犬か狼か、それが問題ではなかった
「それで、結局俺が世話をすることになるのか」
家の寝室で、セバルトはこぼした。
その前には、丸くなっている神獣がいる。
卵から孵った後、さてどうしようかとなったのだが、ザーラが出張に行くということで、ロムス一人にそんな珍しいものを任せるのはさすがに難しいかもということで、セバルトが預かることになったのだった。
『先生は旅をしていて色々お詳しいので安心です』
といわれてしまっては、なんとも言い返せない。
これまで散々旅先で知ったんですと言って誤魔化してきた手前、これについてだけ知らないというわけにもいかない。
まさに因果応報というものである。
(しかし、別に特別神獣マニアってわけでもないしなあ)
一応、ある程度は知っているが、ある程度。
手探りでの面倒見だがとりあえず、餌をあげてみることにする。
まずは、犬っぽいのでミルクをぬるく暖めて与えてみる。
神獣は顔を近づけると、鼻を動かし、皿に入ったミルクを舐めた。
しかしそんなにたくさん飲むわけでもなく、ちょっと喉を潤すくらいで皿から離れていく。
(見た目は小さいが、赤ちゃんではなく、やはり封印されていたせいで小さいとかそういうタイプか? だとしたら)
生肉を小さく切って与えてみる。
神獣は顔を近づけると、もぐっと口にくわえたあと、優雅に食べる。
ミルクよりも食いつきはいい。
「やっぱりそうか。じゃあ、ミルクより水の方がいいかな。普通に食べ物食べられるなら。というか歯もすでにあるな。子供じゃなくちっさい大人とみた方がいいか」
食べる物がわかったなら、もう憂いはない。
セバルトは棚をごそごそ再びあさる。
神獣の餌をやっていたら、自分も小腹が空いてきた。
棚から、保存していたクッキーを取り出した。ちょっと食べるにはこの甘いのを何枚かに限る。
椅子に座ってさあ食べようと手を伸ばしたとき。
軽やかなステップで、神獣が机の上に飛び乗ってきた。
そしてクッキーに鼻を近づけると……そろりと食いついた。
一瞬固まる神獣。
と思った一秒後には、青い宝石のような目を大きく開き、ガツガツとクッキーをむさぼっていた。
「お菓子も食べるのか……しかも肉より勢いがいいんだけど」
一気に全部平らげると、ごろりと横向きに寝転び、肉球でお腹をさする。
「人間くさい動作……って俺の分のクッキー残してないじゃないか。ちゃんと考えてよ、神獣さん」
セバルトがお腹をつつくと、ぎろりと睨んで肉球パンチで弾いてくるが動く気配はない。食べ過ぎたようだ。
獣もお菓子を食べる時代か、と思っていると神獣が眠りはじめたので、セバルトも眠ることにした。
「……でかくなってる」
目を覚ますと、明らかに神獣が大きくなっていた。
掌サイズだったのが、一回り成長している。
本来の大きさがわからないが、栄養があれば力を取り戻して大きくなるらしい。
しかしセバルトは少し違和感を覚える。何かが違う気がする。何かははっきりとはわからないが。
「うーん。大きくなったから違和感があるのかな。まあ、そこまで大した問題じゃないだろう。餌をあげたら次は……散歩か?」
ドアを開けて外に出るそぶりを見せると、神獣も一緒にドアの側に素早く駆け寄ってきた。
外に出たかったらしいとわかりやすく、セバルトはそのまま神獣と共に外に出た。
適当に歩きまわり、町の周囲の草原に出ると、走り出した。……が、それは少し変わっている。まるで、ちょっと運動不足を解消するかと思っている人間のように、一定のペースを維持して、ジョギングのように走っている。
なんだか獣らしからぬ健康のためのような走りであるが、やはり知能が高いのだろうかと思いつつ、とりあえずセバルトもつきあって併走すると、ちらりと視線を向けてくる。
突然、神獣が加速した。
私に並ぶなと言わんばかりの態度にセバルトも足取りを加速させる。
再び横に並ぶと、セバルトは勝ち誇った笑みを神獣に向けた。
するとむかっとしたような表情を神獣が浮かべ、さらに速く走る。結構必死な態度にセバルトもさらに全力を出す。
(街道を行く人がいるから今の俺はこれが全力――どっちが速いか、勝負!)
お互い全力で草原をかけ続け――そして同時にダウンした。
「はぁ……はぁ……なかなかやりますね」
セバルトが言うと、神獣も口で息をしながら、アクアマリンの目をセバルトに向けてくる。
その目を見ていると、少し絆が深くなった気がするセバルトだった。
街道の人から生暖かい目で見られていたことは気にしてはいけない。
そんな風に神獣と過ごし、甘いものや肉などをあげつつ、さらに三日の時が経過した気持ちのいい快晴の昼。
「今日も外行こうか」
セバルトは再び神獣と共に散歩に出かけていた。
今日は湖方面に出かけていく。
綺麗な湖に神獣のテンションも心なしか高そうだ。
「あ、先生。偶然ね」
湖のまわりを歩いていると、訓練中のメリエがいた。
メリエの視線が下を向いていき、そして、予想外の一言が飛び出した。
「え! どうしたのその狐!」
「……きつね?」
「狼と見間違えたって、先生。旅先で動物色々見てるんじゃないの?」
「いや、そうはいっても狐も狼も犬も雰囲気同じ系統じゃないですか」
セバルトが言い訳をすると、神獣が前足でパンチしてきた。
小さい足の割に結構強力な威力である。
「ほら、その子も怒ってる。間違えるなって」
「だって、まだ小さいし、それに全身白い毛の狐なんて見たことありません」
「顔の形とか尻尾の形とかがそれっぽいでしょう」
と、メリエが言いながら手を伸ばすと、神獣はうむ、と偉そうに頷き、触りたがってるメリエの手に尻尾でふさふさと撫でている。
メリエには懐いてる感じがしてちょっと悔しいセバルトだが、やはり狐と見抜いたからか。
ようやくわかってくれる人がいたよ、まったく。と言っているかのような表情だ。
「よしよし。は~、気持ちいい毛並みでかわいい。こんな子を独り占めするとは先生も人が悪いわね」
「別に独り占めしてたわけじゃないですよ。まあ乗りかかった船だから、大きくなるまでは面倒見ますけどね」
と言いながらセバルトは、神獣がメリエと戯れる一瞬を逃さず、背中をわしゃわしゃとなでる。
神獣は素早く身を翻して尻尾でセバルトの手を叩く。
「くっ、やりますね……!」
神獣は勝ち誇ったようににぃっと笑う。
「仲いいね、二人とも」
メリエが呆れたような調子で言ったその時だった。
セバルトは、奇妙な人影に気付いた。
三人の怪しい男女がセバルト達に向かって歩いてきて、そして、すぐそばで足を止める。
にやにやと嫌らしい笑みを浮かべているその雰囲気に、セバルトとメリエはすぐに気を引き締め、立ち上がる。
「なにか、ご用でしょうか?」
「その獣、私たちが買い取って上げる」
「はあ?」
ウェーブの髪の女の言葉に、メリエが眉を思いっきりひそめる。
セバルトもため息をついて、首を振った。
「いきなりですね。どういう意図かはわかりませんが、売るつもりはありませんよ。あなた方が思っているような動物ではありません」
「俺たちが思ってるってのは、どういうことだ? 珍しい白い狐だろう? そういうのを集めてる方がいらっしゃってね」
(珍品収集家みたいなものだろうか。生き物も対象にしている。しかし、あまり行儀のいい部下は使ってないようだ。まあ、行儀が良くても売り払うわけにはいかないけど)
「事情はわかりましたが、このい……じゃなくて狐は、譲るつもりはありませんので、お引き取りください」
しばらくセバルトの顔を、三人組がじっと見つめる。
そして軽い笑みを浮かべると。
「わかったわ。そういうなら、仕方ない。帰りましょ。大事にお世話してあげることね」
そう言って、去って行った。
「なんなの、いきなり来ていきなり帰って。変な奴ら」
メリエがこぼすと、神獣も同意するように頷いていた。