第18話 29歳のPAIN
「萌子かあ。おめえ、今年の正月も帰ってくるんだか?」
「なにそれ? 今年の正月もって。もってなによ? 帰るわよ。帰っちゃ悪いわけ? もう超むかつく。忙しいから切るよ。ガシャン」
まったく、母ちゃんったら。
普通、正月くらい帰って元気な顔見せろっていうのが親じゃない?
それを、“今年の正月も”だって。
そりゃあ、東京で一人暮らしをはじめて11年、毎年欠かさず盆と正月に帰ってイヤってほど元気な顔を見せてますよ、私は。
29歳にもなって、1度も彼氏を紹介したり結婚を匂わせたりしたことなんてありませんよ。
だからって、そんな嫌味を言わなくても……。
私は萌子。
山形の高校を卒業後、保母さんめざして東京の短大に入学してはや11年。
恥ずかしながら彼氏いない歴29年の強者だ。
いや、自分で言うのもなんだけど、そんなにヘンじゃないのよ。
もちろん、美人とは言わないけど、まあ十人並み。
これでも短大時代には言い寄ってくる男の1人や2人はいたんだから。
でも、東京に来るときに散々、母さんから
「東京の男にだげは気をづげろ。おもちゃにされて泣ぐのやんだべ」
って言われていたから、
私、その頃はもう見る男がみんな狼に思えて、守り通しちゃったんだよね。
だめ、だめ、お嫁に行くまではなんちゃって、あはは。
相手も白けちゃったんだろうね。
イマドキそんなこと言う田舎娘いるのかみたいな。
で、まじめに短大出て、保母さんになって幼稚園に勤めはじめたら、
そこはもうまったくの女世界だから、出会いなんてゼロ。
とうとうこの歳まで男を知らないまま来ちゃったわよ。
最近じゃ、幼稚園の男の子だって、
「萌子ちぇんちぇえと結婚したい」なんて言わなくなったもんね。
22、23の頃は、男の子が私を取り合いしたっていうのにさ。
あはは。
こりゃ、今年のクリスマスも幼稚園で園児に囲まれてクリスマス会やって、それで終わりかな。
あ〜あ。
なんて諦めていた私に出会いがあった。
短大時代の友達と飲みに行って、その彼氏の友人を紹介されたのだ。
これまで紹介された男性はみんなゲゲゲって感じで断ってきたんだけど、今回は合格。
私より3つ下なんだけど、とっても話しやすくて感じのいい男性だった。
向こうもすごく私のことを気に入ってくれたみたいで、
友達も「私たちはこれで消えるから、後は2人でどっか飲みに行けば」なんて勧めるから、
私達、それからおしゃれなダイニングバーに行って、遅くまで飲んだんだ。
すっごい久しぶりに男の人と2人きりでお酒なんか飲んだから、
私、すごく酔ってしまって、
で、彼とのおしゃべりもすっごく楽しくって、
最後、私のアパートまで送ってもらって、
ほっぺにチュッなんてされちゃって、
私、ときめいちゃった。
バラ色っていうの? なんか見るものすべてが昨日とは違うって感じ。
朝起きても寒くなくて、ルンルン気分で化粧なんかも入念にしちゃって、
園児に「おはよー」って言う声も張りが違うんだなあ。
それからすぐに、彼から食事に誘われて、初めてのデート。
2人ともまだぎこちないけど、
それはそれで彼の誠実さが感じられて
ますます好きになって行った私。
なんちゃって、そもそも私が男の人に免疫がないから、
どうしたってぎこちなくなっちゃうんだけど。
エヘへ。
それから毎日、何通も彼からメールが来るようになって、
私も園児に隠れながら
「いまお昼ごはん中。お仕事忙しくてもちゃんと食べないとダメよ」
なんてメールを打つのが超うれしくって、
私、彼にのめりこんで行った。
やっぱり3つ年下っていうのがあるのかな。
甘えん坊の彼にあれこれ世話を焼く私っていう形ができつつあって、
それがまた私にはピッタリだって気がして、
とにかくますますバラ色になっていったの。
週末は、飲みに行ったり、ドライブしたり。
私の手作りのお弁当を彼ったら
「おいしい、おいしい」って喜んで食べてくれて、
もうハッピー、ハッピー。
こりゃ、今年のクリスマスイヴはひとりじゃないぞ。
うふふ。
思わず、うっとりしてしまう私。
そうそう、母ちゃんに電話しとかなきゃ。
今年の正月は帰らないかも知れないって。
あんな嫌味言われたもんなあ。
「今年は帰れない」って言ってやろうっと。
4回目のデートで、彼が迫ってきた時、
私、ドキドキしながら
「お願い。待って。来週のイヴにね。ね、私の部屋で。お料理いっぱい作って2人でイヴしよ」
ってめいっぱいブリッコして言っちゃった。
彼、ちょっとダダをこねたけど分かってくれた。
わあ、どうしよう。正直、初めてだから怖い。
そして運命のクリスマスイヴ当日。
どうしたことか、彼がなかなかやって来ない。
さっきからメール入れているのに返事もないし。
電話してみようっと。
「ガガガッー、ジャラジャラ、ガガガッー、あ、もしもし、ガガガッー、ツーツー……」
ん?
なに?
切れちゃった。
もう1回、かけてみよう。
「ガチャ。ジャラジャラ、ガガガッー、プチッ。ツーツー……」
ん?
切られた?
なんで?
これって、もしかしてパチンコ?
まさか……。
だってイヴよ、イヴ。
私、こんなに準備して……なのにアイツはパチンコ?
ウソよね、もう1回……。
「ただいま電源が入ってないか、電波の届かない……」
電源、切られた。
私はいま、なにが起きているのか、分からなかった。
分かりたくもなかった。
約束の時間はもう2時間も過ぎているのに。
私の部屋はすっかりクリスマス色に装飾されているのに。
テーブルの上にはケーキ、鶏のモモ、オードブル、サラダ、シャンパンが並び、
プレゼントも買ってあるのに。
あとはケーキのローソクに火を灯せば、
幸せいっぱいの恋人たちのクリスマスがはじまるはずだったのに。
なのに、肝心の相手が来ない……。
間違いない。
アイツはパチンコをしている。
私がこれほど楽しみにしていたイヴに、
アイツはいつだってできるパチンコをしている。
アイツにとって、私より、私と過ごすイヴより、パチンコの方が大事だっていうの?
だって、だって今晩、私をあげるって……。
私ってば、パチンコより落ちる女?
痛って〜。こりゃ痛てえわ。超まいったなあ〜。あはは……
29回目のクリスマスイヴ。
私は勝負パンツを脱ぎ捨て、シャンパンをがぶ飲みした。
テレビではイブ恒例のさんまの『明石家サンタ』が始まった。
何度も電話したが繋がらなかった。
いま私は、お正月を山形の実家で過ごしている。
去年、電話で母ちゃんに彼氏の存在を口走っちゃったばっかりに、
父ちゃん、母ちゃん、兄ちゃん、姉ちゃん、おじちゃん、おばちゃん、
みんな決まって私にこう言う。
「東京に、いい人いるんだべ。連れてこりゃええのに」
「結婚? ありえな〜い。縛られたくないしー。超めんどーっぽいじゃん」
この痛手は簡単には癒えそうもない。
今回からジャンルを『その他』から『コメディー』に変更させていただきました。たまにはシリアスな話も登場するかも知れませんが、大半がコメディーになりそうなので。
それと、タイトルからパチンコを期待して読んでくださった方々には、ここで頭を下げておきます。パチンコと言っても、ファンが喜ぶような専門的な内容ではなく、この程度のパチンコで、どうもすみません。