第13話 私のスキル
「しょうがないなあ。
とりあえず派遣社員にでもなって、
働くかなあ」
パチスロで5万円やられちゃった帰り道、
私はファーストフード店の2階から、
ぼんやりと窓の外を眺め、
そうつぶやいていた。
一番安いハンバーガーしか注文できなくなってしまった
サイフの中身を考えるまでもなく、
ホントにもう働かないとマズイ。
パチスロで儲けて、
働かずに生きて行こうなんて、
やっぱり無理だったみたいだ。
窓の外には、ちょうど私鉄の駅の改札口が見え、
そこから続々と仕事帰りの社会人たちが吐き出されていた。
一番安いハンガーバーをかじりながら、
「やだなあ、満員電車…なんて言ってられないか…」と、
まわりに誰もいないのを承知で、
またつぶやいてみた。
こうして声を出す練習をしておかないと、
声の出し方を忘れてしまいそうだから。
そのくらい私は人と話していない。
半年前までは、私もこの時間、
改札口から吐き出される側の人間だった。
たいして大きくはなかったけど、
一応は新卒で食品メーカーに入社し、
OLをしていた。
そこで上司と不倫し、
2年ほど交際した後、
結婚を迫ったらあっさりと捨てられた。
ただいま26才、
独身、
無職のひとり暮らし。
なーんにもない。
部屋に戻り、ノートパソコンを開くと、
まず預金残高をチェックしてみた。
液晶モニターに映し出された金額は30万円とちょっと。
すぐ働いたとしても、
給料がもらえるのは早くて一ヶ月先だから、
その間の生活費や家賃を考えたら、
やっぱりギリギリだ。
これはマジで働かないと。
私は大手ポータルサイトの就職のページを開き、
派遣の仕事を探してみた。
あるわ、あるわ、
派遣の仕事なんて、
いくらでもある。
となると、今度は選ぶのが大変だ。
数千ある求人を絞り込むことにした。
まず、場所。
そりゃあ近いに越したことはない。
○○区、××区、△△区でポン。
400に減った。
次は職種かあ。
なになに、事務・企画関連、
金融関連、
ソフトウェア関連、
インターネット関連、
クリエイティブ関連、
通信ネットワーク関連、
まだまだあるぞ、はぁ…。
なにがしたいんだろ、私。
職種なんて、なんでもいいなあ。
ま、適当にコレとコレとコレにチェック。
次は業種?
ん?
職種と業種ってなにが違うの?
なんか職種と同じような言葉が並んでいるんですけど。
じゃ、コレとコレでいいか。
結局、10社くらいに絞り込めた。
ソリューションをどうのこうのっていう会社と
eラーニングがどうしたっていう会社と、
それから「アセット・マネージメント及びプロパティ・マネージメントにおける入出金の処理が主な仕事です」など。
もう全然意味分かんない。
どうしてカタカナばっかりなの?
もしかして、これでみんなどんな仕事なのか分かっちゃうわけ?
不倫して捨てられた私にも務まる仕事?
ま、いいや。
振られるのには慣れているから、
全部、応募しちゃえ。
私は朝までかかって、
自分の履歴と経歴を打ち込み、
10社の求人にエントリーしてみた。
すると、翌日、朝から大変な騒ぎとなった。
ケータイが鳴る、鳴る。
「私、○○スタッフの××です。
このたびは△△社の求人にエントリーいただきまして、
ありがとうございます。
早速ですが、
△△社にご紹介させていただくにあたって、
まずは当社までご足労願い、
ご登録していただくことになります。
いつご来社が可能ですか?」
寝ぼけている私をいじめるかのような早口でまくしたてられ、
私は相手の言うままのスケジュールに
「はい」と返事をしていた。
なにはともあれ、私のケータイが鳴ったのは
ひと月前に母親がかけて来て以来だったので、
驚いたし、うれしかった。
が、午前中に5社、午後2社から電話が来て、
さらにメールでも3社から登録に来いとの連絡が入ると、
さすがにうれしいなどとは言ってもいられず、
私は混乱するばかりだった。
そして、途切れ途切れの睡眠から目覚めた夕方、
やっと正常に戻った頭でメモを整理してみると、
明日だけで5社も約束してしまっていた。
行けるわけがない。
ま、不倫相手からさんざん約束をすっぽかされ続けて傷ついた私が、
約束をすっぽかすっていうのも悪くはない。
3社なら行けるから、2社はすっぽかそう。
私って悪女だわ。
とにかく、明日までに
写真付き履歴書と
経歴書を準備しなくちゃ。
あ、なに着て行こう?
やっぱ白いブラウスかな。
あ、髪もセットした方がいいかな。
今晩も忙しいぞ。
翌日の午前10時、
私は久しぶりにOLスーツを着て電車に乗り、
派遣会社に到着した。
んーなんかこういう緊張感久しぶり。
なんせ半年間、自堕落な生活を送っていたからなあ。
そうだ、私の人生の再スタートなんだ。
がんばろう。
とりあえず、不倫は辞めよう。
2畳ほどの個室に通されると、
そこには机がひとつと
その上にパソコンが1台。
電話と同じ早口で
登録の手順を説明した女性スタッフは、
「それではモニターに従って、
経歴を打ち込んでください」
と言って、部屋を出て行った。
なんだ、経歴書を持って来いっていうから、
徹夜して書いて来たのに、
またパソコンに打ち込むのかよ。
あほか。
で、次はなに?
スキル?
なんだそれ。
ああ、私がなにができるかってことね。
OS?
えーと、私のパソコンはWindowsのMeだっけ。
アプリケーション?
ワードとエクセルかあ。
残念、できないわ。
一太郎も使ったことない。
ホームページ作成ソフト?
無理。
フォトショップにイラストレーター?
なんじゃそれ。
いっぱいソフトの名前が書いてあるけど、
私ってば、どれにもチェックできないじゃない。
私、パソコンでは
ネットとメールと
年賀状ソフトぐらいしか使ったことないもん。
次はなにするのよ。
スキルチェック?
ウィルスチェックなら知っているけど。
もしかして試験?
この文章をパソコンに打ち込むわけ?
あ、ちょっと待って。
焦るじゃない。
あ、あ、もう始まっている。
あれ、間違えた。
うわ、指が動かない。
あらら。
私、グチメールを友達に打つ時、
自分でも驚くほど早いのに、
なにこの遅さ。
キーボードのストロークが合わないわよ。
あ、あ、あ、終了。
あー半分も打てなかったじゃない。
悔しい〜。
「それではお疲れ様でした。
これで登録は終了です。
またご連絡いたします」
ふー。
派遣の登録ってこんなに疲れるんだあ。
2時間びっしり緊張しっぱなしじゃない。
午後も2件、約束しちゃったけど、
この調子じゃ間違いなく倒れるわ。
午後の2件の派遣会社でも、
ほとんど同じように経歴を書かされ、
スキルチェックをされ、
クタクタになって私は自宅に戻った。
なんだろ、この徒労感は。
すんごい無駄なことして疲れた感じ。
結局、スキルがなきゃダメってことよね。
スキルねえ。
私のスキルって、不倫以外なにがあるんだろ?
あ、パチスロがあった。
パチスロのスキルなら自信あるんだけど。
ソリューションは分からなくても、
ゲチェナ(※1)なら分かるわよ。
ワードやエクセルはできないけど、
ビタ押し(※2)はできるわ。
案の定、その後、
登録した派遣会社からは
「エントリーいただいた求人は
申し訳ありませんが、
他の人を推薦させていただくことになりました」
という断りのメールばかりが相次いだ。
ま、スキルチェックされた時点で、
こうなることは予想できたから、
別にショックではないけどね。
そんなことより
パチスロメーカーの求人探そうっと。
※1 ゲチェナ パチスロの代表的なリーチ目。右リール下段にチェリー付き7停止の略。
※2 ビタ押し パチスロで狙った絵柄を、狙ったところにビタッと停止させること。