憧れの羽毛布団
教えることを決意したロムスは、どう教えるかを宿に戻って考えていた。
ずっと考えていたところ、気がつくと夜になっていたのでひとまずベッドで休もうとしたのだが――そこには横たわる一つの問題があった。
「――布団が硬い!」
翌朝、突っ張った身体でセバルトは呟いた。
体と頭を休めたいのにいまひとつ寝心地がよくない。
最安値クラスの宿をとっているから寝床も値段相応で、枕も布団もベッドも硬くて薄いのだ。
「教える準備もいいけど、自分が快適に暮らす方もなんとかしないとなあ。そもそも、そのために家庭教師やろうって思ったわけだし。せっかくなんだから、柔らかいベッドで気持ちよく眠るとか。……羽毛布団とか欲しいな」
快適な生活のためには快適な睡眠が必要だと独りごちたセバルトが、不意に何かに気付いたように眉を持ち上げた。
「……待てよ? もしかして、ああやれば両方ともうまいこと……? いけちゃうんじゃないか? うん、いけるぞ。いいこと思いついた」
セバルトはベッドから上体を起こし、口角を持ち上げていた。
思ったら早いのがセバルトの思うセバルトのいいところである。
早速、いい鳥がいないかを冒険者ギルドに調べにいった。素材に詳しい人と言えばメモットだ。
「水鳥ですか。東の湖には、グレーダックやゴールデングースなんかがいますけど……でもゴールデングースは激レアです。最近は見つかってません」
ゴールデングースの羽毛は、最高の柔らかさと保温性をもった最高級の布団の素材だという。
(そうとくれば、手に入れるしかないでしょ)
今はエイリアのどこにも売っていないらしい。だったらやはり自分で捕まえるしかない。
だが、それだけじゃない。セバルトは湖の前に別の場所に寄った。
「――と、言うわけなんですよ」
「はあ。それの手伝いを僕がするんですね?」
「そういうことです。旅の疲れをとるためにもゆっくり休みたいんです。お願いします、手伝ってくれたらちゃんと教えますから」
セバルトが手のひらをこすり合わせて頼むと、ロムスは戸惑いつつも頷く。
「それを手伝ったら、教えてくださるというのにはちょっと驚きましたけど、もちろんお手伝いします。教えて欲しいですから。でも、鳥なんて捕まえたことないですけど……」
そう、セバルトが教える条件としてロムスに出したのが、羽毛布団のための鳥探しだった。
「大丈夫です、僕もグースを捕獲したことはありませんから」
「それって大丈夫なんですか……?」
首を傾げるロムスと共に、セバルトは昔に目撃情報があったというエイリア東の湖へと向かった。
「ここにいるんですか?」
「おそらくはこの湖に幾本も注ぎ込んでいる小川の可能性の方が高いと思います。湖にいたら目立ちますし。まずは、探さなきゃいけませんね。さあ、頑張ってロムス君」
「え? ええ? そんなこと言われても、全然わかりませんよ」
「大丈夫、ヒントはあります。これです」
セバルトが取り出したのは、純白の羽。
「これがゴールデングースの羽です。その鳥は視覚や聴覚に頼らずとも仲間とそれ以外を見分けられるとか。肌身離さず持っていてください。臭いとかつくかもしれませんし」
「臭いはちょっと臭そうですね……」
メモットから買い取った羽をセバルトから渡されると、ロムスはじっと手に取り見つめる。
すぐにはその秘密とやらはわからないが、ともかく二人はグース探しをはじめた。
それぞれ布団のためと、魔法のために。
グースは水鳥なので、湖や注ぐ小川の近くを探していく。
だがただ探すだけでなく、歩きまわりながら罠をしかけていく。
「こんな感じでやると、運がいいとかかるんですよ」
丈夫なロープをしなる枝に結び、もう片方で輪を作り地面にたらす。折った枝で組んだストッパーを地面に作り、その縄を引っかける。動物がこのストッパーに足を引っかけると外れ、枝のしなりで縄が勢いよく上がり、縄の輪っかが閉まり、動物は足で枝に宙づりにされるという寸法だ。
セバルトは手際よく枝や縄を取り付けていく。
「へえー。こういう風にして捕まえるんですか」
「かからないことも多いですけどね。数と根気で勝負です」
「セバルトさんって、魔法以外のことにも詳しいんですね。色々知ってて凄いなあ」
ロムスが尊敬の眼差しを向けてくる。
(ふっふっふ、サバイバル経験が生きたな)
魔法を凄いと言われたとき以上にうきうきした気分で、セバルトはロムスにもやり方を教え、二人でそれらしい場所に一通り罠を仕掛け終わった。だが、その途中には一匹のグースも見かけなかった。やはり闇雲にさがしても簡単ではないということなのだろう。
(はやく見つけて安眠したいとこだな)
と思いつつ、罠をチェックするまで時間を潰すことにする。
「それじゃあ、食べ物でも確保しましょうか」
「食べ物というのは?」
「木の実とかたくさんあるじゃないですか。すぐには罠にかからないでしょうし、食べましょう」
言うが速いか、セバルトは木の枝を見上げて歩き始める。ロムスはマイペースな動きに困惑しつつも同じように上を見る。
「あっ、クルミヘッドがありますよ」
「おお! でかいですね!」
そこになっていたのは、頭くらいのサイズのクルミだった。
「あの硬さと大きさは軽い殺人兵器ですね。えい」
セバルトはげしげしと木を蹴り飛ばす。三度目のキックで落ちてきた。
危険と言いつつ容赦なく落とすセバルトにロムスもびびっている。
しかしなにはともあれ、クルミを開封しようとするのだが。
「やっぱり硬いですね」
大きさだけでなく硬さも数倍で岩のようであり、普通のナイフでは通らない。セバルトはおもむろに、不可視の玉壷から、ある妖刀を取り出す。
紫色の刀身を持つ怪しい刀に、ロムスが眉根を寄せる。
「これは、古代遺跡で見つけた呪われし剣です。切れ味がいいんですよ~」
「呪われし剣使っていいんですか……?」
「大丈夫、喉が凄く渇く呪いなので。近くに水場があればノーリスクです」
「……じ、地味な呪いですね」
「これがなかなか、僕は荒野でうっかり使ってひからびかけましたよ。ある意味最凶の呪いです」
地味な妖刀を使って、セバルトはクルミを切った。
(とりあえず旅って言っとけばごまかせるな。まあ、素直なロムス君だからって気もするけど。ロムス君の前では油断しても大丈夫そうだ)
一知られるも十知られるも大差ないだろうという駄目思考で、セバルトは早速クルミの実食をすることにした。
頭くらいの大きさの堅い殻の中は意外と小さく、可食部はゲンコツくらいしかなかった。
食べやすいサイズに砕いて、火をおこし、それを軽く煎ってやると。
「あ、いい香りです」
「はぁ~これですね。呪われたかいがありますよ」
香ばしい匂いがしてきたところで、火からおろし、二人でそれをぽりぽりとつまむ。囓るとパリコリした食感とともに、濃厚な油脂分のうま味が出てくる。
なんの調味料もなくともこれだけ味わい深いとは。セバルトは感動しつつクルミをつまむ。
「ふう、満足満足。でもまだまだ時間ありそうですね」
食べ終わったが、さすがに罠を再度見に行くのは早いだろう。
「とりあえず、今日のところは帰りますか。罠も作ったし、クルミも食べたし、一日十分働きました」
「そんなに働いてないのでは……?」
首を傾げるロムスだったが、セバルトは「まあまあ」と忙しなく動くことの無粋を説き、明日また罠を見に来ることをきめ、その日の鳥探しは終わった。