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第12話 挙式前夜

「ねえ〜、オヤジはどこ行ったのお〜」



シャワーを浴び、すっぽんぽんのままバスタイルで髪を拭き拭き、


居間に入って来た23歳の娘・美菜子が、テレビを見ている母親に聞いた。


「決まっているでしょ、パチンコに」


そんな非常識な娘の振る舞いに慣れっこの母親は、


「パンツぐらい穿きなさいよ」なんて無駄なことは言わず、


テレビを見ながら、面倒臭そうに答えた。


「げっ、マジ? 信じらんな〜い、だって〜、明日あたしの結婚式じゃ〜ん。


なにそれ〜。超むかつく〜」


「別にお父さんには用ないでしょ」


「え〜、普通さあ、なんかないわけ?


目の中に入れても痛くないかわいい娘が明日、嫁に行っちゃうんじゃん。


『美菜子、ちょっとここに座りなさい』とか言っちゃってさあ。


最期のお別れっていうのかなあ」


「ばかね、それじゃお葬式じゃない」


美菜子がばかなことは、23年間見て来て、イヤというほど知っている母親だ。


でも、やっぱりガマン出来ずに、ばかという言葉が口をつく。


「大体、あんたのどこが、目に入れても痛くないかわいい娘なの。


中学で援交で補導されて、高校は薬で中退、20才でヤバンバギャルになったかと思うと、


急に先月帰ってきて結婚するって……。


もう母さん、あんたにはどれだけ心配をかけられたか……」


「あー、分かった、分かった。だから、過去を振り返るなってば。


それより、もっと前向きに生きようじゃん」



田中家のひとり娘・美菜子は、近所でも評判のどうしょうもない娘。


高校中退後、ほとんど家に寄りつかずプチ家出を繰り返し、


帰ってくるたびにその奇抜なファッションで両親を驚かせ、


泣かせ続けて来た。


ヤマンバギャルで帰って来た時と、


鼻にも舌にもピアスをしたパンク娘で帰って来た時は、


さすがの両親もわが子だとは分からなかったという。



そしてひと月前、実はこの時が両親を一番驚かせたのだが、


なんと東大卒のエリート商社マンを連れて帰って来て、


こともあろうに、「この人と結婚します」と


両親の前でさも普通の娘っぽく頭を下げたのだった。



目が点とは、まさにこのことで、


両親とも固まってしまったのも無理はない。


が、その両親の反応を見た東大卒は、こりゃ反対されていると勘違いし、


「お嬢さんを必ず幸せにしますから、どうぞ結婚を許してください」と、


30分以上も座布団に頭を擦りつけて両親を説得したというから、


世の中なにが幸いするか分からない。



とにかく、その日は丁重に東大卒にはお帰り願って、娘からことの詳細を聞いた。


「ったくさあ、一体なにが不満なわけ?


結局、女なんていい男捕まえればいいんじゃん。


そのためにいい大学行って、いい就職して、花とか茶とか習ってさ。


そういう武器がなんもなくたって、こうやって東大卒をみっけてきたんだからさあ、


感謝してほしいくらいだよねえ。


金のかかってない娘がサヨナラ満塁ホームラン打ったっていうのにさあ」


「確かに」


することはおバカで非常識だが、口だけは達者な娘に、


早くもお父さんは納得。


「お父さん! で、どういう人なの、あの人は?


美菜子に東大卒のエリートなんて。


騙されているんじゃないの?」


母親は当然の疑問を美菜子にぶつけた。


「ジョーダン。あたしは男を騙したことはあっても、騙されたことはないの。


なんたって、いままでいろいろ化けて来たからね、へへ。


まじめな東大卒なんかチョロイ、チョロイ」


「……じゃ、やっぱり美菜子のこと知らないんだ……」


母親の顔が曇った。


「なに、それ〜。いまの美菜子も美菜子じゃ〜ん。


平気、ちゃんと高校中退って言ってあるし〜。


てゆうか、両親が病気であたしが学校辞めて昼も夜も働いて、


生活費と入院費を稼いだことになってるけど、きゃはは。


あいつ、涙流して感動してやがんの。


あれだね、東大卒も大したことないね。余裕〜」


これには、これまで美菜子に散々鍛えられて来た両親も顔を見合わせ、


深いため息をついた。


「やっぱり、そういうことか……」と。




そんなこんなであっという間にひと月が過ぎた。


明日が挙式ということは、こんな無理のある話が


あろうことかトントン拍子に進んでしまったということだ。


先方の両親もすっかり美菜子に化かされていた。


「オヤジ遅いなあ。じゃあさあ、ちょっくらパチンコ屋に行って呼んで来るからさ。


まったく、挙式前夜に娘にやっかいかけるなっていうの〜」


美菜子は、父を迎えにパチンコ店へと向かった。



「オヤジ、なにパチンコなんかしてんだよ」


「できればオールでパチンコして、明日の式にも出たくない」


「なに気張ってギャル語使ってんの〜。マジダサ〜。いいから、帰ろうぜ」


「やだ」


「もしかして、あれ、意外に照れてるんじゃないの〜。


ほら、娘のあいさつに涙なんか流しちゃったりしてさ……


きゃはは、かわいい〜」


「あほか、おまえに対する涙はとうに枯れたわ。


間違っているよ、この結婚は。


中学で援交したお前が、いいのかヴァージンロードを歩いて」


「あ、それ差別〜。


いいんだよ、金さえ払えばだれが歩いたって。


大体なんだよ、世間的に見れば見事に更生したヤンキー娘の感動の挙式じゃんよ。


紳助が泣くっちゅーの。


なんで親が素直に喜ばないかなあ」


「だって騙してるじゃん」


「真実を言えばいいってもんじゃないだろ、世の中、え?」


「お前が親に、世の中を語るな」


「心配すんなよ。式が終わったらそのままドイツ暮らしなんだから。


それより、明日はちゃんと演技しろよ。親の務めだかんな」



娘が捨てゼリフを吐いて帰った後、父は感慨深げに台番号を見上げていた。


375番台。


そう、美菜子が生まれた日、同じように父はこの店のこの台でパチンコを打っていた。


開放台をクジ引きで当てて、500円で打ち止めにしたのだった。


その縁起を担いで美菜子と名付けた。


それから父は、事あるごとにこの台にこだわって、


これまでいくら損をしてきたことか。


というか、あの娘が生まれて来たこと自体が大損だった。


そう何度、思わされて来たことか。


その娘が結婚。


しかも文句の付けようのない相手と。


娘には山ほど文句はあるけど……。



時代が変わって現在の375番台はCR冬ソナ2。


「あー俺も記憶喪失になりてえ。


美菜子の記憶だけが全部、なくなったら、


明日の式も笑顔で出られるんだけどなあ」


などとぼやきながらも、画面一杯のペ・ヨンジュンの微笑みを見ては、


笑顔を作る練習をする父であった。



「母さん、ビールもらえるか」


ほどなくして家に帰った父は、居間に座ると晩酌をはじめた。


「お、帰ってたかオヤジ。


どれどれ、娘として最後のお酌をしてやろうじゃん」


「ほんとに最後だろうな。お前はすぐ帰って来そうでこわい」


「その可能性は否定できないね、きゃはは」


晩御飯のおかずを運んできた母親が、


「母さん、それだけはいやだからね。ご近所に恥ずかしいじゃない」


と、会話に入った。


もう式まで半日とちょっと。2人とも覚悟を決めていた。


美菜子のシナリオに付き合うしか道はなかった。


「いまさら恥ずかしいかあ〜」


酒が入って、父親が開き直った。


「それもそうね」


母親だって本当のところ、娘がすぐ出戻ったって、いまさらなんてことなかった。


「ぎゃはは」


3人同時に大笑いし、田中家がいまここに結束した。


いい感じの空気になって、美菜子が機嫌よく口を開いた。


「じゃ、縁起もんだからさ、一応、あいさつするわな。


父さん、母さん、いままで育ててもらって……」


「だから、育ててねえって。お前は中学から自分で稼いでたじゃねーか」


父親の突っ込みが炸裂した。


「ぎゃははは」


またまた3人同時に大爆笑。


家族の結束がさらに高まる。


「あれだな、父さんと母さんは病弱な感じを出した方がいいな。


式のクライマックス、花束贈呈で母さんが倒れるか」


笑いをとって上機嫌の父親が、今度はボケた。


「ぎゃはははは」


決して東大卒には聞かせられない冗談で、


大いに盛り上がる挙式前夜の田中家であった。



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