賢者の子の家庭教師 2
エイリア魔法学校にロムス・アハティは在籍している。
魔法学校はその名の通り魔法を学び、また研究する場所であり、将来魔法関係の仕事――マジックアイテムの制作者や冒険者、建築や鍛冶をはじめ様々なことに魔法を有効活用することなど――に携わりたい者や、一部は単なる趣味で通う変わり者もいるが、ともかくも魔法について学ぼうという者が集まる場である。
ロムスも当然、将来は立派な魔法使いになるために魔法学校に入学し、日々真面目に学習に励んでいる。励んでいる……のだが。
「次、ロムス・アハティ」
「はい」
勉学の成果を示す実技試験が、魔法学校のロムスが在籍するクラスでは今日行われていた。
そして訪れたロムスの順番。
魔法学校のグラウンドで、課題である水の魔法をロムスは使おうと試みる。
自らの魔力を高め、指で魔法図を描き、周囲に存在するマナを励起する。周囲から水滴があらわれ凝縮し水球となり、ロムスはそれを射出する!
その結果――標的である木の板を少しばかり湿らせた。
くすくすと笑い声が周囲から漏れ聞こえた。教師もあきれ顔で、ロムスに告げる。
「まったく、またこの程度か。いい加減にもう少し上達しないと、進級すらおぼつかないぞ。もっと頑張れ、もっと本気でやれ。これでは母上の顔も立たないだろう。偉大な賢者の子であるという自覚を持て、ロムス」
「……はい。すいません、もっと努力します」
「よし、次!」
魔法の水球は出た。だが出はしたが、それは拳よりも小さく、勢いもなく、木の板の表面をちょっと濡らして色を濃くしただけという有様。
試験で求められる水準には遠く及ばないものだ。
ロムスが最低評価をつけられ力なく実技試験を終えると、次の生徒が同じ魔法を行使する。
その水球は頭ほどの大きさがあり、木の板を大きな音と共に真っ二つに割った。
見ていた生徒達からは「おお~」と感嘆のどよめきが起きる。その声を聞くほどにロムスは惨めな気分に満たされていた。
「ロムス~、お前本当だめだな」
試験が終ると、ロムスの後に試験を行った男子生徒と女子生徒の二人がロムスの元にやってきた。
「あんな魔法使って恥ずかしくないのかぁ? てかさあ、あれなら木の板なんて使わなくても、紙で構わないだろ」
あはははは、とキツネ似の男子生徒が笑いながら言う。ロムスは何も反論できず、黙り込む。
続いてタヌキっぽい雰囲気の女子生徒も言う。
「まったくさー、賢者の子が魔法学校に同級生で入ってきたからどんな奴かと思ってたのに、とんだ落ちこぼれなんだからがっかりだよねー」
「だから言っただろ? 名前で判断しちゃだめだってさ。親が凄くても子は雑魚なんだよ、いやあ、情けないよな。つか俺が親なら恥ずかしいわ」
「むしろ私がロムス君の立場でも恥ずかしくて人前で魔法使えないなー」
二人の生徒は、両サイドからロムスの顔をのぞき込むようにしながら嘲笑の言葉をぶつける。
ロムスは絞り出すように、声を発した。
「努力は、してるつもりだよ」
その言葉どおり、ロムスはさぼっているわけでは無論なかった。
ロムス・アハティの母ザーラ・アハティは賢者と呼ばれ、エイリア市で随一、ネウシシトーの国でも指折りの魔法使いだ。
その一人息子であるロムスが魔法使いを目指すようになったのは、自然なことであった。母のような立派な魔法使いになりたいと思っている。
だからこそ、母の名前を穢さないためにも自分が情けないことをするわけにはいかないと思っているし、真面目に勉学と訓練を続けている。
だが。
だが、しかし。
その甲斐もなく、いっこうに上達しないのだ。
一緒に学ぶ生徒達の中でも最底辺の実力。最初は賢者の子ということで憧れと共に近づいてきたクラスメイト達は、今では賢者の子ということで馬鹿にするようになった。
当然馬鹿にしてくる者には腹が立つ。
だけどそれ以上に自分に対して腹が立つし、情けなかった。だからロムスは何も言えずに、一身に嘲笑を受け続けていた。自分への罰とでも言うように。
「はっははは、本当に賢者の息子なのかも怪しいよな。実は拾った子供かなにかなんじゃねえの」
「っ! そんなこと――」
「でも、それくらいじゃないと、ロムス君の無能さが説明つかないと思うなあ。はー、ショック。凄い子とお近づきになれると思ってたのに騙されちゃったなあ」
これ見よがしに大げさにため息をつくタヌキ。
だがその口元は笑みにゆがんでいるし、キツネもその大げさな演技に吹き出している。
「くく、なあロムス、おまえ魔法使いなんてもう諦めた方がいいんじゃねえの。無駄な努力なんかしても時間の無駄だぜ。それに俺たちもクラスメイトとして恥ずかしいし」
「本当本当。お母さんにも恥かかせちゃってるしね。すっごい落ちこぼれが子供のせいで。ふふふ」
言いたい放題言うと、飽きた二人は笑いながら去って行った。
ロムスは拳を爪が食い込むほどに握りながら、それを見送ることしか出来ない。
賢者の子供であること故に抱かれる期待。
それが期待外れだったときの、相手から向けられる失望と嘲笑のまなざし。
それは耐えがたい。
でも、だからといって立派な魔法使いになる、その目標を諦めるわけにはいかない。
ロムスは、拳を握って耐えるしかなかった。
「なるほどね。賢者の子、か」
植え込みの影でこっそりとセバルトは天をあおぐ。
クラス内での会話を見聞きし、おおよその事情をセバルトは察した。魔法使いを目指しているがなかなか芽が出ないこと、親が高名な賢者であることの影響や魔法学校でのこと。なぜロムスがセバルトを目撃した日にわざわざ人気のない森の中で訓練をしていたのかもわかった。
立場のせいで勝手に期待され、そして勝手に期待外れと罵られたり馬鹿にされたり、あるいは利用しようと近づかれたり。
(時間がたっても、人間ってものはあまり変わらないらしい)
英雄という名声の重み、利用しようと近づいてくる者、妬みや嫉み、そういったものはセバルトは栄光よりも多く味わったものだ。
(ロムスも、同じだ)
事情は違えど、背負った立場故に苦しんでいて、それを払拭したいともがいている。自身とロムスの姿は自然と重なった。歯を食いしばっていたロムスの表情が脳裏に焼き付いている。
しばらくじっと、地面の一点を見つめたままセバルトは考え込む。
そして、ぽそりと呟いた。
「やっぱり、自分がお人好しだって分析は間違ってなかった。ロムス君が、誰にも負けないくらいの魔法を使えるように、指導、するかな」
セバルトは、ロムスに教えることを決意した。