甘味を求めて
作業を始めた時間が遅かったため、ハーブティを飲み終わる頃には夕暮れになっていた。
日が暮れたので一旦ハンモック作りは中断し、宿へとセバルトとブランカは戻る。次の昼寝タイムまでに完成させればいいことだ。
そして宿に泊まった翌日、セバルト、ブランカ、メリエは三人で甘味処へと向かった。
今日こそ、開いているはず。
「いらっしゃいませー」
のれんをくぐると、こじんまりとした売り場が現れた。テーブル一つだけだが、中で食べるスペースもある。
接客している男の店員がカウンターにいて、今日はちゃんと営業中だ。
セバルト達は、早速、ここの名物だというアマイモヨウカンなるものを注文した。
だが。
「すいません、ヨウカンは今はやってないんですよ」
セバルト達につきつけられたのは、そんな言葉だった。
しばしの沈黙の後、メリエが口を開く。
「どういう、こと」
「一ヶ月ほど前から、販売を中止しているんです」
「なぜだ」
「えっ!? 狐が喋った!?」
「我が喋るかどうかは重要ではない。ヨウカンは本当にないのか」
喋る狐の方が間違いなく珍しいが、店員はブランカの勢いに押されて、追求せずに答える。
「ええ、材料がないので、作りようがないんです。お客様には申し訳ないし、私たちも客離れで困っているんですよ」
そう答えた店員は、眉尻を下げてため息をついた。
セバルト達は顔を見合わせる。
「材料がないとはどういうことですか」
「甘芋羊羹はその名前の通り、甘芋という甘い味のする芋をこして、寒天などを使って柔らかく固めて作る菓子なのですが、肝心の甘芋がないんです」
「どこにも?」
「ええ。長年うちに卸してくれていた農家さんがいるのですが、今年は壊滅的ということで、入荷できないんです。他のもので代用も考えたのですが、味が違うんですよね」
「別にちょっとくらい味が違っても我はよいぞ」
「ダメです!」
店員は突然鼻息荒くカウンターの外へ出てきた。
そして、ブランカに説教するようにまくし立てる。
「長年積み上げて来たうちの味があるんです。それをお客様は楽しみにしてくるんです。そこで違う味を出すなんてことをしたら、それは裏切りですよ。これまで代々積み上げて来たものが崩れてしまいます。そんなことになれば、取り返しがつきません。何より私が納得いきません!」
「わかった! わかったわ!」
ブランカは勢いに押されたように後ずさりする。店員は話したいだけ話すと、またカウンターに戻っていった。
別に話をしてるだけなのだから、戻る必要はない気がするセバルトだった。律儀だ。これを律儀というかはわからないが。
「つまるところ、甘芋がない限り、甘芋羊羹は作れないと」
「そういうことです。私たちも弱っているのですよ」
がくりと肩を落とす店員を一瞥し、セバルト達は顔を見合わせた。
どうしようかと互いに目配せし、メリエが店員に視線を向けた。
「ねえ、その芋は誰が作ってるの? 私たちが、直接そこに行って話を聞いてくる」
シーウー西部の大きな畑に、セバルト達はやって来ていた。
「店員によると、このあたりの畑のはず」
場所を教えてもらったのだ。
そこまでする必要はあるのかと思ったセバルトだが、他の二人はやる気満々だし仕方がない。
「ここで甘味を食べなければなんのために来たのかわからない」と二人は言っていたが、多分甘味じゃなく記憶のために来たはずだ。いいけど。
「メブノーレさんの畑って言ってたよね。ああ、あの家かな? 畑の隣にある。黒い屋根の蔵もあるし」
「メブノーレさんにご用事ですか?」
「え?」
メリエの声に反応したのは、セバルトでもブランカでもない。
そこにいたのは、髪をオイルでなでつけ、襟のつまった服を着ている男だった。
「あなたは……?」
「失礼しました。私はブエノ商会のスタンスという者です。ちょうどメブノーレさんのところへ伺おうとしているところだったので、奇遇だと思い声をかけてしまいました」
男は流ちょうに言うと、丁寧に頭を下げた。
セバルト達も釣られるように頭を下げる。
「お探ししているようでしたが、ご用ですか?」
「ああ、いえ、約束があったわけじゃありません。ちょっと、甘味処に行ったらここの芋がなくて羊羹が作れないと言っていたので、どうなってるのかなと思って」
説明しつつ、セバルトは顔がほんのり熱くなる。
どれだけお菓子が食べたいんだこいつらって思われそうだ。わざわざ畑まで行くって。メリエとブランカがそう思われるのは良いが、セバルトまで思われるのは心外だ。だが、もう言ってしまったから手遅れだ。
話を聞いた男は軽く頷いた。
「ご案内しましょうか? 私は以前にも伺ったことがあるので、わかります」
「わお、親切。それじゃあ、よろしくお願いします」
「ええ。こちらです」
そうしてスタンスという男は、セバルト達を先導して歩いて行く。
途中、セバルトはメリエに小声で尋ねた。
「ブエノ商会ってご存じですか?」
「そりゃ知ってるよ。というか先生知らないの?」
「ええ、その、疎くて」
「疎すぎでしょ。まあ、教えてあげるけど」
おほん、ともったいぶった咳払いをして、メリエは言った。
ブエノ商会とは、ネウシシトー全域で商売をしている大きな総合商店のことだという。本店は首都にあるが、それ以外にも色々なところに店はあり、扱っているものも、日用雑貨、食料品、薬品、魔道具、武具など多岐にわたるという。
(なるほど、農業に関連する道具などのセールスに向かうところでしょうか。そんなものができてたのですね)
スタンスの後ろ姿を見ながらセバルトは思い、そして、甘芋農家の家へと到着した。