二重の発見
図鑑作りが中途で終わった翌日、セバルトは寺院へと行った。
到着すると、ネイとともに資料保管庫に向かい、これまでと同様に資料を漁っていく。
しばらく黙々と調べていると、来訪者があった。
「我もやろう」
姿をあらわしたのは、ブランカだった。
ブランカは狐の体でも魔法も扱いつつ器用に書物を調べていく。三人になって効率がアップした状態で調べていく。
朝からはじめて、太陽空の一番高いところまで昇った頃、それをセバルトは見つけた。
「これ、見てみてください」
ブランカとネイが駆け寄り、三人で顔を寄せ合いながら、内容を読んでいく。そこには、シーウーのこと、そこに棲まう神獣のこと、そして、不死の遺跡のことが書かれていた。
マナフ歴が始まる以前のシーウー。
その辺りには周囲の小部族をまとめて治める一つの部族が棲んでいて、彼らは白い狐の神獣を崇めていた。
彼らはシーウー周辺の大きな森の恵みによって生活していたが、時の流れとともに、徐々に文明を発展させ、神獣との関わりはそれに伴い薄くなっていった。
そんな流れの中で、一人の長が遺跡でとある研究を始めた。
それは、不死の秘宝を作り出すこと。
長は、彼らが知る魔法技術を駆使し、不死を実現しようとした。いつの時代も、不死を求める者は現れるというのは変わらない。
そのために、彼らは遺跡を建設し、呪術師達は大いに研究し、ついに不死の秘宝を作り出した。
だがそれは、ある意味成功であるが、ある意味失敗だった。
作り出したのは、二つの宝珠。
生物を保存する魔道具だった。
――そう、保存する魔道具。
その魔道具を使用することで、肉体と記憶を使用した時点のまま止めることができる。再び魔道具の封印を解く時まで。
ある意味で時をこえて生きることができるのだから不死と言えるが、しかし、結局意識を持って活動できる時間は変わらないのだから、不死ではないとも言える。もちろん、長が求めているものとは違っていた。
なぜ二つなのかは、詳しくは書かれていない。だが、一つには生物の全てを詰め込むことはできなかった、全てのものは二面性を持つゆえに、との記述があった。当時の呪術師達が試行錯誤した結果、光と影、喜びと悲しみ、マナと物質。そういった二つの要素を一つに押込めることは難しいとの結論に達したのだろうとセバルトは推測する。
そして最後に、この魔道具の負荷に耐えるためには、大きな力を要するため、並の人間には使うことができなかった、という。
「――これは、つまり」
書物に書いてあるのは、そこまでだった。
シーウーの長がその後どうしたのか、生物を封印することで長期間保存する魔道具がその後どうなったのか、そういったことまでは書かれていない。
結末が明らかになる前に書かれた書物なのかもしれない。
だが、セバルト達には、少なくとも後者の疑問の答えは、わかっている。
「その宝珠に、入ったのがブランカということなんですね」
「我が――」
ブランカは言葉を失い、じっと書物を見つめていた。セバルトも何も言わず、じっと事実を受け止めるのを待っていた。
と思うや否や、ブランカは体を低くし、足を曲げた。今にも走り出しそうに。
「そうだ、我は――我は、未来まで眠りにつくために。残りの記憶は、そう、あの不死の遺跡。我の宝珠の一つがあった遺跡に、さらなる未踏の領域が――取り戻さなければ!」
ブランカは駆けて資料室を出て行った。
残されたセバルトとネイは、互いの目を見る。
「すごい、必死だった」
「ええ。もう一つの宝珠、それを見つければ、記憶が戻る……ということのようですから、それで必死なのでしょう。シーウーに、向かうつもりでしょうか」
セバルトも資料室を出る。
あの遺跡には目だった危険もなかったし、慌てて追う必要はない。だが、セバルトも向かおうと決意した。
不死の秘宝と遺跡というものも気になる。ブランカも頭数があって損はしないはずだ。遺跡の構造も件の書物には書いてあったから、今ならこの前行けなかった場所までも行ける。
寺院を出ると、太陽が低くなってきていた。
***
「こんな失態をしたままでは戻れない! 私のメンツにかけても! 聞いているのか!」
「はい。代わりのものを今探しています、スタンス様」
「今探している? もう見つけていなきゃだめだろうが! お前達をなんのために雇ってると思ってるんだ? この前は無様にやられてくれたな、恥ずかしくないのか。これでは無駄に罰金の肩代わりをしただけだ」
「すいません、スタンス様」
シーウーの宿の一室、大きく壁の厚い部屋で、苛立たしげに爪を噛んでいるのは、ブエノ商会の商人スタンス。で、
スタンスに頭を平身低頭下げているのは、彼が雇っている三人の実力行使要員の一人の男だ。
「何か無いのか! 何か! 情報だよ情報! 商売において情報は最高の武器だ! うちの商会が扱う世界中の情報と、この町の情報をあわせれば何か見えてくるだろう? 速く見つけるんだ!」
スタンスは怒鳴ると、再び苛立たしげに爪を噛む。
「くそ……あの変な狐連れがいなけりゃ、馬鹿なメブノーレから稼げたんだ。それがこの有様。何かしらなければ、帰れない。帰っても、私の評価は地に落ちる」
その時、宿のドアがばんと勢いよく開いた。
入って来たのは、三人組の紅一点だ。部屋の中にいる二人とは対照的に、明るい笑みを浮かべている。
「スタンス様! この町に古くから伝わる伝承があるそうです!」
「伝承?」
「ええ。なんでも、非常に珍しい魔道具があるとか」
「……ほう? それは面白い。聞かせてみろ」
スタンスの目が梟のように大きく見開かれた。
「不死の秘宝、でございます」
そしてスタンスの女部下が語ったのは、シーウー近辺の遺跡に安置されているという伝承がある魔道具の話。
人に不死を与える魔道具がそこにあるという。
「それは本当か?」
「本当かどうかはわかりませんけど……そういう記録はありました」
スタンスは部屋の中を落ち着かない様子で往復しながら考え込んでいたが、その時、さらに三人組の最後の一人がやってきた。
この男も、紅一点と同じく獲物を捕まえてきた猟犬のように誇らしげにしている。
「あの農家の蔵っすよ! あれって昔からあるところみたいで、なんか色々価値のあるものがあるみたいっすよ! もしかしたら、不死の秘宝なんて凄いものもあるかもしれないっすよ!」
「お前も、不死の秘宝について調べていたのか?」
二人から同じ名前が出て、スタンスは一層の興味を示す。
男は、紅一点の方へ視線をちらりと向けた。
「はい、こいつに面白いものがあるから調べろって言われて。んで、古くから残ってる建物とかなら、何かあるかもってんで、古い建物を調べてたんすよ」
「そしたら……あの、忌々しい芋百姓の蔵が当たったと」
思い出したように顔を歪めたスタンスは、しかし次の瞬間、口角を歪に持ち上げたかと思うやいなや、いつものような、穏やかで爽やかな笑顔に切り替わった。
「ちょうどいい。でしたら、蔵を探させてもらうとしましょう。もちろん、無断で。全てひっくり返してでも。本当に不死の秘宝かどうかはわかりませんが、何か特別な品には違いないでしょう。やるのは、今夜です」
「おう!」
勢いよく声を上げる三人組――だが、最初に入って来た一人は、少し心配そうな顔をしている。
「でも大丈夫ですか? スタンスさん。また邪魔が入ったら。クソみたいに厄介な奴がいるじゃないですか」
「忘れたのですか? あれを仕入れたことを」
「魔獣オルトロスを使うんですか!?」
「せっかくです、テストにちょうどいい。遺跡には魔物などもいるかもしれませんしね。データをとっておけば一石二鳥です。それに、これもいざとなったらある」
自信ありげにスタンスが荷物袋から取り出したのは、歪んだ黒い結晶。
そこだけ、周囲の光を歪めているように見えるものに、三人組は少し怯えたように見つめている。
「力の石、でしたっけ」
「そうです。古の大魔王だかなんだかの力が籠もってるとかいうね。これも使えば、さらに強力になりますよ。我がブエノ商会の支配圏を強めるためにも、有効活用させてもらいましょう」
スタンスの張り付いた笑みの中に、心底嬉しそうな色が浮かんだ。
「さあ、仕事の時間です。私に恥をかかせた奴を、めちゃくちゃにしてやれ!」
***