森の救世主モリモリ~フクロウとゴリラが糞便を投げて人類と戦う物語~
梟と言う鳥は、【森の賢者】と呼ばれる。
森の中で寡黙に佇むその渋い振る舞いと鋭く力強い眼差しが、厳かな賢人を彷彿させるから……と言うのが由来らしい。
燃え盛る剛火めいた朱色の羽毛と紅い瞳が特徴的な【ホムラフクロウ】の森助も、【森の賢者】と称されるに相応な寡黙さと眼差しを持っていた。
しかし実際はそんなに賢くない。
今日も高い枝に止まり、遠く夜空で笑う薄い三日月を呆然と眺めながら、くだらない事ばかり考えている。
(……糞便が出そうだ……すごく出したい)
そして今、森助は便意を催している。
(でも、ただ出すだけじゃあつまらない。没個性は【ナンセンス】だ。排便する仕草ひとつすら俺を構成するファクターだぜ)
そしてくだらない事ばかり考えている。
どう言う状況で糞を落とすのが至高か。
できれば、まだどんな梟も体験した事が無いだろう排便を行いたい所だ。
「ウホホ。ウホホホ」
そんな森助の眼下を、闇に溶け込む様な色合いの黒くて大きい何かがのそのそと通り過ぎて行く。
(ありゃあ……)
片掌で森助をスッポリ握り込めてしまいそうな程の黒毛の巨獣……ゴリラだ。
それもただのゴリラではない……手足の先端にそれぞれ一〇本ずつ指がある。キモい。
あれは【ムキムキゴリラ】だ。あの両手合わせて二〇本になる指を巧みに駆使して、普通のゴリラの三倍の速さでバナナの皮を剥く事ができる【超越種】…つまり【進化したゴリラ種】である。足の指も駆使すれば更に倍速の作業効率になる。ムキムキゴリラの皮剥き作業を見た時、全てのゴリラは言葉を失うだろう。
(ムキムキゴリラ……そう言や、ムキムキゴリラは敵を威嚇する時に自分の糞便を投げると聞くぜッ)
つまり、糞便の扱いにとても長けている。
しかもムキムキゴリラは皮剥きの素早さからもわかる通り指の器用さが半端ではない。
きっとすごい糞便捌きができるに違いない。
丁度良い。たまには誰かからインスピレーションを得るのも大切な事だぜ。
その道のプロのセンス、前傾姿勢でインスパイアさせてもらおうじゃあねーの。
そう判断した森助は緊急開翼。
先端に行くに従って濃くなるグラデーションを描く朱色の翼が、羽毛を散らしながら両サイドへと広がる。
遠目に見れば、闇の帳の中、小さな炎が燃え広がる様に見えただろう。ホムラフクロウが【焔】を名に冠する由来のひとつだ。
ちなみに、このド派手な翼のせいで人間の狩人にアホほど狩猟され絶滅の危機に瀕している。
派手な羽毛は装飾品に持って来いだし、派手な翼は暗い森の中でも見つけやすい。狙われる理由と狩られやすい理由のダブルザインである。
あとホムラフクロウは大多数の個体が馬k…そんなに賢くないと言うのも拍車をかけている。
閑話休題。
「へい、そこの道行くゴリラァ!! ちょいと俺にインスパイアを贈れよォ!!」
振るわれた朱翼の残像はまるで炎。
朱色の軌跡を引きながら、森助が眼下のムキムキゴリラ目掛けて急速落下する。
(その肩に停まってやるぜ!!)
目的地は筋肉でモリッと隆起したムキムキゴリラの右肩。
ホムラフクロウの飛翔スピードはすこぶる調子が良い時には亜音速に突入する。調子が悪くても普通の梟よりは速い。
数メートル下を行くムキムキゴリラの肩へ到達するなどまさしく一瞬の道程。まばたきすら許されない暴力的な速さ。
「……え……?」
森助の両脚が鷲掴み(梟だのに鷲と言うのはおかしいかも知れないが、とにかく鷲掴み)にしたのは、ムキムキゴリラの肩……ではなかった。
森助の両脚が掴んだいたのは……いや、森助の両脚が掴まれていたのは、ムキムキゴリラの右手、その一〇本指。
「なッ……」
「ウホ」
反応されたッ。
その事実に森助が驚くより先に、既にムキムキゴリラは動いていた。
森助の脚を受けた右とは逆の手、つまり左手の指を使い、何かを弾いた。
弾かれたそれは、「ば、馬鹿な、俺が掴まれただと!?」と森助がようやく現状を理解した頃に丁度、森助に直撃した。
「へ、へぐぁぁあぁーーーッ!?」
衝撃に驚き、悲鳴を上げながら、森助が吹っ飛んでいく。
すぐに背面を木に打ち付けられる形で止まった。
「が、がはッ……な、何かを……何かを投げてきやがった……こ、これは……!!」
森助を襲撃し、吹き飛ばした【何か】。
それは、未だに森助のもふもふした胸羽毛にめり込んでいた。
「こ、こいつ……ま、まさかこれは……この茶色くて丸っこいのはァァァーーーッ!?」
「我の糞便……ウホ」
「じ、ジィーザス!! 最低だこの糞便野郎ッ!!」
「いきなり襲いかかってくる方が悪いウホ。これは身を守るための武力行使……【正当防衛】ウホ」
「襲いかかった訳じゃあねぇよ!! 少し話を聞こうとしただけだァ!! だのにこんな臭っせェもん力いっぱいぶつけてくるなんてよぉ~……って、ん?」
ここで、森助は違和感に気付いた。
「く、臭くないし……そんなに痛くもないぞ……!?」
どう言う訳だ。
未だに胸羽毛にめり込む兎さんのそれの如く小ぶりなゴリラ糞便、全然臭くない。
しかも、すごい勢いで投げつけられた糞便に直撃したはずだのに、森助の身体にはもうダメージの余韻は皆無。
空飛んじゃう系の鳥類の骨と言うのは……脆い。
鳥類は空を飛ぶために、自重を極限まで削る進化を遂げた。そのため、空飛んじゃう系鳥類の骨は、スカスカなのだ。中身が全然詰まっていない。カミキリムシの幼虫に中身を食い荒らされた桜の木の様にスカスカだ。
梟もまた然りであり、梟の【超越種】であるホムラフクロウもまたまた然り。
端的に何が言いたいか。
鳥の骨は、すごく脆くて折れやすいと言う事だ。
貧弱脆弱虚弱惰弱激弱。それが鳥の骨。
小学生のデコピンで雀は全身を粉砕骨折する。それほどだ。
だのに……すごい勢いで放たれた糞便が直撃して木に叩き付けられたはずの森助は……無傷ッ!! これは信じられない事だ。
「ど、どう言う事だ……こりゃあ……糞便は臭いはずだろう!? じゃなきゃあ道理が通らねぇじゃあねぇか……!! それに、自慢じゃあねぇが、俺は獲物のミミズにジタバタされただけで深手を追うほどに身体が脆いはずだのに……!?」
「我は糞便が臭くならない様に【計算】した食生活を心がけているウホ。お前だって、いくら自分の糞便と言えど、臭いものには余り触りたくないだろうウホ?」
「それは確かに……!!」
「そして我は無益な殺生を良しとしないウホ……お前の襲撃に気付いてから、全て【計算】したウホ。どの程度の力を込めてどの角度でお前のどの辺りに糞便を命中させればお前にダメージを残さずに制圧できるかを……ウホホ」
「け、計算しただって……? 俺が飛んできてから……? おいおいおい……俺をちっぽけな鳥だと思って馬鹿にしているのか? そんな一瞬にも満たない時間で、そこまで計算して、実践してみせたって言うのかよ!?」
「イエス肯定ウホ。何故そんな事ができたか? それは我がとても賢く、そしてとても器用だった……この結果はそれ以上でもそれ以下でも無いウホ」
「……!!」
ムキムキゴリラの瞳……なんと澄んだ綺麗な瞳だろうか。
春の雪解け水をそのまま水晶体に閉じ込めて眼窩に嵌め込みましたと言われても信じてしまいそうだ……
(こんな綺麗な瞳をしてる奴が【嘘】を吐く訳がねぇ……こいつが言っている事は頭の毛先から脚の爪先まで丸ごとすっぽり【本当】に違いないぞ……!!)
森助は確信し、戦慄に震えた。
すごい。しゅごいと言っても良い。ここまで糞便を使いこなす生き物がこの森に他にいるだろうか。いいやいない、いないはずだ。
「ちなみに、まだお前が木に磔になったまま動けないのも、我がそうなる様に【計算】したからだウホ……あと一〇分はそのまま動けんウホ」
「す、すげぇ……ぶっ飛んでるぜあんた……すげぇよ!! こんな糞便、初めて喰らった……糞便を投げつけられたってのに不快感なんて微塵もねぇよ!! むしろどこまでも清々しい気分だぜ!!」
神業を見せつけられた時、誰もがその衝撃に童心を呼び起こされ、ただただ好奇に心奪われる。
今、森助はムキムキゴリラの神業糞便に完全に魅了されていた。
「……ふむ……お前の声……言葉には【嘘】を感じないウホ。どうやら、悪い奴ではなさそうウホね」
「わ、わかるのか!? 声だけで!?」
「我は【とても賢い】からそれくらいわかるウホ」
「すごーい!!」
「勘違いとは言え、すまない事をしたウホ……」
「いいや、もうそんな事はどうでもいい……!! あんたの名前を聞かせてくれ!! 俺は森助だ!!」
「ふむ……良いだろウホ。我の名は森太郎ホ」
「森太郎……覚えたぜ……三歩歩いたって絶対にその名前は忘れねぇ……!!」
「それは光栄ウホ。名を覚えてくれる者は一匹でも多いに越した事はないウホ」
「なぁ森太郎……いや、森太郎の旦那ァ……ひとつ俺の頼みを聞いちゃあくれねぇか……あんたの【技】を、俺に教えて欲しいんだッ!!」
「!」
コロコロウンチによって木にへばりつけられたままの森助の言葉に、森太郎の薄い眉がピクリと跳ねた。
「お前、【ホムラフクロウ】だろウホ。お前たちは羽毛を焔に変えると言う武器があるはずウホ。何故我らムキムキゴリラ一族に伝わる糞便操術【糞便投擲術】を欲するウホ?」
「すげぇからだッ!!」
「!!」
「俺は……あんたの糞便に心奪われた……俺もこの力が欲しいッ!! ただそれだけだ!! ただそれだけなんだァーーーッ!!」
「ッ! 待つウホ!! お前何をやっているウホ!? あと一〇分は動けないと言ったはずウホ!! 無理に動こうとすれば……」
「せいやァァァーーーッ!!」
森助の気合の一声。
その気迫に応える様に森助の筋肉が吠える。
次の瞬間。
森助を木に止めていたコロコロウンチが四散し、森助の身体が自由を取り戻した。
「なッ……!!」
飛び散った自らの糞便の欠片を見て、森太郎が綺麗な瞳を丸くした。その顔いっぱいに、本気の驚愕を顕にする。
(我の【計算】を、覆した……!? 単純な力で……? あ、有り得ない……と言う事は、まさかこのホムラフクロウは……!!)
「ふーッ!! ふーッ……これで、土下座ができるぜ……!! この通りだ!! 俺にあんたの糞便を教えてくれェェェーーーッ!!」
「お、お前は……まさかお前も……」
「ヒャッハァー!! 森だァァァーーーッ!!」
「「!?」」
突如として森の草木を揺らしたのは、剣呑とした低い声ッ!!
その声に続いて、ドドドドドドドッと言う大地を揺るがす振動音が駆け抜けるッ!!
「ッ……こ、この音はまさか……!!」
賢い森太郎は知っている。
このドドドドドッと言う音は……
「ヒャッハハハハァァァーーーッ!! 獲物を見つけたぜェェェーーーッ!!」
木々を蹴散らし、薙ぎ払い、森を拓いて森助と森太郎の前に現れたのは……自然界ではまず拝めないだろう、のっぺりとした鋼の巨体。
とても大きい。森太郎を片手で軽々つまみ上げてしまいそうな巨体だ。全体的なシルエットは【首の無い猿】と言った感じだが……
「な、ななななな、なんじゃあこりゃあァーーーッ!? え、獲物って言ったか!? 俺達を狙ってんのか!? 何でェーッ!?」
「……【キカイロボマシン】……!! 【鋼】と言う特別な石を使い、人間達が生み出したとても堅い生き物……そして我ら森の民をどこかへ連れ去る天敵ウホ……!!」
「は、はぁぁぁ!? なんじゃそりゃあ!? 人間ってあれだろ!? なんか丸いのをパァンって飛ばしてくるだけの猿じゃあねぇのかよ!? キカイロボマシンなんてマジで聞いた事がねぇぞ!?」
「それはそウホ。何せ、キカイロボマシンと遭遇した森の民はまずほぼ確実に……奴に捕まって二度と森に戻る事は無いウホから」
キカイロボマシンと遭遇した森の民は皆、森から消える。そして帰って来ない。噂など広がる訳もない。
「じゃあ疑問だぜ……何で旦那はそのキカイロボマシンを知っているんだ……? …………はッ、まさか……」
「我は過去にキカイロボマシンと遭遇し、そして退けた事があるウホ」
「そりゃあもちろん……」
「糞便で」
「すごーいッ!!」
流石は森太郎。賢き者が糞便を持てば、あんな巨大な鋼の化物すら相手ではないのだ。
「ヒャハハ……ムキムキゴリラは生体一頭で一〇〇〇万ダイベン$……あっちはホムラフクロウかよ!! 生け捕りにできりゃあ一羽で五〇〇〇万ダイベン$はくだらねぇじゃあねぇか!! どっちも一回のハントで一匹取れりゃあ上出来な大物ッ!! 一足で二回分の稼ぎって事だよなこれはよォ~ッ!! 一石二鳥って言葉は今日この日を迎える俺のために存在してたんだなァ~!? いや一石一鳥&一ゴリラかこの場合は!? まぁ何にしても垂涎たまらんラッキーディだぜ今日はァァ~!! ハヒャァァァーーー!!」
首なし巨人型のキカイロボマシンから、下品な笑い声が止まらない。
「ぅ、ぅおおお……か、完全に俺達を狙ってるぜあの野郎……」
キカイロボマシンの巨躯と下品な笑い声にやや気圧されつつも、森助は露骨にビビったりしない。
理由は簡単。自分の傍らには、あの鋼の化物を退けた経験のある賢きゴリラがいるからだ。
「……森助。我を頼っている様だが……一つ問題があるウホ」
「え?」
「我の糞便は……さっきお前に撃ったので丁度弾切れウホ。次弾を出せるまで……今【計算】した所、あと二〇分はかかるウホ」
「……………………へ? ちょ、じゃ、じゃじゃ、じゃあ……」
「ピンチ」
「わお」
「オラオラオラオラァァァーーーッ!! 生け捕りハントハントでゴールドラッシュな捕獲だぜうぉしゃあああああああ!!」
キカイロボマシンののっぺり輝く豪腕が、これみよがしに振り上げられたッ!!
「ど、どわぁぁぁ!?」
「ぬ、秘技ウホ回避ッ!!」
鋼の軌跡を引いて大地へと振り下ろされた高速のアームハンマー。
森太郎は急ぎつつも、決して森助にダメージを与えない様に計算された握力で森助を握り締め、共に横合いへと跳んだ。
その一撃が大地へ着弾した時に発生した音は、まるで落雷の様だった。
余りの衝撃に、完全に避け切ったはずの森太郎の巨体が風に煽られて数メートル吹き飛ばされる程度には強烈だった。
「ぐッ……相変わらず馬鹿げたパワーウホ……!! 衝撃波まで避けられる回避距離は計算できていたのに、間に合わなかったウホ……!!」
「ぃ、ぃぃいい生け捕りにする気ねぇだろあれぇぇぇーーーッ!?」
「生意気千万に避けやがったァ!? だァが逃がさねぇヒャハァ!! この稼ぎで一ヶ月は遊んで暮らすんだよぉぉぉーーーッ!!」
「どどどぅどうするんだよ旦那ァ!? あんなんから逃げきれるのか!? なぁ!? 俺達やれるかなぁ!? あんたの自慢の賢さで計算してみてくれよぉぉぉーーー!!」
「今計算してみたウホが……逃げるのは絶対無理ウホ」
「よっしゃ、もう小便ちびって良い!? 強いて言うなら大きい方も出そう!!」
「ふッ……それはまだ少し早いウホ……計算上、【希望】は残されているウホ!!」
「ぅうぉおお!! 流石は旦那ァ!! そりゃあ一体どんな……」
「お前ウホ」
「へ……?」
真っ直ぐな森太郎の瞳が、森助を見据えている。
その視線のストレートっぷりが、彼が正気であり、嘘は言っていない事を証明してはいる。
してはいるのだが……
「お前が、あのキカイロボマシンを倒すウホ」
「は、はぁぁぁ……? いやいや旦那、尊敬たぎるあんたに言葉を返すのは気が退けるがよ……俺の羽毛を焔に変えるだけの能力じゃあんな化物を倒すなんて……」
「その能力も使ってもらうウホが……今重要なのは、そっちじゃあないウホ」
「????」
一体、森太郎が何を言っているのか。森助には全く理解できなかった。
もしかして自分が知らないだけで、世の中には澄んだ瞳でクレイジーな事を口走れる生き物がいるのか? なんて疑ってしまう。
「お前、今、糞便が出るって言ったウホ」
「! 成程、俺の糞便を旦那が使うのか!!」
「はぁ? 絶対に嫌ウホ。誰が自分以外の糞便こねくり回したいと思うウホ? しかも食事に気を使ってない臭い猛禽糞便とか死んでも触りたくないウホ」
「そ、それは確かに……じゃあ、一体!?」
「端的に説明するウホ。お前には【才能】があるウホ」
「さ、才能ぉ……?」
「【計算】する【才能】ウホ」
「!!」
「さっき、お前は我の糞便呪縛を解いたウホね……我にはわかるウホ……アレは我の計算を越える力技……ではない」
「な、何を言って……」
「お前はあの時、【無意識】に【計算】をし、そして実行した……我の糞便呪縛を解くには体のどこにどう力を入れれば良いかを無意識に計算した!!」
ホムラフクロウと言う種族が発揮できるパワーで、森太郎のあの糞便呪縛を解除できるはずがない。その計算は絶対だ。
ならばあの現象は一体なんだったのか。計算した結果、森太郎は実に単純な答えにたどり着いた。
「お前には【賢者】の素質があるッ!! ウホッ!!」
「け、【賢者】……!?」
「無意識にこの世の全てを計算し、そして己が望む結果へと突き進むための答えを知る事ができる……【賢き者】、それが【賢者】ウホッ!! そしてこれは、我ら一族に伝わる糞便操術【糞便投擲術】を習得するのに絶対必要な素養ウホ!!」
「……じゃあ、逆に言えば……」
「その素養さえあれば、糞便を意のままに操れる可能性があると言う事ウホ!!」
「お、俺にも……できるって言うのか!?」
「我の計算を疑うウホか?」
「とんでも!!」
「ならばよしウホ!! 丁度、糞便が出そうと言っていたウホね!! 条件は整っているウホ!! 後はお前が意識的に計算できるかどうか!! 流石にあの化物を倒すレベルの計算は、無意識レベルだけでは難しいウホ!!」
「ッ…………!! で、できますかね……俺に……俺なんぞに……」
「良いウホか……大事なのは【心】ウホ。わからない、できない、解けないと思っている者が【答え】を知る事ができる問題などこの世にないウホ……自分ならわかる、できる、解ける……そう思って問題に向き合った時【答え】は見えるウホ……大丈夫ウホ……自覚し、確信し、自信を持った時、【計算式】は自ずと完成するのだウホ……!! さぁ心を込めて頭を回せ、【答え】は必ずそこに在る……いや、そこから生み出されるウホ!! 我はそれを知っている、何故なら……」
「賢いから……ッ!!」
「その通りウホォォォッ!! そしてそれは、お前もだウホ!!」
「ッ……わかったァァァーーーッ!! やぁってやるぜ!!」
「さっきからごちゃごちゃと、なぁぁにをぉぉーーーッ!!」
「テメェに、俺の糞便を見せてやるってんだよォォォーーーッ!!」
肛門に力を込め、吐き出すのは茶色い情熱の塊。
(計算するゥ……没個性的ナンセンスなただの排便じゃあねぇ……最ッ高にセンスのある糞便の使い方をォォォ!!)
その鋭い眼差しで、森助は【敵】を見定める。
自分とサイズを比較する気にもならない巨大な鋼の化物、キカイロボマシン。
どうすれば、アレを糞便ひとつで制圧できる?
(そんなのは無理……前までの俺なら、そう考えた。だから計算できなかった、計算する事を放棄して俺は今日まで生きていたんだ!!)
できる、やれる、やってやる。
森助の頭が冴え渡る。
途端、不思議な感覚が彼を襲った。
まるで神にでもなった様な全能感とでも言おうか。
あらゆる事が、一瞬で計算できる。
次にどの方向へどの程度の強さの風が吹くのか……そんな事さえ瞬時に計算できた。
(うぉぉぉッ!! 今の俺なら、クゥゥルに何でもできやがるぜェェェーーーッ!!)
そして、【見えた】。
「計算したぜ!! こいつをこうして、そこをそうすると、あれがああなるんだァァァーーーッ!!」
森助は叫び、燃え盛る炎めいた翼を広げた。
瞬間、森助の翼が闇を裂いて煌めく。その翼を構成する羽毛が、紅蓮の焔へと変貌したのだ。
これが、梟の【超越種】、ホムラフクロウの特異能力。羽毛を焔へと変え、操る。
「覚悟しろッ!! ぶちかます、この熱いパワーをォォォーーーッ!!」
翼の焔で一〇本指の腕……敬愛する森太郎の腕を模倣する。
その腕で、掴む。気合を具現化した様な己の糞便を、ホカホカとした熱量を帯びた己の武器を。
「ヒィィト……シュゥゥゥートォォォォオオオオッ!!」
一〇本の焔指を使い、計算し尽くした【特殊な回転】を糞便にかける。
この【回転】が、キモだ。【回転】が生むエネルギーを利用するッ!!
回転糞便弾が、まっすぐ、キカイロボマシンの胸ど真ん中目掛けて飛んでいく!!
「あぁん? 何かしょっぱいモンを投げてきたァ~? んなモンに構うか……なァんて油断はしないんだなァ、これがァァァ!!」
「!!」
「ムキムキゴリラは侮るな、ハンターの常識だぜェ!? そのムキムキゴリラと一緒にいるホムラフクロウを侮る道理があるかよ、ブァァカァァ!!」
得意気に叫び、キカイロボマシンはその巨腕を思い切り振るった!!
森助の放った渾身の回転糞便弾を無情に叩き落とすつもりだ!!
「このアームの出力を舐めんなよォォォーーー!! こんなクソカス弾ァ、ぷちッと簡単にぶっ潰してやんよォォォ!! まるでガチムチなプロレスラーが梱包材にプチプチを潰す様に簡ッ単になァァァ!!」
「なッ……」
「おぉ~っと。慌てなくても良いぜ、旦那ァ。……俺はよぉ~……あの動きも計算済みだ」
キカイロボマシンのアームハンマーが回転糞便弾に衝突した、その時。
キカイロボマシンの腕が、ギャルンッと言う快音を伴って、回転した。
「ヒャバッ!!!?!??」
「俺は言ったぜ……ぶちかますってな!! ぶちかますって一度言ったら、何がどうあっても絶対にぶちかますんだよ!! それが最高にセンスのあるホムラフクロウって奴だッ!! 今放った糞便弾は元から、テメェのその腕にぶちかますつもりで撃ったんだよ!!」
キカイロボマシンの腕を襲った回転現象は急速に回転速度を増していく。
「ま、まさかァァ……あの小せぇのにかかっていた回転が、腕部に伝播しているのか!? んな馬鹿な!! あんな豆粒みてぇな何かの回転に、この巨腕が引っ張られてるってのかァァァーーー!? んな訳あるかよクソカスがァァァ!! 畜生ちくしょう!! 何をしやがった畜生共がァァァーーーッ!!」
醜悪な喚きは、巨腕が捩じ切れる破壊音で塗り潰された。
「ぼぐあああああああッッッ!! う、腕がァァァーーーッ!!」
「それだけじゃあねぇぞ!!」
そう、森助の言う通り。
過剰回転により捩じ切れたキカイロボマシンの巨腕……その回転エネルギーは、まだ死んでいない!!
「ま、まさか、そんな……」
キカイロボマシンの巨腕は凄まじい回転力を保持したまま、ある方向へと飛んでいった。
その方向にあるもの、それは……キカイロボマシンの、本体。
「お前をカンペキにぶっ壊すにはよぉー……計算上、豆粒みてぇな俺の糞便弾じゃあどう足掻いても出力不足だったんでな。利用させてもらうとするぜ、その自慢の腕を!!」
「ひ、ひぃぃぃぁぁぁーーーッ!?」
森助の弾丸と化した巨腕が、キカイロボマシンの本体ど真ん中に突き刺さったッ!!
「ぼ、ぎゃああッ、あ、ぁがッ……」
それが、致命傷になったらしい。
キカイロボマシンはそこから膝を着いて以降、指一本動かす事はなく、呻き一つあげる事もなかった。
「……よし、計算通りだぜ」
「す、すごいじゃあないかウホ……! 我ですら、ここまでの展開は計算していなかった……!!」
「へ、へへ……でも……計算するってすげぇ頭が疲れる……もうヘトヘトだぁぁ……」
くてぇ…と脱力した森助を、森太郎がその一〇本指の右手で優しく受け止める。当然、森助に負荷が無い様に計算され尽くした優しいキャッチだ。
「どうやらお前は計算の深さでは我を越える様だが、計算の継続力は駄目駄目の様ウホ……まぁ無理も無いウホ。我だって、一族秘伝の【計算努理溜】と言う訓練メニューを経て、計算を使いこなせる様になったウホ」
「そ、そっか……」
「……森助。ひとつ、お前に頼みがあるウホ」
「旦那が、俺に……」
「我と一緒に、この森をキカイロボマシン……人間共から守る【森の賢戦士】をやらないか、ウホッ」
「!!」
「お前の計算能力なら……必ず、立派な賢戦士になれるはずウホ。梟族の賢戦士は今の所いないウホ……お前が最初の梟賢戦士になるウホ」
「は、はは……そいつぁ中々、個性的でセンスのある肩書きじゃあねぇの……」
まさか、個性的な糞便の出し方を求めて、そんな肩書きを得られるチャンスに出会えるとは。
とても計算外だ。
「計算通りにキメる楽しさを知ったばっかだが……計算外も悪くねぇじゃねぇの」
人間の魔の手から森の民達を守る。
森助と森太郎のコンビが【森の救世主】と称される様になるのは、まだ少し先の話である。