実らずの畑
セバルト達が敷地に入ると、ちょうど、農家から帽子をかぶった男女が出てきた。
雰囲気からすると夫婦のようだと思っていると、二人は驚いたように目を丸くし、そして、眉をつり上げこちらを睨み付けてきた。
(え?)
怪訝に思うセバルトの隣で、スタンスはしかし笑顔を崩さずにいる。
客の前ではなんとやら、らしい。
夫婦はセバルト達の前にずかずかと歩いてきて、そして、男の方が口を開いた。
「何をしに来た!」
「いつもお引き立ていただきありがとうございます。先日お話しした件で参りました。お困りでしたら、ご相談にのれるかと思いまして」
「あんたと相談することなどないな。……今日は仲間まで引き連れてぞろぞろと来たようだが、帰ってくれ」
夫がセバルト達を睨む。
なにやら険悪なムードで、しかも立場まで誤解されている。
「いや、僕らは偶然会っただけで、別の用件で――」
「ええ、そうです。この方達は、ここシーウーの名物、甘芋羊羹を食べたいと思っている方々です。甘味処になく、なぜかと思って来たそうですよ」
夫婦は、驚いたように目を丸くした。
当然だろう、畑までやってくる人はそういない。
スタンスは、よどみなく話を続けていく。
「ですから、やはり畑を蘇らせるべきだと思うのです。待っている方もいるのですから」
「あんたがやったんだろう! こんな有様に」
「それは、そのような効果ですから。ですが、適切な処置をすれば、問題なく芋は生育します。それも、雑草や虫に悩まされることなく。今ならまだ間に合いますよ。お子様も生まれたそうじゃないですか」
スタンスの話を聞いた男は忌々しげに睨み付けると、畑に目を向けた。
そこは耕されてはいるが、何も実っていない――どころではなく、草の一本すらはえていない。雑草もだ。
(ちょっと嫌な予感がするな。芋が取れない裏には、何か厄介なもめ事がある気がする)
「おかげさまで、子供を育てるのにも苦労しそうです。私たちはうまくいっていたのに、余計なことをしてくれたおかげで!」
今度は妻が口を開いた。
その表情は憎悪を隠していないが、ぶつけられているスタンスは気にする様子もない。慣れっこだという風だ。
「そのような言い方をされては困ります。私は紹介しただけで、決定したのはお二人です。それに、この商品は安定と手間の削減に繋がります。そこで生まれた余力で、さらなる収入を得ればよいのです。投資ですよ」
「あのー」
小さく手をあげたメリエに、三人の視線が集まる。
「結局何をやったの? それがわからないと、話が見えなくて」
「そうですね。それは、こういうことなのです――」
「その人達は関係ないでしょ!」
妨げようとした妻に、スタンスは首をゆっくりと振った。
「いえ、悪いことではありませんし、お話を聞いていただきましょう。その方が、皆で納得できるかも知れません」
そしてスタンスは事情を語った。
一年前、スタンスはこの農家にある商品を売り込んだ。
それは、農薬と除草剤をあわせたような魔法薬で、畑に使うことで雑草や害虫をよせつけなくなるというものだった。
病気にもかかりにくくなることもあり、言うまでもなく、農家にとっては助かるものだ。
だが、一つ問題があり、その効果が強力故に、育てたい作物も生長することができなくなってしまう。
そこで、たとえば甘芋ならば種芋に、魔法的な処理を施すことで、魔法薬の効果を消すという手順を踏む。それによって、狙いの作物だけが効率的に育つようになる。
それを使って、一度は収穫したのだが――。
「今年になって、その処理に大金がかかると言い出したの! しかも土には影響が残ったままで草一本育たない、芋も育てることができない!」
妻が腹立たしげに金切り声をあげた。
夫も声を荒げる。
「こいつは俺たちを騙したんだよ! 最初だけ親切そうな振りをして、畑を人質に取りやがった。おかげで今年は何も育てられない!」
「騙すだなんて、人聞きの悪い。それは誤解です。私は一つも嘘はついていません。最初に資料は全て渡しました。強制もしていません。私の説明と資料をもとに、決定したのはあなた方ではないですか」
「でも言わなかったじゃない、こんなにとるなんて」
「初回はサービスするとは言いました。次回以降の具体的な価格については、これについては供給量などによって価格がかわるため、正確なことは言えないのです。それについてもお話しした通りです。しかし、十分にご理解していただけなかったのは、残念ですが」
セバルト達に説明していたはずが、いつの間にか農家と商会の間での言い合いになっていた。
セバルト達は、顔を見合わせる。
と、スタンスは首を振った。
「とりあえず、今日は契約書と資料を持って参りましたので、それだけでも受け取ってください」
「誰があんたなんかに」
「このように、お二人の作る作物を待っている方がいらっしゃいます。その方達のためにも、前向きに考えていただけないでしょうか?」
「ぐ――」
農家の夫婦は、セバルト達を見て、唇を噛んだ。
「皆が一番得をする選択をしましょうよ。私はしばらくこの町に滞在しますので、考えておいてください。では、また」
そしてスタンスは、背筋を伸ばして去って行った。
見送る夫婦の方は、暗い表情である。
なんとも言えない重苦しい空気があたりに漂う。
(これは……もめているが、あちらの商売人の方が上手のようだ。そのうち契約することになりそうだな)
「おい、問題があるのか」
空気を気にしない声を発したのは、ブランカだった。
「……え? 狐が喋った?」
「喋ってるよなあ。幻聴……じゃないよなあ」
夫婦は顔を見合わせ目を瞬かせている。
「当たり前だ。人間だけが言葉を操れるわけではないのだ。覚えておけ」
「は、はあ」
強引に押し切るブランカ。
押し切れてしまうところが凄い。
「それより、芋は食えぬのか」
「はい。今のままでは」
ブランカは、もったいぶったように頷くと、ヒゲを揺らして言った。
「もっと詳しく事情を話してみろ。我が聞き、助言を与えてやろう」
そうして耳を立てる姿は、何度もしたことがあるかのように馴染んだものだった。
突然ですが……本作が書籍化することになりました!
カドカワBOOKS様から本が出ます!
読者の皆様の応援のおかげです、本当にありがとうございます!
書籍版では加筆修正や追加エピソードなど相当書きました。自分で言うのもなんですが、かなり面白いものが書けたと思います。WEB版を読んだ方も楽しめると思います。
また書籍版タイトルは『お忍びスローライフを送りたい元英雄、家庭教師はじめました』となっています。
お忍びスローライフの部分で、これの書籍化だとわかるかと思います。あと著者名もですね。
刊行予定日は1月10日です! 私も今から楽しみです!
カドカワBOOKS様のホームページにも情報が掲載されていますので、そちらもご覧ください。
続報がありましたらまたお知らせさせていただきます。
Web版、書籍版、ともども、これからもよろしくお願いします!