人食い鬼食い人
「第一問。ヘルキャットの瞳の色は?」
「金色」
「第二問。マスターリッチの得意魔法は?」
「フレイム・ピラァ」
「第三問。オーガはどんな見た目の魔物?」
「足が六本あって、長い触覚があって、両手が鎌で、我と同じくらいの体のサイズの魔物」
セバルトと白い大狐の神獣ブランカは、エイリア東の湖畔でクイズをしていた。
少し離れた大きな岩の上に座り、先ほどから何問もやりとりしている。
「正解率は一割以下か。しかも簡単なのばかりだったのに」
「む。そんなに外れていたのか?」
セバルトが頷くと、ブランカはふさふさの白い尻尾を左右に気分を晴らすように振る。
「やはり記憶が曖昧になっているようだな。長く眠りすぎたか」
「元は本当に知ってたんですか?」
「無論だ。我は神獣。四つ足の獣のことならなんでも知っている」
「六本足とか二本足とかは?」
「揚げ足を取るでない! わかっておるだろう、貴様なら」
つまるところ、陸上の動物のことはだいたい知っているということのようだった。とはいえ、今は。
「頭の中までさび付いてしまうとは、我としたことが。ほとんど覚えていないというのは不覚だ」
ということだった。
そもそもなんであんな卵の中に封印されてたのかすら覚えていないらしい。
どうやったら記憶が戻るのかとセバルトも考えていたのだが。
「ふあ~、うむむう」
ブランカは目を細めて大あくびをしている。
本人の方が気にしていないようだった。
(でも、記憶を取り戻してくれれば助かるだろうな)
セバルトは、眠そうなブランカをみて思う。
英雄の資質の一つ、魔への造詣。
古今東西の魔物も含む動物についての知恵があれば、身を守ることにも役に立つし、様々な有用な素材や家畜などを得ることにも繋がる。
(そうなれば、何かあったときの対策にもなるし、何かが起きる前の予防にもなる。ちょっと頑張って……いや相当頑張って本にでもまとめたら平穏な生活のためにもスローライフのための釣り竿でも家具でも庭でも色々なものを作るのに非常に役立つだろうな……)
さりげなく野望を持つセバルトだが、しかしさすがに記憶を取り戻す方法というのは知らない。
どうしたものかなあと思いつつ、セバルトの方も欠伸をしていると。
「だらけてるなあ。二人とも」
その声は、メリエ。
どうやら訓練しに来たらしい。ここはメリエが良く自主練しているところだとはセバルトも知っている。
「ブランカ本当に大っきくなったねぇ」
「元がこのサイズなのだがな。前が小さかったのだ」
ブランカが本来の姿になったことはメリエも知っている。
あの後一度会うことがあり、その時に知って見たのだ。その時の反応は、もちろん、今より熱狂していた。
「毛並みもずいぶんふさふさしていらっしゃる」
「駄目だ駄目だ! そう簡単に触らせんぞ!」
「ちょっとだけ?」
「駄目だ」
「あたしの手も触って良いよ」
「別にいらん」
「いらんって、もうちょっと欲しがってもいいじゃない」
「本当にいらん」
「むーん」
楽しそうにやってるなあ、と思いつつその様子を眺めるセバルト。
仕方ないか。
そう簡単に記憶なんて戻るわけないし。
自分やレカテイアの知識でもそれなりにカバーはできるだろう。
本音を言うとがっかりではあるが、とっかかりくらいはないと。
「……あ」
セバルトは何かに気付いたように眉を持ち上げた。
「あったかも、とっかかり」
呟くと、わいのわいのとじゃれ合っているメリエとブランカのもとへとセバルトは向かって行く。
二人の間にさりげなく入ると。
「どうしたのだ?」
「シーウー」
その名を口にすると、ブランカは動きを止め、セバルトの目をじっと見つめた。
「この前、何か反応してましたよね。何かそこにあるんじゃないですか?」
ブランカは真面目な顔になり、しばらく黙っていたが、ゆっくりと口を開く。
「わからぬ。何か引っかかったのだが、それだけだ。どう関係しているのか、何も関係ないのかも」
「ふーん。じゃあ、行っていれば?」
と、言ったのはメリエだった。
「行って損するわけじゃないし、危険なわけでもないし。関係あるかも~って考えるより、行けば早いじゃない」
「その通りですね。どうです、ブランカさん」
「言われてみれば、そうだ。どうして気付かなかったのか不思議なくらいだ。よし、行くぞセバルトよ。供をするがよい!」
ブランカは、乗っていた石から優雅に飛び降りた。
「無論我も、記憶を取り戻すことは急務だと思っているぞ。特に問題はないが、しかし、気持ちの悪いものだからな。それに、何よりもさっきも言ったが、我がなぜ長年封じられていたのかが気にかかる」
「たしかにねえ。もしかしてブランカ、暴れまくって人間に迷惑かけて退治されたとかじゃない? ほら昔話でよくあるじゃない」
「我をなんだと思っているのだ! 人間から敬われこそすれ退治されることなどあろうはずがない! 我の記憶によると、様々な捧げ物がなされ、お前達のような者とは異なり敬いの気持ちに溢れていたのだ」
「記憶がアテにならないっていったばっかりなのに」
「聞こえぬな~」
ブランカは耳をぺたりと頭にくっつける。
こやつは――。
「だいたいそういう人を脅かす物の怪の話なら我の方が詳しいぞ? こんな話を知っているか? その昔、人々を脅かす人食い鬼がいた。そいつは女の姿に化けて、旅人に言うのだ。もう何日も水を飲んでいません、水をわけてください、と。そこで水筒を出すと、水を飲む振りをして毒をいれる。そして旅人と一緒に行きたいと申し出、水筒に口を付けて体が痺れて動けなくなったところで正体を表わす」
「ありきたりな話ね」
「何がありきたりだ! この先が凄いのだ! その正体が、百の目と百の口を持つ世にも恐ろしい化物なのだぞ」
「へー」
「信じておらぬな。そいつを退治したのが、数百年前の英雄」
(え、そんな化物知らないんだけど)
「英雄は、その水に毒が入っていることを見破り、飲む振りをして捨てたのだ。それと同時に、水筒の中に逆に毛虫や毒茸、百足や毒草など、毒のあるものをたくさんいれて、怪物に進めたのだ。毒を入れ忘れたと勘違いした化物は一口のむや昏倒したのだ。どうだ? 物知りだろう?」
「たしかに……それはあたしですら知らない英雄情報ね。話は結局よくありそうで平凡だけど、そこは今まで読んだ本にもなかった。ちょっと待ってて、メモするから! 記録しておいて英雄図鑑に書いておかないと」
なんだその図鑑、と思うセバルトだったし、そもそもそんなことした覚えもないセバルトだった。
「少し引っかかる言い方だが、うむ、しっかり書くがよいぞ。ちなみにその後、英雄はその人食い鬼を丸焼きにして食べて、神通力を得たという話なのだ」
「なるほど、メモメモ。人食い鬼を食べる人とはただ者じゃないよね」
「うむ。人食い鬼食い人といったところだ」
しかもさりげに危ないエピソードが増えている。
ただでさえろくでもないエピソードが蔓延しているのに、この上さらに増えたらどうなってしまうのか。二重に困惑するセバルトは、これは記憶を早く戻さなければ、あることないことどんどん増えていってしまうと危機感を持つ。
「よし! 行きましょう! シーウー!」
「お? おお、行く気になったか」
正しい記憶を取り戻さなければ。
セバルトの思いは高らかな声となって響いた。
結局行くつもりではあったのだ、こうなったらさっさと行ってしまおう。
メモをし終えたメリエが、すっくと立ち上がる。
「あたしも行くよ。ブランカの記憶が明らかになれば、色々面白いことわかりそうだし。それに……冒険者ギルドで、色々なところに行ったことがある人に聞いたことがあるの。シーウーには、すっごく甘くておいしい、ヨウカンって食べ物があるんだって」