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精霊降臨

「じゃあ、弾くね」


 ネイは楽譜を見ながら弦を指で弾いた。軽快な音が天に響く。

 ネイが演奏するのは弦楽器。三本の弦が貼られた小型の楽器である。

 もちろん今使っているのは、本当はマジックアイテムではなく、それと同じ種類の楽器。楽器が来るまでの間に、予行練習をして、来たらすぐにそれを使った精霊降臨の儀式を行えるようにしようとしている。


 セバルトは一音たりとも聞きもらさないように耳を済ませる。

 弦を弾くたびに澄んだ音が響いていく、よく伸びた澄んだ音が。ネイのを表しているのか、あまり抑揚はなく正確で淡々とした演奏だ。


「そこ、違いますね」


 実際に演奏を聴いてみて、音が違うところはセバルトが適宜訂正をしていく。楽譜を書いたものの、自分の中の記憶だけが頼りなのでかなり曖昧で、所々欠落などもあったのだ。それは実際に演奏を聴くことで記憶を喚起し、補完していく。


「ネイさん、火の印が!」

「ん? なんだか熱いと思ったら」


 火の印がうっすらと輝いていた。

 演奏を止めると、輝きが消えていく。

 これはまったくセバルトも予想していなかったことだが、ある程度スムーズに演奏を続けていると、火の印が輝きだしたのだ。


「セバルト君、これって要するに」

「はい。この調べは正しそうです」


 調べと奏者だけでも、弱くではあるが反応する。

 セバルト達は力づけられ、音楽の授業を続けていく。




「……あ、ここ、この音みたいだ」


 ネイが言って楽譜を書き直した。

 聞いたことがないネイまでわかる理由、それは彼女の持っている火の印に起因する。彼女の火の印が、精霊に呼びかける旋律に応じて反応しているからだ。

 間違った音とリズムを刻むと、その反応は弱まり、正しく奏でれば反応は強まっていく。

 これとセバルトの記憶とで、着々と精霊に捧げる曲は完成しつつあった。


「ふう……暑くなってきたよ」


 胸元をパタパタとして風を送るネイ。

 演奏しながら火の印が時折輝くのをセバルトは見ていたから、少し心配になる。


「大丈夫ですか。消耗するでしょうし、しばらく休みますか」

「ボクは大丈夫。それに、この感覚を忘れないうちにやっておきたいな」


 ネイはセバルトを強い目で見つめる。

 セバルトは小さくうなずいた。


「わかりました。ではもう少し頑張りましょう」

「うん」


 して二人は、弾いては確認し楽譜を書き直し、また少し弾いては楽譜を書き直し確認し、とそれを繰り返していった。

 何日間かそれを繰り返していくと、ついに――。


「火の印が――」

「完全に反応してる。これが、正解の曲なんだ」


 試行錯誤の末にできあがった曲を通しで演奏すると、これまでにないぐらいネイの火の印は赤く輝いた。

 ネイはその熱を感じるようにじっとして集中する。


「うん、できたね。なんだかボクもあの曲を聴いてたら気分が高ぶってきた気がする。ウォフタート様もきっとお喜びになるよ。――成功させよう、セバルトくん」

「ええ。必ず」


 セバルトとネイはぐっと手を挙げ成功を誓った。


「それじゃあ、できたことですし、ちょっとお遊びで弾いてみましょうか」


 セバルトの提案にネイは頷く。

 そして、セバルトの演奏を聴かせろというように、楽器を押しつける。


 セバルトは楽器を構えて。


「それでは、失礼して――」


『狩り』と呼ばれる曲を記憶を頼りに弾く。

 昔ネウシシトーで流行っていた曲だ。

 元が簡単な曲だったこともあり、セバルトも子供が遊ぶ程度には弾ける。かなり久しぶりでうろ覚えの中、一区切りまでそのアップテンポな曲を弾いた。


「ふう。気持ちいいですね。あまりうまくないですが」

「うん。うまくない。でも、面白い」

「褒められてます? それって」

「うん。かなり」

「じゃあ、喜んでおきます。わーい」

「あまり心こもってないよ、セバルト君」

「それはまあ、しかたない。というか音がちょっと違う気がするんですよね。もっと攻撃的で綺麗な感じだったような」


 楽器を持って考え込むセバルトに、今度はネイが、この音じゃないかと聴いていて思ったことを言っていく。

 そうして、二人であれこれ言いつつ、優雅な音楽タイムを過ごしていったのだった。




 ――その日の夜。

 無事に楽器を買い戻すことに成功したザーラが会議も終えてエイリアに帰ってきた。


 決行は、明日。



「こっちだ、へへ、結構手間取ったけどなんとかなったぜ」


 翌日。

 セバルトとネイとザーラはレカテイアに先導されていた。

 セバルト達が演奏の練習をしている間に、レカテイアは精霊を呼ぶのにふさわしい場所を探していた。


 もともとの目的が目的だけあって、マナの濃度を調べるための竜人族に伝わるマジックアイテムを持っているらしい。見せてもらったそれは、鈴のようなものだったが、それをつかって調べたということだ。


「結構近くにあるんだね。そういう場所が」

「だからこそ、ここにはウォフタートの寺院があるんじゃないかい? 炎のマナが、もともとたまりやすい場所だったから、何かしらそういったものを感じ取って寺院を建立した。そじゃないかと思うんだよねい」

「なるほど、それならば納得がいきます。ネイさんが印を得たのもそういう土地だからということも関係あるのかもしません」


 セバルト達は四人で町の外を南東に向かって歩いていった。街道を離れて行くにつれ、乾いた砂地はやがて石が増えてきて、岩地へと様相を変えていく。特に黒っぽい石が多くなってくる。


「これは……溶岩石ですね」

「うん。そう。昔は活発だった火山があったみたい。ボクは噴火してるの見たことないけど。生まれるずっと前に収まったらしくて」

「マナの活発化で噴火したりして」

「物騒なこと言わないで下さいよ、レカテイアさん」

「へへへ」


 レカテイアは軽薄そうに笑いながら歩を進める。セバルトとネイとザーラも周囲のようすを見ながら進んでいく。そして30分ほど歩いた頃、レカテイアは足を止め両手を広げた。


「ここが一番マナの強いスポットだ。精霊を呼ぶには一番いい場所のはず。儀式を始める準備はいいかい、お三方とも」


 ザーラが楽器のケースをネイに渡した。

 ネイは楽器のケースから、精霊を呼ぶ力を持つ弦楽器を取り出した。

 今回のは、練習用ではなく正真正銘長年眠っていた、マジックアイテム。


 見た目はアンティークな趣の弦楽器とそう変わらない。ただ、側面に赤い塗料で幾本もの曲がりくねった線が描かれている。


(魔法図に近いな――炎の魔法を使うときに描く魔法図に。やはり魔力が込められた楽器で間違いなさそうだ)


 ネイはその精霊弦楽器を構え、大きく深呼吸をした。

 

「なんだか感慨深いよ。ずっと昔に、これを使ってウォフタートとの交信をしたシャーマンがいるって思うと。ボクもその人と同じことを――できるかな」

「ネイさんならばやれます。練習の成果を見せてください」

 

 セバルトの言葉にうなずくと、他の者が見守る中でネイは演奏を始めた。


 その旋律は、かなり単純なものだった。複雑なハーモニーなどは当然ないし、テクニカルで素早い演奏などももちろんない。

 

 一定の高さとリズムが暗示のように繰り返され、暗号のようになっている。それはまさに精霊に呼びかけるための言語なのだろう。


 だが、聞いているとその調べの中から燃えるような情熱、冷たく響く音、風が吹き上げている様子、あるいは歪んだ光など、この世界に存在する森羅万象のイメージが喚起されていく。

 

 きっとそれは、古から世界に存在していたいろいろな生命が本能的に受け継いできた、音による世界のミニチュアのようなもの。


 セバルトはそんなことを考えながら、ネイが奏でる音楽に聞き入っていた。

 最初それはただの豊かな音楽だったが、徐々にマナの高まりが感じられるようになってきた。楽器が魔力を発し、それが旋律に乗り、世界に働きかける。


 やがて楽曲はクライマックスを迎える。

 長く大きな音が響きわたり――その時、ついに現出する。

 大地から吹き上がる炎、沸き立つマグマが。


「来ました!」


 ネイの演奏が終わると同時にザーラが鋭く声を上げる。

 炎やマグマが一つに寄り合わされる。


「来るさ、センセイ」


 セバルトが頷き、しっかりと炎を見据える。

 瞬間、炎がばっと霧消する。


「ふむぅ、ずいぶん久しぶりよ、人間と相まみえるのは」


 そのあとに立っていたのは、燃え尽きた灰のように白い髪と髭をした、一人の老爺だった。

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新作【追放されたからソロでダンジョンに潜ったら『ダンジョン所有権』を手に入れました】を書き始めました。 ダンジョンにあるものを自分の所有物にできる能力を手に入れた主人公が、とてつもないアイテムを手に入れモンスターを仲間にし、歩んでいく物語です。 自分で言うのもなんですが、かなり面白いものが書けたと思っているので、是非一度読んでみてください!
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