実力行使
セバルト達の表情に緊張が走る。
スタンスは、お面のように張り付いた笑みで、口を開いた。
「あなた達が絡んでいたのですね。ますます畑が元気になっています」
「……ええ、そうです。なので、スタンスさんが言っていた商品はもう必要ないと思いますよ。あなたには残念な結果かもしれませんけれど」
セバルトが間を取って言うと、スタンスもまたゆっくりと首を振った。
「いえいえ、そんなことはありません。メブノーレ様がご満足する結果になったのですから、喜ばしいことです」
よく言うよ、という視線をメブノーレ夫妻が送るが、スタンスは関せずで話を続ける。
「もちろん、私どもがご協力できなかったことは残念ではありますが。お客様の利益が第一ですから」
どう考えても、儲けるチャンスをふいにして残念か腹が立っているだろうに、そんなことを臭わせない流ちょうな話しぶりに、さすがプロだと変な所でセバルトは感心してしまう。
するとスタンスは、ここからが本題だというように、立ち位置をなおした。
「そこで、お聞きしたいことがあるのです。……どうやったのですか?」
スタンスはじっとセバルトの目を見つめた。
「どうとは、畑をこの状態にしたということですか?」
「はい。どんな草も生えないのをウリにしているのが、我々の扱っている魔法薬です。それなのに、こんなに生き生きと草が生えている。ということは、我々の商品が不完全であったのかと心配になってしまいまして」
スタンスは胸に手を当て、畑に体をむける。
セバルトは、言葉の中から本心を注意深く仕分ける。
「すりつぶして干した魚を肥料に使ったんです。即効性があって、有効なんですよ」
「そうなのですか。勉強になります。して、よく育つ方ではなく、そもそも育つようになった原因はどういったものでしょうか」
「残念ながら、それは、企業秘密です」
スタンスは笑顔のまま、十数秒動きを止める。
そして、二、三回頷いた。
「そうですか、それは残念です。参考にできればと思ったのですが」
「どうも申し訳ありません」
「いえいえ、ですが、今度会ってお話させていただけませんか? 企業秘密とは別に、色々なことをご存じのようなので、勉強させていただきたいのです」
「約束はできません。色々やるべきことがあるので」
「……それは、残念です。残念ですが、お気になさらず。こちらの都合ですから。それでは、失礼します。問題が解決したこと、お祝い申し上げます」
スタンスは深々と頭を下げると、去って行った。
残ったセバルト達は、スタンスの姿が見えなくなると、顔を見合わせる。
「見たか? 笑顔を繕ってたけど、悔しそうだったぜ」
「ええ。見たわあなた。ちょっと声が震えてた、いい気分!」
メブノーレ夫妻が盛り上がっている。
結構いい性格だ。鬱憤が溜まっていたのだろうなと思うセバルトだった。
「私たちに話が聞きたいなんて、熱心ね。ちょっと嫌な方向にだけど」
メリエが言うと、ブランカが頷く。
「我の力を知りたいということだな。しかし、教えたらそれを逆手に取ったり利用して、困らせてくるかもしれぬな」
「ええ。その通りです。だから、伏しておきました。また何かされては困りますからね。お二人も」
セバルトが喜び合っているメブノーレ夫妻に声をかける。
「今度からは、美味しい話があっても飛びつかないよう気をつけてくださいね。自分が儲けようと思ってる人がほとんどなんですから」
「はい。もう嫌というほどわかりました。しっかり調べるなりなんなりしなければだめだと。今後は気をつけます」
「子供も安心して育てることができます。本当に、あなた方のおかげです」
恥ずかしそうに頭をかいていた夫婦だったが、子供のことを思って安心したのか、目に涙を浮かべ、深々と夫妻そろって頭を下げた。
「本当にありがとうございました、皆さん」
その日の夜のことだった。
先日作った手作り風呂を味わったセバルトは、火照った体に当たる夜風に気持ちよく吹かれながら、町外れから宿へ戻ろうとしていた。
隣ではブランカも歩いている。
風呂の話を聞きつけてからというもの、ブランカも結構好んで入っていた。狐もお湯は好きらしい。
「ちょっと待ちな」
夜の空気を伝わって、声が聞こえてきた。
振り返った二人の前にいたのは、
「先日の――」
「ふふ、また会ったね」
「また会ったなあ」
そこいにたのは、ブランカがまだ力を取り戻さず小さかった時に、珍しいからと捕らえようとした荒くれども男女三人組だった。
セバルトは胡乱な視線を投げかける。
「あなた達、解放されたんですか」
「ああ。たっぷりと罰金を支払ってなんとかな」
「本当にそうです」
その言葉とともに、荒くれの後ろから、スタンスが現れた。
セバルトは目を丸くする。
「色々仕事を彼らには頼んでいるのですが、へまをやらかしたみたいで、お金がかかりましたよ。商会の評判があるので、大事にはなりませんでしたが」
「汝が仕掛けていたのか!」
「誤解なさらないでください。あれはこの者達が儲けようとはやったためのことで、私は関与していません」
「色々な仕事ね」
あまり感心しない仕事を頼んでいるのだろうとセバルトは思った。
そして、そんな連中を連れて夜に来ているということは、今現れたのも感心しないことのためだろうと。
「それで、どういうことを?」
「昼間お話ししたことをもう一度お願いに来ました。どうやって、畑を元に戻したのかを」
ブランカが目を細めて頷いた。
「余計なことをするな、商売あがったりだ、ということか」
「いえいえ、商売に利用することを今は考えています。むしろね」
ちらりと、スタンスが一緒にいる荒くれに視線を向けると、前に出てきた。
「この前の礼をしたいと思ってたんだ。ちょうどいい」
男が、短く発光する棒を持って前に出てくる。
「素直に答えてくれるなよ?」
「おい、君達」
スタンスが短くいうと、それを合図にしたように、
「俺たちの好きなようにするぜ!」
と三人組の一人がいう。
「やれやれ、止めたのですが……武器を手に凄まれては仕方ありませんね」
アリバイを作るような上っ面のやりとりをすると、スタンスは後ろに下がっていき、かわりに三人組が前に出てきた。
セバルトはブランカと目を見合わせた。
ブランカも呆れたように、欠伸をするように大口を開ける。
結局、余計なことをするな、さもなくば俺たちにも秘密を教えろということらしい。
「ふふ、この前とは違うわよ。今回は、これがあるから」
三人組の女が、他の二人も持っている光る棒を掌に得意げに叩き付ける。
「ブエノ商会の最新モデルの魔道具。この威力、見せてあげる」
そしてぶんとセバルト達に向かって振るうと、棒の先端から光の球が飛び出した。それはセバルト達の横を通り抜け、地面にぶつかり石や砂を跳ねさせ拳くらいの凹みを作る。
「ふふふ、反応すらできないみたいね。心配しなくても、口がきけるくらいで勘弁してあげるから。喋ってもらわないと困るしね。ほら、やるよ!」
「おう!」
三人が構える。
そして光弾を再び放つ。
今度はセバルト達に命中する軌道で放たれたそれを、セバルトとブランカは、横に軽く跳んでこともなげにかわした。
「な!? なんで!?」
「反応できなかったんじゃなくて、当たらない軌道だから避けなかっただけですよ。そんなに大ぶりで悠長に予備動作をしていたら、光の球がでる前から飛んでくる位置がわかります」
三人組が目を丸くする。
この程度なら、力が抑えられているとか関係なく、避けることができる。技術は変わっていないのだから。
わかっていてもどうしようもないレベルには、目の前の者達は到達していない。
指摘された三人組は、今度は小さな振りで光の弾を出そうとするが――しかし何もでなかった。
「あ、あれ?」
「俺のもでないぞ!」
「壊れたのか!?」
慌てる三人を、得意げに眺めるブランカの顔があった。
セバルトは理解した。マナを『食べた』な、と。
「道具がよくても、使いかたが悪ければ意味がありませんね。何の変哲もない剣だって、力をきっちり使うと業物以上になりますが、つまりはその逆もまたしかりです」
「そうだ。汝らはあまりに遅い。欠伸が出るほどにな!」
いうと同時に、ブランカが荒くれの一人に跳びかかった。
薄緑色の光を帯びた尻尾でサマーソルトを決めると、硬い棒で殴られたみたいに、女が吹っ飛ぶ。
さらに隣の男にも肉球でパンチをしかけると、体を折り曲げて倒れ込んだ。
セバルトは落とした棒を拾い、マナをまとわせて、最後に残った男のみぞおちを突く。
「ほら、マジックアイテムとして使わなくても、ちゃんと使えば十分強い」
だが、地面に倒れた男には聞こえていないようだ。
セバルトとブランカは首を振り、後ろに下がっていたスタンスに目をむける。
――ついに、その顔から笑顔が消えていた。
「実力行使をすると、損をするのはそっちですよ。僕の一番の得意分野ですから」
「くっ……」
「わかったら手を引くことです。あなたにとっては、受け持っている仕事の一部でしょう。ムキにならなくてもいいはずだ」
スタンスは初めて悔しげな顔を見せたが、頭の中で一瞬で計算をしたか、「わかりました。もう手は引きましょう」と後ろに下がっていった。
「待て!」
「え? ごはぁっ!」
ブランカが放り投げた棒がのど元にあたり、スタンスはうずくまり咳き込む。
涙を流しながら、苦しそうに息を漏らしていく。
「忘れ物だ。それと、こやつらを持っていけ。責任を持ってな。賢しらなつもりの世間知らずよ」
「くっ……! くそぉ……」
ブランカの蔑むような言い方に悪態をつくが、スタンスは長年染みついた計算高い性格故に、激高して襲いかかることもできない。
自分が痛い目にあうとわかっている勝負は挑めず、ブランカのいいなりになるという屈辱を受けるがままに受けていた。
負けを認めるしかなかった。
「これにこりたら、妙なことはしないことですね」
セバルトとブランカから睨まれたスタンスは、連れてきた三人組に化けの皮がはがれたように当たり散らしながら、逃げるように立ち去っていくしかなかった。
それを見届け、セバルトとブランカも呆れつつ宿へと戻って行ったのだった。