遺跡と記憶と力と
「ブランカも来たんだ」
「汝こそな。それに、我の封印をといた一人、ザーラもいるとは」
現れたブランカはザーラに視線をむける。
「お久しぶりです。ブランカさんも遺跡に興味が?」
「興味……というほどではない。珍しいものがあったので、観察してみようと入って来ただけだ」
「この辺を散歩していたんですか」
「元々、シーウーに我に関するものが何かありそうだと思って来たことは覚えているか?」
セバルトが頷く。
ザーラも便乗して頷いておく。
「そのために、シーウーの町中や近辺を探索していたのだ。その途中にこれを見つけた。変わったものだけに、何かあるのではないかと思った。そういうことだ」
「そういうことなのですか」
本当にこの遺跡に何かあれば万々歳だな、と思いながら、セバルトは周囲を見回す。
「でも、今のところ何もありませんね。それに……」
「はい。行き止まりです」
その通りだった。
ザーラの前には壁がある。
ここまで、行き止まりなどにたどり着きつつも、迷路のような通路を抜けてきて、ようやく一番奥まで来たかと思ったのだが、どん詰まりだ。
「道を間違えたのではないか?」
ブランカが言う。
「いいえ。私たちはもっと前からここの遺跡を調査していましたが、道はありません。それで、調査も行き詰まったのです」
ザーラが言う。
「なるほど、そういうことか。しかしこの壁は何か怪しいな」
「ええ。この紋様。単なる装飾とは思えないのですが……メッセージかなにか意味のあることなのではないかと思うのです」
突き当たりの壁には、はがれ掛けた塗装で、太陽と木々を模した風景、それを囲むように六角形が三つ。
それらを装飾する朱色の波打つ曲線。
何か曰くありげな壁画であるので、ザーラはここに遺跡の秘密があるのではないかと考えていた。
ブランカもやはり同じく考え、じっと壁画を眺める。
他の行き止まりには、このようなものはなかったから。
「うーん……」
「うーむ……」
だが、眺めても何も手がかりは得られない。
太陽の中心を押してみたり、曲線をなぞったりしてみても、特別な変化が起きる様子はない。
「わかります?」
「わからぬ。セバルトよ、汝は何か……セバルト?」
振り返ったブランカは眉間にしわを寄せた。
「なぜそんなに離れているのだ」
セバルトは、二人から離れて通路を引き返していた。
十数m離れたところで、天井や壁に視線を向けている。
「いえ……この辺が怪しいな~と思いまして」
「怪しい? そんな何もない通路がか? 怪しいのはこっちだと思うぞ」
「まあ、まあ、もう少し待って……おっ」
そのとき、セバルトがかがみ込んで触れた壁が、ガコリと音を立てて押し込まれた。何かの仕掛けが作動したような音がして、その周囲の壁全体が、ゆっくりと奥へとスライドしていき、新たな道が現れる。
「なんだと……!」
「わあ! 道が開けました!」
猛烈な勢いで、新たな道の元へ二人は歩いてくる。
暗がりの奥を覗きながら、セバルトへと振り返って首を往復させながら。
「なんでわかったんですか?」
「何があったのだ。怪しいのはどう考えても、あちらだったのに」
セバルトは足元を指さしながら言った。
「バックトラックですよ」
二人は声を合わせて首を傾げる。
「バックトラック?」
「ええ。ある種の動物は、捕食者の追跡を逃れるために、自分の足跡に重ねるようにしながら引き返し、横に大きく跳ぶということをします。獲物の足跡を追ってきた捕食者は、突然足跡が消えたように見えて混乱する」
「へえー。そんなことをするんですか。頭良いですね」
「ええ。これもそれに似たことがあるのでは、と思ったのです」
「それも旅で知ったのですか?」
「はい。食料確保のために、狩りをすることもありますから。獣の生態には嫌でも詳しくなります」
セバルトは、魔軍を滅ぼすための旅でこういった事例を身につけた。
慣れない内は、野ウサギに煮え湯を飲まされたりもしたが、今では遅れは取らない――はずだ。
「もちろん動物以外でもこのやり方は使えます。人間らしく、何かありそうな壁画を用意して、ミスディレクションに使ったのでしょう。何かを隠すときは、注意を引くものを脇に置いておくのが一番いいですから」
ほー、とヒゲを揺らしてブランカが感心する。
「なかなかやるな、セバルトよ。褒めてやろう」
「それはそれは、光栄です」
「ええ。物知りですね。これでもっと探険できます。ありがとうございます!」
ザーラもハイテンションにセバルトに礼を言う。
そして、敢然と新たな通路へ進んで行く。
ブランカもあとに続く。
「好きだねー二人とも。……さて、何があるか」
そしてセバルトも先に進んで行った。
どうやら、ここからが本番らしかった。
遺跡のこれまでの部分は、侵入者を惑わせるための、言わば関所のようなもので、セバルト達が足を踏み入れた隠し扉から、雰囲気ががらっとかわる。
そこは天然の洞窟に近いものだった。
おそらく、地下に構造物を作るに当たって、穴を一から掘るのは大変なので、元からあった洞窟を利用したのであろう。
石窟寺院のように、天然の洞窟や岩壁を利用した建造物があるが、これもそれと同様のものらしい。
作られた迷宮ではない、本当の洞窟の無秩序さもまた迷いやすい。
セバルト達は目印をつけながら、奥へと進んでいく。
「この洞窟、見覚えがあったりしますか?」
歩きながらセバルトが言う。
ブランカは首を横に振った。
「いや、ない。……いや、ある。……いや、どっちだ?」
「はっきりしませんねー」
「黙れ! わかっている!」
洞窟にブランカの大声が反響した。
いつものパターンなら、軽口を言い合うくらいのところでの、予想外の大きな反応に、セバルトは二の句をどう継ぐか口を止める。
「ああ……すいません。軽く言い過ぎました」
「記憶があやふやなことくらい我自身が一番わかっている! お前に言われるまでもなく! ……いや、違う。くっ」
ブランカはぶるぶると首を振った。
洞窟の天井から滴り落ちた水滴が、白い毛にはね返る。
「わかっている。当たっただけだ、みっともなかったな。忘れてくれ」
ブランカは浮かない表情で俯いた。
セバルトは気にするなと首を振る。
「この遺跡の影響、ですか。何かあるんですね」
「わかるか。そうだ、ここに入ってから、全身の毛が逆立つような、何とも言えない高揚感と不安感の混ざった感覚に襲われる。シーウーの他の場所とは違う、ずっと強い感覚が」
「ではやはり、ここに何かがある可能性が高いと」
「かもしれぬ。……うぐっ!」
その時、ブランカが眉間にしわを寄せた。
ぶるぶると首を振ると、歩いている先を見据える。
「これは――行くぞ!」
走り出すブランカ。
セバルトとザーラは慌てて後を追う。
しばらく道なりに走ると、ブランカが台座のような石の前にいた。
「ここだ」
ブランカが呟く。
セバルトとザーラは、耳を澄ませる。
「我はここに、封印されていた」
「ここに封印!? この遺跡が?」
「うむ。思い出した。といっても断片的な記憶だが――見ろ」
ブランカが示したのは、台座の上の小さな欠片。
赤色に輝く宝石が色あせた光を放っている。
「これが、我の頭の奥を刺激してきたのだ。そして、一部だが記憶が戻った。我は――どういう理由でかはわからないが、ここにしばらくいた。と思う」
「じゃあ、なんで魔法学校に?」
「それはわからぬ。封印されていたのだからな。遺跡を荒らした者がいたというところだろう。ただ、やはりここに来たのは正解だったな」
ブランカは喉を鳴らすようにして目を細めた。
見えない何かを飲込んでいるような、その格好をしばらくすると、くるりと勢いよく体を百八十度回転させる。
「くくく……わかったぞ、セバルトよ、ザーラよ」
「え……まさか、わかったんですか!」
口角を高く持ち上げたブランカの自信ありげな顔に、セバルトとザーラは色めき立つ。
「うむ。甘芋畑を復活させる方法がわかったぞ! これで羊羹を食べられる!」
(……そっち?)
「早く来るのだ、セバルトよ!」
急かすのはブランカ。
ついていくのはセバルトとザーラ。
遺跡の探索は一旦切り上げた。
羊羹のため……だけではもちろんない。単純にもう遅い時間になっていたからということが一番の理由だ。
遺跡は逃げないのだから、また明日探索すればいい。
そういうわけで、月明かりの下、白狐と人間が走っていた。
「メブノーレよ! 良い知らせだ! 先日来たブランカだ!」
ブランカが肉球で甘芋農家の家の扉を叩く。
ややあって、メブノーレ夫妻が姿を見せた。
「どうかしたんですか?」
「畑の問題を解決する方法に思い当たったぞ!」
瞬間、夫妻の顔色が変わる。
「本当ですか!?」
「どうやって!?」
「ふふふ、我に任せておけ。畑に行くぞ!」
ブランカは踵を返して丸裸の畑へと向かう――のを、セバルトが止めた。
「ちょっと待ってください。もう日も暮れてますし、メブノーレさん達もこんな急に言われても困りま――」
「困りません!」
「なおるというなら、やるしかありませんよ! さあブランカ様、お願いします!」
恭しく頭を下げる夫妻に、ブランカは満足げにヒゲを動かす。
(様付けになってるとは、単純すぎないか? まだ本当にできるかどうかもわからないのに)
ザーラに目を向けると、同じことを考えていたらしく、これからうまくいくのかなあと心配そうにはしゃぐ三人を見つめている。
「行きましょうか?」
「行きましょう。私たちも見守っておいたほうがいいと思います」
二人は目を見合わせて頷いた。