ウォフタート
セバルト達は目を瞬かせながら、現れた老人を見る。
灰のように白い髪と髭、朱色の法衣、どこか達観したような表情を浮かべる顔、見た目の年齢の割にいい体格。
「あなたは、精霊ウォフタート、ですか?」
「いかにも。儂を呼び出す者がいるとは、ずいぶん久しぶりだの。まま、そう驚くでない。楽にして良いぞ」
手をひらひらとうごかしながらウォフタートはそう言った。
ネイ達は少し姿勢を楽にする。
ネイ達にとっては、予想外だった。
精霊というのは、もっと人智を超えた姿をしていると思っていたし、このように話しかけてくれるなど思ってもいなかった。
超越的な信仰の対象――というには、ずいぶんフレンドリーだったのだ。
他の三人が呆気にとられ、どうしたものかと動けずいる中、セバルトはウォフタートに近づいていく。
「突然呼び出して申し訳ありません。ですが、どうしてもお力を貸していただきたかったのです。お話、聞いていただけますか?」
「うむ。お主はずいぶん肝が座っとるの。よいぞ。聞くのはただ、と人間達の言葉にもあることだしの。ほれほれ、話してみぃ」
自分の耳を指さすウォフタート。
セバルトは苦笑しながら息をつく。
(精霊ってのは、だいたいこんな感じなんだな)
セバルトが思い出したのは、かつて出会った精霊ワルヤアムル。
超越者はどんな存在なのかと思っていたセバルトはその時、ずいぶん人間くさい様子に驚いたものだったが、あの精霊だけが特別だったというわけではないらしい。
「ウォフタート様、実は――」
セバルトは事情を説明した。
ウォフタートは話を聞くと、すっと手を挙げ、人差し指をかざし、その先に灯火のように炎を点す。
しばし炎が揺らめく様子を見つめると、ウォフタートは頷いた。
「ふむ……たしかにお主の言うとおりだ。マナのバランスが著しく崩れておる。これではろくでもないことが起きるのも当然だ」
「ええ。そのために、ウォフタート様の知恵をお借りしたいのです」
ウォフタートは手をにかい叩く。
「あい、わかった。わざわざ呼んだくらいだ、聞いてやろう。だがのう、そう簡単になんとかなるということでもないのだ」
(なんか急に話し方が崩れてないか? ……素が出てきたか)
「儂も所詮は大いなるマナの流れの一部。思い通りにできるほど傲慢でもなければ力もない。多少傾向を持たせることくらいはできるが……その後が問題よ」
「問題……なるほど、マナ自体がなくなるわけじゃないと」
「そういうことよ。余分なマナを何かに吸収させてやるか、効率的に散らしてやればいいが、かなり溜まっとるからのう。なかなか難しいぞ」
「それを考えなければいけないということですね」
「そういうわけだな。まあ、お主らも考えよ。儂も久しぶりに頭使うからの」
「わかりました。ありがとうございます」
セバルトは礼をして振り返り、遠巻きにしていたザーラやレカテイア、ネイの元へと引き返していく。
戻るやいなや――。
「セバルトさん、どういうことですか!?」
「センセイ、なんなんだよあんた!」
「ボクも驚いたよ」
一気に詰め寄られた。
セバルトは何が何だかわからず眉根を寄せる。
「何をそんなにびっくりしてるんです?」
セバルトが言った途端、三人同時にぽかんとした。
一瞬の間の後。
「いやいやびっくりするだろセンセイ! だって精霊とごく普通に話してるんだぞ!? 精霊だぞ!? マナの化身だぞ!?」
「うん。ボクらを見守ってくださる超越的存在なのに、ボクらと話してる時みたいに当たり前に会話してる」
「私なんか、話すどころか声をかけることすらウォフタート様の威圧感に出来なかったのに」
ザーラの言葉にうんうん、と他二人も同意する。
言われてみれば、精霊っていったら、たしかにそういうものかとセバルトは思い直した。
「でも精霊って言っても、見ての通り話せるおじいさんという感じですから。案外普通ですよ、普通」
「いや~それは……。やっぱセンセイは凄い男だぜ……」
レカテイアは苦笑いを浮かべて言った。
セバルトからすれば、魔王や魔神と言った超越的なものと戦い、精霊とも過去にあったことがあるので、そこまで特別感はなかったのだ。
だが、言われてみれば、もうちょっと驚いた方が普通っぽい感じになったかなと少し反省するセバルト。
とはいえ今更急に態度を変えたらその方がおかしいし、今回はもうこれで行くしかないだろう。次に生かせばいいのだ。
という前向き思考になって、セバルトは言う。
「まあ、まあ。それよりともかく、考えましょう。聞こえていたかもしれませんが、マナを吸収したり散らしたりすることが必要なのです」
セバルトがまとめ、皆でその方法を考える。
額を寄せ、アイデアが出ないか粘るが、なかなか出ない。
(マナを大量に吸収したり雲散霧消させる方法なんてそうそうないよな。……『あれ』以外には)
セバルトは他の三人とは別の意味で悩んでいたが、しばらくすると、何かを決めたように口を結んだ。
そして再び、ウォフタートの元へ行き、いくつか言葉を交わしてまた戻る。
すると、ウォフタートがセバルト達が考えているところに近づいてきて。
「ふむ。こうしておっても埒があかぬ。いったん儂は休む故、何か思いつけばまた来るがよい」
と言った。
たしかに無駄に待たせてるだけなのも失礼だということになり、その日はいったん解散ということになった。
セバルト達は町に引き返していき――。
「ウォフタート様、おまたせしました」
皆と別れたあと、夜、セバルトが一人でウォフタートの元へ戻ってきていた。
「お主は、やはり違うようだの。……いや、今ははっきりと違うとわかる」
「ええ。人間がいませんからね」
ウォフタートは一瞬不審な顔をしたが、すぐに顔をくしゃっと歪めた。
「かっかっか、なるほど、ワルヤアムルか! あのガサツ娘の鏡を使っているのだな。そんなものまで持っているとは、やはりただ者ではないな。人間のレベルを超えているようだ」
「それは言いすぎですよ。強めの人間ってだけです。ワルヤアムル様からは、別のものの在処を教えていただいたんです。使えるかもしれないから見て欲しいと昼に言ったのは、これです」
セバルトは不可視の玉壷から、一振りの剣を取り出した。
純白の刀身が、月明かりを反射する。
「これは……まさかまさか、スノードロップまで持っているとは」
聖剣スノードロップ。
切った者の魔の力を奪い蓄える能力を持つ、セバルトがかつての魔軍との戦いの際に使っていた剣だ。
その性質を使えば、歪んだマナを大地から奪い去ることができるのではないかと思いついたのだった。
そのことをセバルトは十分な勝算をもってウォフタートに話した。
だが――ウォフタートは渋い顔をした。
「悪くない。悪くないアイデアだ。だが――」
「何か問題があるのですね」
「うむ。そなたらがいない間、詳しくマナを探ったのだが、どうもバランスを崩している歪みの発生源のようなものがあるようなのだ。これは自然に発生したものではなく、今も動く何かのせいだ」
何かがマナを歪めている。
セバルトはその原因を思い巡らせ――そして、
(あるじゃないか、一つ。――あの魔神の力の欠片だ)
「心当たり、あるようだのう」
「ええ。魔神とよばれる者に似た力を持つ物質です。ですが、それはもう無力化したので別のものか――あるいはもう一つあるのかも。場所は、わかるのですか?」
「もう調べておる。行くか?」
「もちろんです」
そしてセバルトは精霊ウォフタートとともに、さらに東へと岩場を進んで行く。