新たなる授業、薪割りの極意
風呂を暖めるかまどを作るために必要な、かためた土のブロックはかなりできてきた。
そうとくれば、次にやるべきことは薪の確保だ。かまどがあっても、燃やす物がなければ意味はない。
作ったかまどを泥で塗り固めていく残りの作業をザーラがやっている間に、セバルトは薪集めを手伝いに行くことにした。
「ふんっ! はぁっ!」
「精が出てますね」
セバルトが声をかけたのは、カコーンといい音を立てて、斧を木の幹に突き立てているメリエだった。
「あたしもお風呂入りたいからね。頑張って薪を集めまくるよ」
力こぶを作って見せるメリエに、セバルトは頼もしいと頷く。
風呂を作ろうという話になったとき、メリエもそれに乗ってきたのだ。そこで、シーウーの周囲に広がる森で、薪を集めてもらうことにしたのだが。
「でもこれが結構難しいよ。木こりはやったことないんだよねえ。斧も普段扱わないし。剣とかノコギリくらいのものでさ」
「力はあっても、扱い慣れてないとやりにくいですか」
「そりゃまあね。うまくやらないと鈍器みたいなものだし」
「……というか、この斧が刃こぼれしてますね。元々鈍器みたいなものだったのかもしれません」
シーウーで中古の道具を格安で買って間に合わせたのだが、やっぱり安かろう悪かろう、作業能率は落ちてしまうということだ。
(薪は何度も風呂に入ることを思えばたくさん欲しいし、もっと効率的に素早くたくさん木を切っていきたい。斧よりいっそ剣を使った方が……剣?)
セバルトは、はっとしたように手を叩いた。
「メリエさん、授業を始めましょう」
「……はい?」
「今こそ、新たな技術を身につけるときです!」
メリエは、愛用の剣を抜き、正眼に構えている。
正面に立ったセバルトが口を開いた。
「今回は、応用編です。体内マナを利用して、自分自身の膂力を大幅に増すことは、すでにやっていますよね」
「ええ。最初は難しかったけど、結構できるようになったわ」
「実はあれは、自分の肉体を越えてできるのです。たとえば、愛用している剣にも」
セバルトはメリエの剣を指さした。
メリエが目を丸くして尋ねる。
「剣が強くなるってこと?」
「ええ。マナが強化するのは、人体だけではないということです。いわゆる名刀や伝説の防具と呼ばれる物はマナを利用して魔法的な強化をしていることが多いとは聞いたことがありますよね」
「ええ。それくらいは。英雄が使っていた装備も、普通とは違う強力な魔法が内蔵されていたんでしょう」
「つまり、マナでものを強化できるということです」
セバルトが断言すると、納得したようにメリエは頷いた。
マジックアイテムのように永続的な変化をさせるのは、特別な材料や魔法の手法が必要になるが、一時的に威力を強化するだけならば、肉体を強化するのと同じような要領でできる。
「それで、やり方は?」
「同じです。体を強化したのと同じ要領です。ただ、マナを操る場所が自分の体内ではないので難しいですが、やることは同じ。やってみてください」
メリエは頷くと、精神統一を始める。
目を閉じ、剣に意識を集中する。
しかし、強化は思うようにはできない。
「むぅ。なかなか難しいわね」
「コツとしては、剣を自分の腕だと思うことですね。腕が伸びた、爪が鋭くなった。そういう体の一部として扱う意識。そうすれば、体内マナのようなものでしょう?」
「なるほど、体の一部。体の一部」
そう言われたら、メリエはできる気がしていた。
剣は長い間、降り続けている。これを腕のように考え、扱うことだって、そう難しくないはずだ。
だとしたら、じっとしているよりは動かした方がいいかもしれない。
そう考え、腕を回したり、伸ばしたりと動かすような意識で剣を振っていきながら、一体化していく。
それをしばらくやると――。
「……っ! 今、いける気がする!」
「その感覚を忘れる前に、木を」
「うん。……はぁっ!」
太い木の幹にむけ、メリエは横一文字に剣を振り抜いた。
ゆっくりと、樹液が滲み、こすれる音とともに、幹がスライドしていく。そして、真っ二つになった大木が、地面に落ちた。
「できた! 一振りで木を切っちゃったよ」
「普通は斧でなんども打ち付けることですからね。下手をすれば剣が耐えられなくなる。それができたってことは、メリエさんの力と、剣と、ともに十分なものになっていたからです。立派な一刀でした」
セバルトが褒めると、メリエは顔をほころばせる。嬉しそうな顔で剣を構えると、さらにもう一振りして枝を払う。
「よーし、そんな風に言われたら、やるしかないわね。感覚を忘れないように、斬って斬って斬りまくるぞー!」
「そうですね。……でも、切り倒すだけじゃなく、薪にしてくださいね?」
しばらく切りまくり、必要な薪が揃う頃には、メリエはコツをすっかりつかんでいた。
もはや彼女の持つ剣は、ただの鉄の剣ではなく、高名な業物をも凌駕する剣だ。
(そんなものを薪のために使うのはどうかという話もあるけど。でも、生活を豊かにする剣といえば、むしろ格好いいかもしれないな)
セバルトとメリエは、山のような薪を持って、風呂の所へ運んでいった。
ザーラの方も仕事は終わったようで、かまどが完成していた。
「ぴったりですよ、お二人とも」
「やった! それじゃあ、早速お風呂に入れるのね」
「はい。その前に、火をおこして水を汲まなければなりませんけど。あと一息、頑張りましょう」
それから、セバルト達はてきぱきと動いた。
風呂釜を用意し、水で満たし、かまどに薪を入れて火をつけ、風呂釜の中の水を熱していく。
近くに木々はない、森の脇でやっているので、火については大丈夫だが、周りから見られやすいということも意味するので、ついたてを配置し、見えないようにする。
そして――。
「温かい。完成だよ!」
メリエがお湯に触って確かめ、ついに手作りの風呂は完成した。
「やりましたね、セバルトさん」
「ええ。試してみればできるものなんですね」
思ったよりもスムーズにできた、これなら自宅に設置するのもなんとかなりそうだ、とセバルトが皮算用をしていると。
「しかし、そうなると一つ問題がありますね」
ザーラが言った。
メリエも頷く。
そして、セバルトも理解した。
三人は同時に口を開く。
「入る順番を、決めよう」
「はぁ~極楽極楽~。労働の後のお風呂は最高ね~」
即席のくじを作って、順番を決めた第一位はメリエだった。
メリエは大きな樽のような形の風呂釜から顔だけを出して、至福の極みという顔をしている。
「お湯加減はいかがですか?」
「ちょうどいいよ~。なんだかエイリアの賢者にこんなことさせていいのかなあって感じ」
「入浴に貴賤はありませんよ」
そういう使いかたであってるのか? とセバルトが心の中で疑問に思っている間、メリエは鼻歌を上機嫌に歌い、水音をさせていた。
メリエが上がった後には、ザーラが入る。
ザーラもメリエと同じく幸せの極みのような顔をしている。風呂の癒やし効果はなぜこんなにも絶大なのだろうか?
そんなことを考えていると、ザーラが歌い出した。
鼻歌ではなく、声を出して。
「あなたは~どこに~いますか~♪」
(しかも、やっぱりあんまりうまくない!)
だが歌の上手さはともかくとして、とても満足げな顔だ。
思い切りよく歌っていると、なんとなく聞いている方も気分が良くなってくる。
「あれは、首都で流行という噂の歌!」
「知ってるんですか、メリエさん」
「二歳児から八十歳の長老まで歌ってるらしいわ」
「へえ。そんなに流行なのですか。なんでメリエさんが」
「そりゃあ女子の情報網よ」
なるほど、それは納得できる……のだろうか、と若干疑問に思うセバルトだった。
しばらくして、ザーラも上がり、ついにセバルトの順番が回ってきた。
「おまたせしました」
「ゆっくり入らせてもらいます」
肌を濡らした二人に言って、セバルトは自分が作った風呂へ向かう。
(風呂上がりの二人は、なかなか艶っぽい。これは風呂のいい副次作用だ、ラッキー)
そんな雑念を抱いていたセバルトだったが、温かい湯につかった瞬間、邪念は飛んでいった。
ほどよく動かした体から、温かいお湯が疲労を抜いていく。
エイリアにある浴場よりもずっと小さくて原始的で粗末なのに、それよりも何倍も気持ちのいい風呂だとセバルトは感じていた。
「どうですかー? セバルトさん」
「最高ですよ、最高です!」
「ですよね。歌ってもいいですよ。遠慮せず」
「いえ……それは遠慮します」
ちょっと残念そうなザーラだが、セバルトは歌わずのんびりお湯を堪能する。
自分達で作ることは、最高の入浴剤いなるのだなと、お湯を弄びながら、セバルトは思った。
「いやー、いいもの作ったね」
「ええ。今日はゆっくり休めそうです」
やがてセバルト達は、風呂から上がって後片付けをすると、連れたって宿へと戻っていく。
明日あたり、畑がどうなったか様子を見に行こうかと考えながら、火照った体を冷やす風の心地よさに浸っていた。