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出張と記憶

「この方が、あの小さいワンちゃんだったとは、驚きです」

「大狐だったんですね。凄い迫力」


 セバルトの家で、ザーラとロムスが目と口を丸くしていた。

 視線の先には大白狐、神獣ブランカがいる。


「ふん。誰が参ってくるかと思えば無礼者三人組が揃ったか。まったく、高貴な我をどうしたら犬や狼と間違えるのか、人間は目が見えなくなったのか?」

「拗ねないでくださいよ、ほらクッキーあげますから」

「我は幼児か! 餌付けしようとするな、高貴な神獣を」

「いらないんですか?」


 セバルトはクッキーをしまおうとする。

 と、素早く狐の手が伸びてきてその手を押さえられた。


「それはそれ、これはこれだ。捧げ物としてもらっておこう」


 ブランカは器用にクッキーを口元に運ぶと、目を細めて味わう。甘いものが好きなのは、力を取り戻す前と同じらしい。

 その様子を、ザーラとロムスは興味深そうに同じ顔をして眺めている。


 神獣が本当の姿を取り戻したので、もともと話を持ってきた二人にセバルトはそのことを報告した。

 すると、是非会いたいといったのだが、ブランカは我がなぜ行く必要がある、向こうが来いと言ったので、二人がセバルトの家にいる次第である。


「それで、どうしましょうか。元々魔法学校の保管していた玉だったわけですけど……これじゃあ」


 セバルトはブランカに目をやる。

 魔法学校がうちで様子を見たいとか何か言ったところで、ブランカが聞くとは思えない。


「ええ、そのことですが、学校長ともお話しして、記録をとることにしました。神獣ともあろう方をこちらの勝手にはできませんし、どういう者なのかを観察しようと。つまりは、特に何もしないということですね。セバルトさん、お願いします」

「まあ、そうなると思ってました」


 ブランカが耳をこちらに向けて、話に加わってくる。


「ふむ。我を好きにしようなどと驕らぬ態度は立派なものだ。それに、汝らには感謝もしている。我が封印された玉を保管し続け、この度封印を解いたのは汝らなのであろう。褒めてやろう」

「どうもありがとうございます」


 ザーラが頭を下げると、気分良さそうにブランカは目を細めた。

 賢者は狐の扱いもうまいようだ。


 ロムスは少し距離を置いてブランカをこわごわ見つめている。


「何か言いたいことがあるのか」


 とブランカに問われると、悪戯を咎められたようにびくりとさせ、


「いえ、特にそういうわけじゃ……」

「我が食っていた甘味が欲しいのか? 仕方あるまい、そう物欲しそうに見られてはな。セバルトよ、客人をもてなすのだ」


 ブランカはロムスの前の床を足の先でとん、とん、と叩く。


(なぜ俺が……しかも別にそういうわけじゃないと思う)


 しかし言い返して説明するよりお菓子をロムスに食べさせる方が早いと判断し、セバルトはとりあえずクッキーを置いて、「食え」とジェスチャーしておいた。


 その要素をほほえましそうに微笑して眺めていたザーラが、口を開いた。


「私はまた出張があって、しばらくエイリアを離れるので、セバルトさん、よろしくお願いします」

「あ、そうなんですか? ええ、わかりました。どこへ行かれるのです?」

「シーウーという、西にある自然が豊かな町です。そこにある遺跡の調査を行うということで、魔法使いのチームが組織されまして、私も誘われたんですよ」

「へえ、遺跡ですか」

「ええ。探険は久しぶりなので、ちょっと時間はかかりますが、楽しみです」


 そういえば、昔はバリバリフィールドワークとかをしてるタイプだったと言っていたな、とセバルトは思い出した。

 久々にやるということで、参加したのだろう。


 それからしばらく話をして、ザーラ達は帰っていった。

 そして家にはセバルトとブランカが残される。

 と、セバルトはブランカが何か考え込んでいることに気付いた。神妙な顔で、尻尾をあっちに振ったりこっちに振ったりしている。


「どうしたんですか、ブランカさん」

「シーウー……シーウー。セバルトよ、シーウーとはどういう場所だ?」

「シーウーですか? この国ネウシシトーの西部に位置する町で、自然が豊かな場所ですよ。森に囲まれ、田畑も多く、観光や療養で行く人が多いですね。周囲の深い森の中には、いまだ未探査の場所もあると言います」


 ブランカは耳をぴこぴこさせながら、真剣に聞いている様子だ。

 いったいシーウーの何がそんなに琴線に触れたのかとセバルトは尋ねる。


「そんなに気になるのですか」

「どこかで、聞いたことがあるような気がするのだ。その町の名前。だが思い出せない。気持ち悪くてたまらぬわ」

「ずっと玉の中にいたから記憶がさび付いたんですね」

「嫌な表現をするな! しかし……実際、記憶がほとんどない。自分が高貴な神獣だということはわかるのだが」


(そこはわかるのか)


「眠りにつく前、何をしていたのか、記憶がない。我のことだから、人にあがめ奉れられていたことは確実だと思うのだがな」

「記憶が……少しくらいは何か覚えてないんですか?」

「ううむ……色々な場所に行ったことがあるような、ないような。色々なものを見たことがあるような、ないような」


 なんとも要領を得ない受け答えだ。

 時間が経てば思い出すのだろうか、頭がはっきりしてきて。

 それなら別に良いのだが、何かしないと思い出せないなら多少厄介だな、とセバルトが思っていると、ブランカの耳がピンと突然立った。


 だるそうに座って丸くなっていたブランカが、立ち上がって一点を見つめている。

 どうしたのかとセバルトがその視線を追ってみると――。


「レガティの花? 花まで食べたいなんて食いしん坊ですね」

「違うわ! 我は乳児か! そんなになんでも口に入れぬ! そうではない、あの花のことを思い出したのだ。モグラが好む花で、花粉に弱い鎮痛作用があったな。たしかそのモグラの魔物はホーンモールと言われていたか? この辺りではたまにしか見ないが、北西の砂漠地方では亜種のサンドホーンという地上で暮らす種が徒党を組んでいる。しかしそこでは魔物ではない獣の大爪土竜の方が大きく強く危険で、恐れられている。その爪が民間療法の薬として、滋養強壮、精力増強に使われていたはずだ」

「ちょ、ちょっと待ってください。いきなりワッと話されてもついていけません。というか、凄く詳しいですね」


 家に華やかさがないと言われて飾っていたレガティの花だったのだが、そこからずいぶん多くの情報をブランカが引き出したことにセバルトは驚く。

 記憶がないという割にずいぶん詳しい。


「いや、むしろ、それが本来持っていた記憶、ですか?」

「――かもしれぬな。突然頭の奥から湧き出てきたような感覚だ」


 自分でも不思議そうにしているブランカを見てセバルトはふと思った。

 この神獣の記憶の底には、既存のどんな図鑑よりも貴重なものが眠っているのではないか、と。


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新作【追放されたからソロでダンジョンに潜ったら『ダンジョン所有権』を手に入れました】を書き始めました。 ダンジョンにあるものを自分の所有物にできる能力を手に入れた主人公が、とてつもないアイテムを手に入れモンスターを仲間にし、歩んでいく物語です。 自分で言うのもなんですが、かなり面白いものが書けたと思っているので、是非一度読んでみてください!
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