを自ら剥がすこともまま成らないまま、本当に笑顔のないつまらない時間に耐えてきた。
もうたくさんだった。
ここから抜け出したかった。
それにはこれまでの私のことなどだれも知らない東京へ行くしかない。
そこで私は自分を変えるんだ。
って、なに? いまの生活。
念願の東京の大学に合格し、夢だったひとり暮らしをはじめて1年。
見事に私の大学デビュー作戦は失敗してしまったわ。
大学では友人と呼べるような人はひとりも出来ず、じゃあバイト先で見つけようと思って何ヶ所もバイト先を変えてみたけど、だーれも私になんか話かけてなんかくれない。
気が付けばプチ引きこもりよ。
まだ家族としゃべれただけ実家にいた方がましだったわ。
今週、しゃべったの何回かな。
お母さんとケータイで2回話して、コンビニのレジでお釣が少なかったから「すいません。100円足りないんですけど」って言ったのが1回。
あとテレビに突っ込みを入れたのが5、6回かな。
私の口、ホントに言葉を忘れてしまいそう。
そんな私の楽しみは、たまに行くパチンコとひとりの長い時間を埋めてくれるジグゾーパズル。
パチンコは、とりあえずひとりで時間を過ごしている人がこんなにたくさんいるっていうことが実感できるから好き。
みーんな、ひとりで台に向かって黙々と打っている姿を見ると、いまひとりぼっちなの私だけじゃないんだって思える。
できれば毎日ずっとパチンコ店にいて、その安心感に浸っていたいくらいなんだけど、貧乏学生の身ではそうもいかない。
月に2、3度行ければいい方かな。
勝てば毎日でも行きたいんだけどね。
やっぱり負けることの方が多いし。
だから、私の退屈な時間の使い道はもっぱらジグゾーパズル。
好きな音楽を聴きながら、来る日も来る日もせっせとジグゾーパズルのかけらとにらめっこして、時間が過ぎるのを待っているんだ。
大学に入った時は、これから勉強と遊びとバイトで忙しくなるぞおって思っていたのね。
でも、すぐに暇している自分に気が付いて、特に夜なんかなーんにもすることないの。
まあ、それで、ジグゾーパズルに行き着いちゃったというわけ。
ちょうど殺風景な部屋の壁になにか飾りたいとも思っていたし。
初めて買ったジグゾーパズルは、白い子犬のかわいいヤツ。
ちょうど新聞紙を半分に折った大きさの300ピースだったわ。
それでも初めてのジグゾーパズルだったから苦労したなあ。
ジグゾーパズルの基本中の基本の、端から作るってことも知らなくて、一生懸命、子犬の目や口の部分をたくさんのピースの山からひとつずつ探してははめ込んで行ったっけ。
ほら、ジグゾーパズルって、やったことある人なら分かると思うけど、1つのピースの4辺すべて凸凹があって、それをはめ込んで行くでしょ。
でも、一番外側に来るピースだけは1辺が直線なの。
しかも4ピースだけある角の部分は2辺が直線。
だから、まずたくさんのピースの山から直線があるピースだけ選び出して、それで先に外枠を作ってしまうのが完成への早道。
そんなことも知らなかったから、子犬の顔から作り出して、たったの300ピースだっていうのに3日もかかったのを覚えている。
特に子犬の部分はみんな白で、背景の芝生はみんな黄緑だったから、色による違いがなくて難しかった。
そっかあ、こういう単純な絵柄の方が難しいんだあって、ちょっぴり後悔しながら作ったなあ。
でも、最後の1ピースをはめ込んで完成したときはうれしかった。
私の日常には滅多にない達成感があって、思わず「やったー!」って、珍しくちょっぴり声を張っちゃって、自分でも驚いたもん。
それで病みつきになっちゃったの。
お給料日や親からの仕送りが来た日、パチンコで勝った日は、必ず新しいジグゾーパズルを買うようになって、半年くらいで完成したジグゾーパズルを飾る壁がなくなっちゃったほど。
大きさも300ピースからはじまって500ピース、1000ピース、2000ピースと大物に手を伸ばして、いま作っているのなんて5146ピースよ。
サイズは縦108センチ、横147センチ。
1万2000円もしたんだから。
って、自慢すればするほど、みんな引くよね。
チャラチャラ遊びたい盛りの女子大生が、ひとり部屋にこもって、部屋の半分くらいを占領するような大きなジグゾーパズルを黙々と作って喜んでいるなんて。
暗すぎる〜。
でもね、毎晩、眠くなるまでずっと途方もない数のピースの山とにらめっこして、少しずつ、ホントに少しずつ、画が完成していくのがたまらなくうれしいの。
私の大好きなアルプス山麓の風景画なんだけど、これが出来たら他のジグゾーパズル壁から外して、ドーンと飾るんだ。
大体の目安は、3000ピースで1ヵ月、5000ピースだと3ヶ月って感じらしいけど、私は3000ピースなら3週間ほど、今回の5000ピースも2ヶ月半でそろそろ完成しそう。
で、ついにやってきました完成の日。
ホントは昨日がんばれば仕上がっていたんだけど、どうしても完成記念パーティーがしたくって、残り300ピースくらいになったところでやめておいたんだ。
お風呂に入って、ビールを冷やして、大好きなケーキも用意して、さあ、いよいよ完成よ。
パチッ、パチッ、パチッ。
なんか完成させるのもったいないなあ。
湖のところも山の雪のところも苦労したっけ。
パチッ、パチッ、パチッ。
あと50ピース。
あと30ピース。
なんかドキドキしてきた。
あと10ピース、あと5ピース。
3、2、1……。
あれ、え、うそでしょ。
なんで?
な、ない。
ないないない。
最後の1ピースがないわ。
部屋中いくら探してもない。
どうして?
最初から?
え−−。
もーなんなのよ、私って。
私の人生って。
友だちできないのは私の性格にもきっと問題があるんだろうから、こうやってガマンしているわ。
でも、いいでしょ、私のささやかな楽しみぐらい思うように運んでくれたって。
なんでないのよ〜最後のひとつが。
メーカーにいえば、すぐにその1ピースを送ってくれるのは分かっているけど、私はなんだかどうでもよくなってしまった。
なにもかも、アホらしくなった。
いっつもなにかが欠けてて、笑顔になれない自分が。
無気力になった私は未完成のジグゾーパズルをそのまま放置し、3、4日、フテ寝した。
そして、どうにでもなれと自棄になってパチンコに行き、「どうせ全部負けるさ、負けちまえ〜」と自虐的にパチンコ台に向かった。
案の定、おサイフのお金はみるみる減りつづけた。
と、パチンコ玉がひとつ、ポロリと落ち、私の足元へ。
感触からしてジーンズの裾の折り返しに入り込んだらしい。
身をかがめて取ろうとしたら、そこに「あった〜!!」。
ジグゾーパズルの最後の1ピース。
ウソ。こんなところに入り込んでいたのかあ。
と同時に、パチンコ台が輝きだした。
え、当たった、当たった、パチンコも当たった〜。
と喜んだのもつかの間、結局、玉は全部なくなり、家に帰ると、部屋は泥棒に荒らされていた。
5000ピースのジグゾーパズルは見るも無残な姿に……。
いまなら私、死ねるわ。