表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/124

肥料を作るには――川だ。


 風呂を作ってから少し後、セバルトは畑の様子を見に行った。

 そろそろ、良い感じに植物が成長している頃だろう。

 そう考えつつ、芋畑に向かう。


「……あれ? あんまり育ってませんね」


 だが、予想に反して畑ではあまり芋は成長していなかった。雑草もたいして無いし、ほんのり芽が出てるくらいである。


 どうしたのかと、一緒に畑に向かったザーラ達と首を捻っていると、作業をしていたメブノーレ夫人がセバルト達に気付きやって来た。


「ああ、見ての通り本当に生えるようになったよ。ありがとう。あの商人が一度来たんだけど、畑に草が生えているのを見てたまげてた。傑作だったよ、あの顔は。あんた達にも見せてやりたかったね」

「あはは、見られなくて残念です。……でも、植物が生えてはいるけど、あまり成長していないようですが……」


 夫人の顔が曇る。

 やはり問題が発生しているらしい。


「邪魔してた奴はなくなったんだけど、土の栄養もなくなってたみたいなんだ。前に育てた時に使い尽くしたみたいで。肥料も撒いたんだがパワー不足だね。まあ、じっくりやるしかないよ。やれないことはないしさ」

「なるほど、肥料ですか。状態によっては、効果もすぐには出ませんしね」


 ザーラが相づちを打つ。

 たしかに、肥料を使えばなんでもすぐにめきめき育つというわけでもない、とセバルトも頷いた。


「何を使っているんですか?」

「アカレンゲの草だよ。でも十分な量もないし……畑の異常をどうにかすることに躍起になってたからね」

「それはたしかに大変ですね。速効性がある方ではないですし、相当な量の草を集めなきゃならないですし」


 アカレンゲは昔から使われている肥料になる草で、有効ではあるが、必要な草の量が多いので、作るのが大変で、効果もゆっくりとしたものになる。

 その分、土に与える負担は少ないと言われているが、今はもっとパワーのあるものが欲しい状況ということだった。


「何か別の肥料とかないの、先生」

「僕に聞かれても、農業の先生というわけではないですし……」


 と返事をしている最中、はっと頭に浮かんだものがあった。

 

「魚……旅の最中、地霊達から聞いたことがあります。最も速効性のある肥料として、彼らは魚の脂を利用していると」

「魚? 魚が使えるのか?」

「ええ。このあたりは森が豊富なので植物由来の肥料を使うことが多いのだと思いますが、魚も使えるのです。しかも、即効性が高い。脂ののった小魚が一番いいらしいです」


 夫人は驚いた顔をしたが、直後に難しい表情に戻る。


「でもこのあたりじゃそんなに魚が捕れるところが思い浮かばないねえ。海の側ってわけでもないし」


 たしかに、草より調達が難しいだろうから、あまり解決にはならないかとセバルトは思い直す。


「おい、セバルトよ。何か無いのか、魚を捕る方法」


 と、言ったのはブランカだった。

 かなり必死な感じの早口で言う。


「無いのかと言われても、いないものを捕る方法はさすがに」

「探す方法はないのか?」

「そう言われても」


 海沿いにでもいけば色々あるだろうけど、この辺にそんなものがあったかどうか、とセバルトは記憶をたどるが思い浮かばない。


 まあ、何かあったらまた相談しましょう、と夫人は言って、作業に戻っていった。

 しばらくその場で考え込むようなセバルト達だったが、直後、ザーラが手を叩いた。


「思い出しました!」


 何を、というセバルト達の注目がザーラに集まる。


「皆さんに合流する前に、遺跡をはじめとしてシーウーの周囲の調査を行っていましたが、その際に、洞窟の中を流れる川がありました」

「本当か!? して魚は!?」


 ブランカが尻尾を立てて食いつく。


「かなりいました。人に知られていないからか、たくさん小魚が。ひょっとしてあれは使えるかもしれません」

「おお! ――セバルト!」


 ブランカが今度はザーラからセバルトに跳びかかってくる。

 セバルトは、向かってくるブランカを引き離しながら言う。


「ですが、そこまで僕らがやる必要があるのかという気もします。身も蓋もないことを言うと、他人の畑ですし」

「なんという薄情な! 人の心がないのか!」

「ブランカは芋が食べたいだけですよね?」

「それはない……ことはないが……そういうことではない!」

「じゃあ、どういうことですか?」

「それはだな、その……そう、甘芋が育てば記憶が戻る気がするのに! 肥料さえあれば記憶がー、魔物図鑑の完成がー」


 ブランカが肉球で頭を抑えて棒読みで言った。

 芋羊羹食べたすぎではないかと思うセバルトだが、まあ、せっかく来たのに食べられないのはたしかにセバルトも面白くないところである。


「まあ、そうですね。行きましょうか。地底の川を観光するのも悪くありませんし」

「おお! さすがセバルト! 汝はやる男だと思っていたぞ!」


 ぴょんと飛び跳ねるブランカ。

 わかりやすすぎる神獣だ、と思いつつセバルト達はザーラの案内で洞窟へと向かっていく。




「こんなところに洞窟が」

「はい。このあたりは、森の中に地下への入り口が実はかなりあるんです」


 空気の流れる音が響く洞窟を、セバルト達四人は下っていた。

 広い森の中に、落ち葉に埋もれた地下への入り口があり、そこから進んできてのだ。


「遺跡の中も洞窟のようになっていたな」


 ブランカが、ひたひたと歩きながら、周囲をうかがう。

 ブランカの言うとおり、先日行った遺跡の奥から通じていた洞窟と似ている。


「この辺り一帯に、地下空洞が広がっているのかもしれませんね。洞窟もたくさんありますし」


 ザーラに先導され、しばらく進んで行くと、やがて風の音に混じって水の音が聞こえて来た。

 足を早めて進んで行くと、地下を流れる川があらわれ、川沿いに進んで行くと、地底湖が姿をあらわした。


「おお~思ったより大きい。釣りするのも楽しそうね」


 湖のへりに駆けていったメリエが、水中をのぞき込む。

 と、直後に嬉しそうな声を反響させた。


「凄い、たくさんいるよ! 手のひらサイズくらいの魚が数え切れないくらい!」


 セバルトも小走りでメリエの隣に向かい、湖を覗くと、そこには大量の魚がいた。こんな地底の湖とは思えない、まるで海のように、玉のような群れを作って泳いでいる。


「思った以上にたくさんいますね」

「ええ。私も最初見た時はびっくりしました。それじゃあ、捕りましょうか」


 持ってきた網を各自手に持つ。ブランカは器用に口にくわえる。

 そして、一心不乱に魚を捕りまくるのだった。




「メブノーレさん、これ、使ってください」


 翌日、セバルト達は魚の肥料をメブノーレ夫妻に与えた。

 とってきた小魚を――ちょうどよく風呂のために作っていたかまどがあったので――それを利用して大量に茹で、茹でた魚を押しつぶし、圧力をかけてぎゅっと水分油分を搾ってかため、自然で干すよりも早くできるように風魔法を使って乾燥させたものを、細かく砕いて粉状にした。


 こうすることで、効率のいい肥料が完成。

 さらに、茹でた魚を搾った時にでた油も活用出来る。まさに一石二鳥である。


 今日は夫婦揃っていたメブノーレ夫妻は、肥料を渡されると物珍しそうに見ていた。


「これが、魚の肥料か」

「言われてみると、養分がありそうな気がしてくるよ」


 結構適当にノリで言っているなと思うセバルトであった。

 見ても養分があるかどうかわからないだろう。絶対。


「それを畑にまいて試してみてください。しばらくすれば、効果があると思います」

「ああ。他に手はないんだ。それにあんたらにはすでに助けてもらった。信じて賭けさせてもらう」


 そして、夫婦はその肥料を使用した。




 それから、数日後。


 セバルトが泊まっている宿に、メブノーレ家の夫がやってきた。


「すげえよ! 本当にぐんぐん育ちやがる! 見てくれ!」


 気がはやった様子の夫に連れられセバルト達が畑へ向かうと、そこでは、先日とは別の光景が広がっていた。


「おお! すっごい緑になってる!」


 メリエが喜びの声を上げた通り、畑は一面葉に覆われて緑色になっていた。思った以上の効果に、セバルトも驚きつつその様子を眺めていると、メブノーレの妻もやって来て、帽子を脱いだ。


「あんたらのおかげで、助かったよ。これなら、何も問題なく収穫できそうだ。しっかり世話して、最高にうまい芋をたくさん作るよ」


 心配事が全てなくなったような、晴れ晴れとした表情だった。

 ブランカも高い声で言う。


「うむ。精進するがよい。そして、できあがったら我に食わせるのだ」

「もちろんよ、狐様。……実は、今すぐにも食べさせてあげられるんだけど」

「なにっ!?」


 予想外の台詞に、ブランカが尻尾をピンと立てる。

 笑いながら、メブノーレの妻は続ける。


「いくらか、とってある芋があるんだ。町の祭りなんかでも芋を使うから、畑があんな状態でこれから採れるかわからないから、一切手をつけないつもりだったけど、目処が立ったから、ちょっとくらいなら使っても大丈夫さ。ねえ、あんた」

「ああ。むしろ食ってもらわなきゃ帰せねえ」


 夫婦はそろって頷く。

 ブランカの目が輝いた。


「なんと! 今すぐに食えるというのか! ふふふ、やったなセバルト、嬉しいであろう!」

「うれしがってるのは、ブランカだと思います」


 セバルトが答えると、笑いが起きた。


(色々長い道のりだったけど、ようやく食べることができそうだ。シーウーに来た目的も果たせる……あれ? 違うような? まあ、いいか)


 とりあえず食べてから他のことは考えようと、セバルトをはじめ皆が思っていた。


「これでは、困りますね」


 その瞬間、不意に冷たい声が笑い声を遮った。

 声の主に振り返るセバルト達。


「お久しぶりですね、皆さん」


 そこにいたのは、畑を殺す切っ掛けを作った商人、スタンスだった。


1月10日にカドカワBOOKS様から、本作『お忍びスローライフを送りたい元英雄、家庭教師はじめました』が書籍化しますが、特典情報が出そろいました。また、カバーイラストができあがりましたので、書影を紹介させていただきます。


挿絵(By みてみん)


→のセバルト格好いいです。他の皆かわいいです。

書き込まれている物も雰囲気出てて、表紙見ているだけでテンション上がります!


イラストを描いてくださった岡谷様に負けないよう私も加筆修正して新エピソードなど頑張りましたので、よろしければ書籍も手にとって楽しんでいただければ嬉しいです。

また、特典情報についてお知りになりたい方は、活動報告かカドカワBOOKSの公式Webサイトに詳細が書いてありますので、よろしければそちらをご覧ください。公式サイトには他の画像もあります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作【追放されたからソロでダンジョンに潜ったら『ダンジョン所有権』を手に入れました】を書き始めました。 ダンジョンにあるものを自分の所有物にできる能力を手に入れた主人公が、とてつもないアイテムを手に入れモンスターを仲間にし、歩んでいく物語です。 自分で言うのもなんですが、かなり面白いものが書けたと思っているので、是非一度読んでみてください!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ