ハンモックで眠りたい午後
甘味処が閉まっていたため、ヨウカンを食べることはできなかった。
となると、予想外の時間ができてしまう。
とりあえず宿を取った後は各自自由行動ということにして各々気の向くままに過ごすことになった。
特別な観光名所というものがないかセバルトが宿の主人に聞いたところ、自然と甘味ということだった。だが甘味は店が閉まっている。ということで、豊かな自然が残った名所ということになる。
セバルトからすれば、他の人からしても、森自体は特別珍しいものでもない。広大さではエイリアの近くの森とは比べものには実際ならないが。
――とはいえセバルトは森の中にやって来た。
ぱっと見は同じでも、植生や住んでいる動物は違うかもしれないし、まあ一応シーウーの象徴に少しくらいは行っておかないともったいないと思ったからだ。
「しかし、森だな」
とはいえやっぱり森だった。
木々が枝葉を伸ばし、地面に落ち葉が敷き詰められ、鳥や虫の鳴き声が聞こえる、そんな森だ。
「これはまた気持ちよさそうに」
とりあえずセバルトが散歩をしていると、目に入ったものがあった。
太い木の枝の上で眠っている小さなリスザル。なかなか太い枝で、ずり落ちる心配もなさそうだ。
その時、セバルトの頭に一つの考えが浮かんだ。
それは、自分も眠ること。
あれだけ太い枝ならば、セバルトの体を支えることもできそうだ。もちろん、小型のリスザルみたいに木の枝の上で眠るには無理があるが、そこに寝床を吊るせば――つまり、ハンモックを作ってみたら、どうだろう?
(いいかもしれない。どうせ暇だし。ここで試して、できあがったら家に持って帰れば、夜の睡眠だけじゃなくて昼の午睡も充実したものになる。我が家がより完璧なものへ近づく)
思い立ったら、はじめるしかない。
セバルトはまずは以前釣り糸にも使った蜘蛛の糸を取り出した。
ハンモックに重要なことは、何よりも切れないことだ。体重を支えられる丈夫さを確保するにはアラクネという蜘蛛の魔物の糸はぴったり。
だが、それだけでは量が足りない。
この糸は補強として使って、メインは別の材料で作るのがいいだろう。セバルトは森を歩いて、丈夫な蔓を探し始める。
しばらく歩きつつ、蔓を見つけたら回収し、ある程度の量が集まった。
完成させるには量が足りないが、ひとまず強度が十分かを確かめるために、一部作ってみる。
セバルトが作ろうと画策しているのは、クロスタイプのハンモックだ。
大きく分けて、網で体を支えるネットタイプのハンモックと、紐に布を張って、それで体を支えるクロスタイプのハンモックがある。
後者の方が作りやすく初心者向き。
まずは最初だし、そちらから作ろうということである。
そのためには、丈夫な支えが必要だ。この森には、深緑色の丈夫な蔓がたくさんなるが、それでも蔓一本では少々心許ない。
となれば、それをロープにするのが常道だ。
セバルトは、蔓を集めると蔓同士をよりあわせて編み込んでいき、一本の太く丈夫なロープにしていく。
しばらく黙々と作業し、完成すると、それをテスト。
縦からの引っ張り……よし。
横からの引っ張り……よし。
いずれからの力でも容易にはきれないロープができあがった。
あとはこれと同じものをたくさん作り、そこに布を張ればハンモックの完成だ。
そんなわけであとわずかと思って作業をしていたセバルトは、しばらくして視線を感じ始めた。
そちらへ注意を向けると……そこには神獣ブランカの姿があった。
「何をしているのだ」
ブランカは興味ありげに近づいてくる。
おそらく、セバルトと同じ考えで森を歩いていたのだろう。
「ハンモックを作ろうと。なかなか悪くない感じです。丈夫な蔓をもっとたくさん集めたいのですが、どうです? 完成したら寝かせてあげますよ」
「手伝わせようということか」
「いやならいいですけど。でも、気持ちいいだろうなあ。ハンモックで寝たら」
ブランカは無言でじいっと編まれた蔓を見つめている。
セバルトはそれを手にとって立ち去ろうとする。
「じゃあ、僕は作る続きを」
「待つのだ、セバルト」
服の裾をブランカがくわえる。
「我も手伝ってやろう」
それから二人でしばらく蔓を集め、集めた蔓を編んで太く丈夫なロープを作っていく。二人なので作業速度も速まる。
しばらくやった後、休憩がてら、蔓を集めるときについでに採ったハーブを使ってセバルトは茶を淹れた。
「ちょっぴり休憩しましょう。ハーブティーは?」
「もちろん飲める」
セバルトは二人分のハーブティーを淹れ、お茶請けに干しいちじくを、持ってきている鍋にいれて出した。
鍋は焼くにも煮るにも水を溜めるにも皿代わりにもあらゆる場面で使える、旅のいいお供。長年のセバルトのパートナーだ。
二人はしばし無言で香りを楽しみ、甘さで体を癒していく。
「……このようなこと、昔にもあった気がするな」
ぽつりと言ったのは、ブランカだった。
「昔……というのはあの卵のようなものに入る前ですか?」
「そうだ。果物や香りのいいものを、人間から渡された……いや、捧げられた」
ブランカは、干しいちじくを口に入れると、空を見上げた。
ゆっくりと口を動かし、飲込むと、再び続きを口にする。
「ちょうどこのあたりだ。このあたりで、我は多くの人間を前にしたことがある。今はもういない者であろうが」
「思い出したのですか?」
「少しだけだ。それに、思い出したところで、あの者達はもう生きていまい。人間の寿命は短い。かつて我を慕った者達は消え、そしていつしか忘れられていく。……もはや誰も我を知っていたものはいない」
セバルトはブランカの目の奥に寂しさを見た。あるいはそれは虚しさかも知れない。世の無常を嘆く。
ただ、いずれにせよ、かつての持っていたものを失った、それだけは間違いないようだった。
「また、作ればいいのですよ。自分を知るものがいなくても、誰も記憶になくても、むしろ一からやれて楽しいと。そう考えることだってできます」
「簡単に言ってくれる――いや、お前は流れ者だったか。なら、たしかに慣れているのかもしれぬな、らしい考え方だ。……それが正しいのかもしれぬ。果物と茶はまた我の前にあらわれた。出した者は違ったが」
ゆっくりと言うと、ブランカはセバルトに目を向け、ヒゲをぴくりと動かす。
セバルトは、勝手を知る同郷の者のように、小さく頷きハーブティを飲み干した。