寺院図書館
エイリアに戻ってきたセバルトは、これまで通り家庭教師の授業を行ったり、家庭菜園の雑草をむしったりして過ごしていた。
そんな風に過ごして一週間ほど経った頃、セバルトは寺院へと向かっていた。
「ん、セバルトくん。久しぶり」
寺院にはちょうど群青色の髪の巫女、ネイがいた。
「お久しぶりです、ネイさん。ちょっと頼みがあって来たんですけど――」
「セバルトくんの頼みならなんでも。なに?」
「寺院の蔵書を読ませて欲しいんです」
「蔵書? いいけど、何か調べたいことでもあるの」
セバルトは、事情を話す。
ブランカは神獣と呼ばれていて、古代にはシーウーのあたりで、人々から崇められたりしていたようだ。
寺院はもちろん、精霊を崇める施設だ。それならば、精霊信仰が広まる以前に、同じように人々から崇拝され、信仰の対象となっていたものごとについての資料も、参考資料としてあるかもしれない。
そういった古い時代のものについて一番残っているのは寺院だろうと予測し、ここなら何かブランカについてのことがあるかもしれないと思って、やってきたのだった。
「なるほど、白狐の神様」
セバルトから話を聞いたネイは、頭の中にその姿を思い浮かべながら頷く。ネイ自体はその存在を知らないが、そういうものがいてもおかしくないと思いはしていた。
「ボクは知らないけど、資料にはあるかもしれない。結構いろんな資料があるから。一度も目を通したことないものもたくさん」
「ネイさんはあまり読まないのですか?」
「ボクだけじゃなく、誰も読んでない資料がたくさんあると思う。考えてみるともったいないね。読むチャンスかも」
ネイに案内され、セバルトは寺院の奥の資料室へと行った。寺院長に許可をとって鍵をもらってから、資料室の扉を開ける。
「おお……なかなか壮観ですね」
5m四方ほどの部屋には、びっしりと本棚が並べられ、所狭しと色々な書物が置いてあった。
ハードカバーの本や、紙を束ねただけのもの、巻物、石板、などなど形態も作られた時代も様々だ。
しばし本棚の間を縫うように歩きながらその眺めを味わっていたセバルトは、不意に真顔になる。
「これ調べるの、もの凄く大変そうです」
「うん。どれだけかかるんだろうね。とりあえず、読んでみよ」
セバルトとネイは、片端から書物を調べはじめた。
題目を見て、関係ありそうな物を選び、中を読んでいく。
『古代の信仰』『精霊以前』のようなわかりやすいものもあれば、『エイリア史』『ネウシシトー観光ガイド』のような、関係なさそうな、でも少しだけ何かありそうな雰囲気のするものまで、幅広く読んでいく。
「あまり寺院の活動と関係なさそうなものも結構あるんですね」
「古い物を集めておくのも、役割だからね」
セバルトはなるほどと頷いた。
昔からずっとあり、色々なものを収集しておける場所というのはそうそうない。大きな図書館や博物館のようなものもここにはないし、必然エイリアの古いものを集める役割は、寺院のような場所が担うことになるということだった。
「しかし……見つかりましたか?」
ネイは首を横に振る。セバルトも同様だった。
しばらく探したが、神獣に関する記述は見つからない。
結局、その日一日探したが収獲はなく、また明日探すということにして、その日は切り上げた。
翌日は、朝からセバルトは寺院にやって来ていた。
ネイと一緒に書棚をあさる。
「なんだか、精霊寺院の巫女に、精霊じゃない信仰のことを調べるのを協力してもらうのも申し訳ないですね」
「気にしなくていい。精霊はおおらかだから、別の信仰を拒絶しない。実際に見たウォフタート様も、そういう風に見えた」
「たしかに……」
セバルトは、以前呼び出したウォフタートの姿を思い浮かべる。あの老爺は、気にするタイプではないだろう。
むしろ面白がってブランカに話しかけそうな老人だ。
(そういえば、あの時の封印の剣はどうなったかな。また後でちょっと見に行ってみようか)
セバルトが考えているのは、マナのバランスをとるため大地に突き刺した聖剣スノードロップ。
抜いたりはしないが、長年ともに戦って来た相棒の様子をちょっと見に行ってやりたい気分になっていた。
「それにしても、すいません。二日も付き合わせてしまって」
「なにが?」
ネイが、開いた本を手にしたまま首を傾げる。
「資料探しですよ。寺院の仕事もあるでしょうに」
ネイは気付かなかったというようなとぼけた顔で頷く。
「そういうこと。全然気にしてないから気付かなかった」
「そうなんですか? それならありがたいですけど。いいんですか?」
「いいよ。だって、セバルトくんの頼みだから」
「火の印の暴走のことなら、もう借りは返してもらいましたよ」
セバルトは言うが、ネイは首を振る。
そして、セバルトの元へ歩み寄ってきた。
「借りとかじゃないよ。ボクがやりたいからやってる。セバルトくんの力になりたいから。それに、一緒にいられるし」
ネイは、いつも彼女がやっているように、じっとセバルトを見つめる。
「そうなんですか。それは、ありがたいですね」
全く逸らさない視線で放たれた台詞に、思わず目線をずらしてしまう。珍しく、少しばかり不満げな表情をネイがしたとセバルトが思った。
――その時。
「あっ!」
「どうしたの、セバルトくん」
「このタイトルは!」
セバルトが手を伸ばしたところにあったのは、『神託の獣』という書物だった。セバルトとネイ、二人の視線がその書物に向く。
「これ、ぴったり」
「はい。まさにこれしかないっていう直接的なタイトルですね」
「読むしかないよね」
「ええ。ちょっと速読していきます!」
ネイが近くに似たような本がないか探す中、セバルトは立ったまま、急いでページをめくっていった。
そして、時間が経ち、本を閉じる。
「どうだった?」
天井を仰ぐセバルトに、ネイが尋ねる。
「面白いことは載っていましたが、しかしブランカのことは書いてありませんでした。残念ながら」
その本に書いてあったのは、たしかに神獣のことだった。
神獣とは、古代、精霊信仰が広まる前、ネウシシトーという国家が今の安定した形になる前に、各地の部族の間で信仰を集めていた獣のことだという。
魔物の一種ともいわれているが、邪悪ではなく、高い能力と知恵を持ち、崇める人々に対し、その力や知恵で恵みを与えていたという。
イングラスという大亀、ママ・ルシアという巨大な鴉、クラトという古狼、などが神獣の例として掲載されていた。
それぞれ異なった地域で、人とともに生きていたらしいが、人間が力をつけ数を増やし町をつくり自然から離れるにつれて、いつの間にか人の側を離れていったという。そして今ではほとんど忘れ去られている。
「たしかに、ブランカと同じような存在らしい」
ブランカも古代に人々に祀られていたと言っていた。ブランカがどういう存在かはわかった。
しかしその本にはブランカのことは載っておらず、どういういきさつで封印されていたのか、記憶はどこにいったのか、などはわからない。
「それでも、結構な成果ですけどね」
情報がほとんどなかった神獣についてある程度のことがわかった。それになにより、記録が残されているということがわかった。
つまり、もっと調べればさらにわかるという希望が出てきたことが大きい。
セバルトは、新たな手がかりを求め、別の書を手に取る。