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第14話 すぐに揃うおばあちゃん


今年73歳になるおばあちゃんは


ちょっとボケている。


そしてそんなおばあちゃんを、


家族全員ちょっと疎ましく思っている。



ぼくの家は5人家族。


パチンコばかりしている大学生のぼくと、


コンパで男漁りするしか能のないOLの姉、


共働きの両親と


オヤジのお袋、


すなわちおばあちゃんだ。



家にいる時のおばあちゃんの楽しみはテレビだ。


2時間ドラマは欠かさずに見ているが、


困ったことにビデオの録画予約ができない。


というかビデオの仕組みを理解していないから


トンチンカンな要求が多い。


毎回、家族のだれかに頼むことになるが、


同じ時間帯の番組2つを同時に「録画しろ」とか、


昨日のテレビ欄を見ながら「この番組を録れ」とか。


「だからあ、もうおばあちゃんはッ!」。


忙しい時に頼まれると、


家族もつい語気が荒くなり、


そのたびにおばあちゃんは


「わかった、わかった」


と言うものの


一向にビデオの仕組みを理解しない。



携帯電話もそうだ。


一度、友達と山に蕗獲りに行って


迷子になってから一応、


携帯電話は持っているけど、


これも難しいようだ。


急な用事でかけても出たことはない。


で、時々、ぼくの携帯電話にかけてくるんだけど、


「あれ、なんで勇太が出るの、まったく。


裕子は? 裕子に用事があるのに」


なんて調子だ。


ちなみに勇太がぼくで、裕子とはお袋だ。




一日中だれもいない家にいてもつまらないので、


おばあちゃんは毎日のように健康センターに行き、


そこで友達としゃべり、


カラオケを楽しみ、


夕飯を食べてから帰ってくる。


これが家族の一番の悩みのタネで、


おばあちゃんが帰ってくる時間は、


我が家も夕飯を終え、


一家団欒のひと時。


家族それぞれリビングで寛ぎ、


1日の疲れを癒している時間だ。


そこに帰ってきたおばあちゃんは、


いままで健康センターの宴会場で大声でしゃべり、


歌い、笑っていたもんだから、


そのテンションを引きずり、


それこそマシンガンのように


場の空気も読まずにしゃべりまくる。


その内容も毎日同じで、


「○○さんのダンナさん、


肝臓が悪くて入院したんだって。


だって飲むんだもん。


でも、かわいそうだよ」


とか


「もう××さんはうるさい。


酒飲んで私の横に座って、


もうごちゃごちゃしゃべりっぱなしなんだよ。


私も最後には怒ってやったよ」


なんていう


家族のだれも興味を示さない話ばかりだ。


これが放っておくと、延々としゃべり続ける。


だから仕方なく、だれかが


「おばあちゃん、うるさい! テレビ聞こえないよ」、


「もうその話は聞いた」


などと言って話を遮ることになる。


するとおばあちゃんは、


とても悲しそうな表情で自分の部屋に入っていく。



最近、おばあちゃんは


健康センターの一角にある


古いゲームコーナーで


パチンコをするようになった。


友達は夢中になって


3000円でも5000円でも使うそうだけど、


おばあちゃんは500円までと決めているらしい。


それが、自分でも驚くほどツイていて、


すぐに揃うんだそうだ。


この一週間、毎晩、その話題を


パチンコ好きのぼくにしてくるので、


ぼくは正直、うんざりしている。



ゲームコーナーのパチンコ機でも景品が取れるらしく、


おばあちゃんはぼくに、


「勇太、お前、カップメン好きだろ。


おばあちゃんが取ってきてあげたから」


とうれしそうにビニール袋から


たくさんのカップメンを取り出しては、


パチンコの話を始める。



もううんざりしているぼくは、


「そこ置いといて」とそっけなく言うと、


おばあちゃんを無視して、


自分の部屋に入ってしまう。



でも、次の日も、また次の日も、


おばあちゃんはぼくに喜んでもらいたいのか、


カップメンを10個づつぐらい持って帰ってきた。


で、台所に山と積まれたカップメンを見て、


「あれ、どうしてこんなに同じモノがあるの。


私が取ってくるから買っちゃだめだよ、勇太」


なんて言い出す始末。


自分が毎日、取って来ているのを覚えてないらしい。 




さすがにぼくも、そんなおばあちゃんがいじらしくて、


そんなこと滅多にないんだけど、


夜、おばあちゃんの部屋に行き、


話し相手になってあげた。


おばあちゃんは、「どうしたの?」と目を丸くし、


「いま2時間ドラマ見ているんだからさあ」


なんてちょっと迷惑ぶりながらも、


お茶を入れ、お菓子を出して、


いつもの健康センターの話を始めた。



健康センターにはいろんな人生があるもんだ。


息子が自殺しちゃった老夫婦。


ダンナさんが事故で亡くなりめっきり老け込んだ奥さん。


娘が離婚し、孫3人の世話に追われ


体重が10キロも減ったおばあちゃん。



おばあちゃんの口から、


次から次へと不幸話が飛び出してくる。



「ホント、人生いろいろだよ。


でも、クヨクヨしててもしょうがないからさ。


おばあちゃんたちは、もう長くはないんだから、


好き勝手楽しもうってみんなで話しているんだ」



「おばあちゃんは、お前たち


かわいい孫2人とこうやって暮らせて、


好きな健康センターに毎日行けて、


いまが一番幸せだよ」



いつもハイテンションでしゃべるおばあちゃんが


珍しくしみじみそう言った。


と思ったら、


「もう勇太のせいで、


ドラマちっとも見られなかったよ、まったく。


さ、もう寝るから出てってくれ」


と部屋を追い出された。



翌朝、ぼくはおばあちゃんに起こされた。


「勇太、お前、今日も大学に行かないで


パチンコするんだろ? 


私も連れて行って。


おばあちゃん、ホントすぐに揃うんだから」



おばあちゃんの言う通り、


ぼくはパチンコに行くつもりだったし、


おばあちゃんと行けばお小遣いをもらえるので、


ぼくはおばあちゃんを助手席に乗せ、


いつものパチンコ店に車を走らせた。



おばあちゃんは


「うわ、騒々しいねえ。


こんなところ長くいられない」


などと文句を言いながらも


「勇太、これこれ、


この魚が横に泳ぐ台だよ、


おばあちゃんが健康センターで


いつもやっているの」


と知っている台があったことに喜び、


ぼくと並んでその機種を打つことになった。



「ホント、ウソじゃないんだから。


おばあちゃんすぐ揃っちゃうんだよ」



同じことを何度も言いながら、


おばあちゃんは打ち始め、


恐ろしいことにホントに


最初の500円で


おばあちゃんは確変を揃えた。



「ね、勇太。おばあちゃん、すごいだろ」


大喜びしてはしゃぐおばあちゃん。



確かにすごい。


その後、おばあちゃんは


3連チャン目で手が疲れただの、


目が痛いだの、


腰が痛いだの、


トイレだの、


早く帰りたいだの言い始め、


でも確変が続いているから


もったいないとぼくがなだめ、


代わりにぼくが打って、


結局8連チャン、


1万5000発出した。



ぼくは換金を勧めたが


おばあちゃんはお金じゃつまらないと、


全部、景品に交換した。


オヤジにネクタイ、


お袋にサイフ、


姉貴にはスカーフ。


そしてぼくには腕時計。



等価で6万円分の景品だから、


そこそこいい品物だ。



その晩、おばあちゃんは


食卓の主役になった。



オヤジもお袋も姉貴も


おばあちゃんからのプレゼントを喜び、


おばあちゃんは得意気に


延々とパチンコ自慢を繰り広げた。



でも翌日、今度はぼくがおばあちゃんを


パチンコに誘うと


「おばあちゃんがパチンコなんかに行くわけないだろ。


勇太! お前もちっとは勉強しろ! まったくもう」


と怒り出し、


いそいそと健康センターに出かけて行った。


そしてまた、ゲームのパチンコで取った


抱えきれないほどのカップメンを


ぼくに手渡すのだった。



「勇太。おばあちゃん、すぐ揃っちゃうんだよ。


ホント、見せたいくらいだよ」

 

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