剣とジレンマと求人と
ずっと続けて日暮れまでやったが、神獣ブランカに関するそれ以上の情報は得られなかった。手がかりがないので、とりあえず今日はここまでということにして、セバルト達は書庫を出る。
「惜しいところまではいったんですけど」
「希望があることはわかったよ」
「ええ。でも、大丈夫なんですか? ネイさんの仕事は」
二日間付き合わせてしまったことに、セバルトが心配すると、ネイは頬を緩めた。
「大丈夫。寺院長から、ちょうどいいから、寺院に関する資料を整理するよう仰せつかったから」
「なるほど」
資料には未整理のものがかなりあった。
このウォフタート寺院の歴史など、まとめておくことが必要なのだろう。つまり、寺院の仕事の一貫ということだ。
「だから大丈夫。でも、気になるなら、寺院で働いても良いよ」
「え」
ネイは、じっとセバルトの目を見つめる。
冗談に決まっているとセバルトは考えるが、ネイはいつでも本気で言っているような、そう感じてしまう。
「これ以上忙しくなると困るので、やめておきます」
「働いても良いよ」
「……ええと……無理!」
セバルトの言葉に、ネイは唇を軽く噛んだ。
「……ケチ。つまらないなあ」
「ケチって」
「しかたないね。ボクが働きに行くよ、たまには」
「なんでそうなるのか、謎ですが……そうですね、たまには来ますよ。家庭菜園のことも教えて欲しいですし。種とか欲しいですし」
「うん、現金だよね。セバルトくんは」
ネイは表情を緩め、「資料探しが終わっても必ず来るように」と釘を刺してセバルトを見送った。セバルトは了解し、寺院を出て家へと戻った。
翌日も寺院に向かおうかと思ったが、その日は一つ用事があるので、また後日にすることにし、セバルトは、町の東へと向かう。
今日の用事とは関係ないが、その前に一つやっておきたことがあったのだ。荒野をしばらく歩いて行くと、太陽の光を鋭く反射し白く輝くものが見えてきた。
「おお、いたいた。我が相棒」
セバルトがやって来たのは、マナの流れを正常化させるために大地に刺した聖剣スノードロップのところだ。
抜いたら勇者になれるなどという怪しい噂が広まり、一時期近くの人が面白がって抜きに来たのだが、いまだに抜けずにそこにある。
まだあることにほっとしつつ、セバルトが剣の柄を握ると、いつもの感触が蘇る。
「もう少し仕事しててくれよな……ん?」
とその時、セバルトは人の気配に気付いた。
振り返ると、遠くからロムスが歩いてきていた。
「ロムス君! どうしてここに!?」
「セバルト先生!? どうしてセバルト先生が!?」
お互い驚きつつ距離を詰めると、先に説明したのはロムスだった。
「自主練を毎日しているんですけど、この場所が有名だから一度来てみたことがあったんです」
「ふむふむ」
「そうして練習したら、なんだかマナが集まりやすくて、調子がよかったんですよね。理由はよくわかりませんけど。だから、たまにここに来て、やってるんです。そうすると、コツがつかみやすいんですよ」
セバルトはなるほどと思った。たしかに、このスノードロップがマナを集めているから、その効果で魔法が使いやすくなるということがあるのだろう。
ただ、それを利用できるのはロムスが成長したからに違いない。最初の英雄の柱は、順調に育っていることを確認できて、セバルトは安心した。
やはり、その英雄の助けになるであろう魔物などの辞典を作る作業をきっちりやらなければならないと気持ちを新たにする。
ブランカと協力してやらなければ。
「ところで、先生はなぜここに?」
気持ちを新たにしていると、ロムスに聞かれた。
意識を飛ばしていたセバルトは、慌てて答える。
「ああ、この剣がどうなってるか気になって、散歩がてら」
「先生がですか? 意外です。メリエさんみたいなこと言いますね。実は剣を抜いて英雄になりたかったりするんですか?」
「あはは、そういうわけじゃないんですけど、話題だったので。ミーハーな物で」
(いうまでもなく英雄だったし、そもそも俺の剣だけどね)
「まあ、ちらっと見て満足しました。もう流行はすぎたみたいですね」
「ええ。ちょっとの間だけでした。でも、僕はたまに来るつもりですけど」
どうやら、セバルトの生徒を惹きつける物がこの剣にはあるらしい。なんだか繋がりが恐ろしいなと思いつつ、セバルトはついでだからとロムスの練習に付き合い時を過ごした。
剣を見に行って帰ったあと、セバルトは家へと戻った。
程なくして、玄関を叩く柔らかい音がする。
「来たぞ、セバルトよ」
「ようこそ、ブランカ」
来たのは神獣ブランカ。
今日は、以前やっていた、図鑑作りの続きをすることになっていた。
ブランカが玄関に近い位置に腰を下ろしたので、セバルトは、紙とペンを用意し、記述する準備をしてその前に座った。
「シーウーの魔物などについて、記録しましょう、今日は」
「ふむ。シーウーか。うまかったぞ、シーウーの甘芋羊羹は。また行きたいものだ」
「あれは美味しかった。エイリアでも生産してくれないでしょうか」
「そうだな、その方がいつでも食えるではないか。作り方を教えてもらうか。拒否したらこっそり」
「いや、泥棒じゃないですか」
「冗談だ。それくらい悟らなければだめだぞ、セバルトよ」
目が真剣だったんですけど、と思いつつ、セバルトは記録を始めた。
この前のシーウー遠征で蘇った記憶をブランカに話してもらう。魔物のことも、いくらか思い出したということだった。
ホイールマウス、ダークボア、アルラウネ、ロトンイール……色々な魔物について、結構な数をブランカは知っていた。
その中にはセバルトも知らない、見たことも聞いたこともない魔物もいた。
「ブランカはたくさんいたと言っているのに、僕らは全然知らないものもいますね。絶滅してしまった魔物もいるようですね」
「絶滅か。魔物も滅びるのだな」
ブランカはため息をつくように言った。自分と重ねているのかもしれないとセバルトは思う。
(しかし、いつまでも気にしていてもしかたない。クヨクヨ考えるより、今を謳歌した方が有意義だ。と俺の経験上思うんだよな)
「ブランカ、あまり気に病んでもしかたないですよ。ないものはないし、それより新しい世の中でどうするか考えた方が生産的です」
「……お前は、関係ないから言えるのだ。思い出した記憶に現れるものは、もういない。その虚しさがわかるか?」
ブランカは、じっとセバルトの目を見てゆっくりと言った。
その時、セバルトはブランカの抱えてる葛藤に気付いた。
「……すいません、急かすようなことを」
「たしかに我は記憶を取り戻したいと言ったが、しかし、いや、だが」
自分の中でも考えがまとまっていないように、ブランカは首を振る。そして、セバルトを睨み付けるように上目遣いに見上げた。
「取り戻すしかないのだ。何か嫌なことを思い出すかもしれない、その思いが何より不快だ。それに、自分の記憶に怯えるなど、我の矜恃が許さぬ」
「無理しなくていいんですよ。それに、気を張らなくても。僕は、力になりますから」
セバルトが言ったのは、もちろん、自分と似た境遇だからということが大きい。
過去から未来に一人で来てしまったようなものだ、ブランカも。だからこそ、自分と同じように気にしすぎず生きろと言ったし、気になるなら励ましたいとも思う、どちらも本心だ。
「いい。我はそんなに脆弱ではない」
「別にそういうことを言ってるわけじゃ」
「よい」
あくまで神獣としての威厳を持って落ち着いて振る舞うブランカにセバルトも取り付くしまがない。
「今日は終わりにするぞ」
ブランカは、そう言って、セバルトの家から出て行く。
セバルトも引き留めることはできなかったが、一言だけ、言葉を後ろ姿に向かって投げかけた。
「ブランカさん、寺院の蔵書に、過去のことが色々あるんです。そこで、何か見つかるかもしれない。もし気になるなら、いつでも――」
セバルトが言う間もブランカは足を止めず、家から離れていく。
だが、一言だけ、最後に言った。
「覚えておく」
そしてブランカは去って行った。
(なかなか、難しいな。どうするのが正解なのか)
揺れる白い尾を眺めながら、セバルトは考える――。